第28話 堕ちてくあたし 寧々SIDE——
寧々SIDE——
「なぁ寧々……ぶっちゃけお前とヤんのもそろそろ飽きたし、もう別れようぜ?」
学校帰りに立ち寄ったカフェに響いた冷酷な一言にあたしは絶句した。
その言葉の主……後藤雅史は微塵の躊躇も見せず、まるでゴミでも捨てるような無感情さでそれを口にした。
「は?どういうこと?」
「聞いてなかったのかよ?もう別れようって言ってんだよ」
「だからなんでそれを先輩が勝手に決めてんの?」
「別にいいだろ?……うざってぇ女だな……」
「はぁ?こっちこそウザいんですけど?………まあいいや、むしろ先輩に言われなくてもあたしも飽きてたし。嫌々抱かれてやってたって気づかないのマジダサすぎ」
「あ?てめぇ調子乗んなよ?誰にでも股開くビッチのくせに……」
あたしは八重樫寧々。
先輩……いや、このクズ男の元カノになった女だ。
付き合い始めてまだ一か月経つか経たないかの短さで、正直未練なんて全然ない。
どうせほっといてもあたしに言い寄ってくる男なんて山ほどいるし、彼氏なんて選び放題だ。
けど、まるで遊んで捨てられた女みたいに世間から見られるのだけはプライド的に許せなかった。
だから目の前のガラの悪い元彼に食ってかかってやった。
テーブルの下で震える手を握りしめながら。
どうしてこんなことになってしまったんだろう?——
————
生まれてからずっと、あたしはどこにいても注目の的だった。
チヤホヤされるのは当たり前。それがこの見た目のせいだって小さい頃から気づいてた。
そんな中、可愛さが評価されて幼い頃にスカウトされてモデルに。
母も全面的に賛成してあたしの背中を押してくれた。
スカウトされた日のことは今でも覚えてる。
子どもながらに胸が高鳴った。あの人と同じ世界に入れるなんて夢みたいだったから。
絵に描いたような順風満帆な人生……だけどその裏で、大人の世界の闇に早くから触れてしまったあたしは、その恐ろしさに怯え、少しずつ心を蝕まれていった——
そんなある日、突然あたしに向けられた大人の毒牙を自ら振り払おうとしたことで、容易く業界から干されてしまった。
それからだ……
自暴自棄になったあたしはこの見た目を武器に、かつていた場所に戻ろうとどんなことでもやった。決して誇れるようなことじゃないことでも……
気づけば、あたしはモデルという肩書きに異常なまでに執着していた——
それでも現実は無情だった。
欲しいものも手に入らず、満たされることもなく、どんどん汚れていく自分を見てあたしは心の奥底にいつも小さな空虚を抱えていた。
それは母にも打ち明けられないあたしだけの秘密。
あんなに優しくて、ずっと支えてくれた母を絶対に悲しませたくなかった。
そんな時だ。後藤先輩の噂を耳にしたのは——
噂によれば先輩の周囲には芸能関係のお偉方と繋がりがあるらしく、あたしはその話にすぐ飛びついた。
野球部の知り合いを頼り、彼を紹介させて、そして巧みに距離を詰めていった。
一般人なんてちょろいものだ。私が少し笑いかけるだけで、何の見返りも求めずに何
でも差し出してくる。
それは先輩も同じ……そう思っていた——
蓋を開けてみれば、ちょろかったのはあたしの方。
この身体を使って、やっとのことで先輩の知り合いの情報を引き出せたのは数日前のこと。
その人物は確かに芸能関係の大物だった。でも、それはあたしを干そうとした派閥側に属する人間だった。
業界では、あたしが困っているという話はすでに広まっていたのだろう。
先輩はそれを知っていて、わざと助け船のような噂を流し、あたしをおびき寄せた。
そしてまんまとあたしを手中に収め、好き放題して、飽きたらゴミのように捨てたのだ。
許せない……このクズも、そしてこんなやり方に飛びついた自分自身も……
あたしは、本当にどうしようもない女だ——
————
先輩の視線が突き刺さる——
その圧に身体が震えそうになるのを必死で堪えようとしたが、思うように身体が動かない。
このままじゃ、ダメだ……
あたしは咄嗟にテーブルに手のひらを叩きつけ大きな音を響かせると、あえて荒々しく席を立った……まわりの視線がこちらに集まるように。
そうすれば、この場面だけを見た人はあたしが一方的に振ったように見えるはずだから。
あたしはモデルだ。弄ばれてたまるか……
震える身体を残った理性で無理やり抑え込み、あたしは精一杯の声を先輩に叩きつける。
「もう終わりよ!あんたみたいなダサい男となんて付き合ってらんない!これ以上あたしに近づかないでっ!このフニャチン野郎!!」
「てっ……てめっ!?」
このまま先輩の声を聞いていたら、怖くて一歩も動けなくなってしまう。
そう思った瞬間、あたしは反射的に彼に背を向けわざと大きな音を立ててカフェを飛び出した。
走り出した直後、背後から何か聞こえた気がしたけど、自分の荒い呼吸がそれをかき消した。
何も考えられず、ただ逃げなきゃという本能だけがあたしを突き動かしていた。
数分後——
ようやく足が止まり道端で肩を上下させながら視線だけで背後を確認すると、先輩の姿はそこになかった。
「はぁはぁはぁ……ふぅ………」
根拠のない安堵が胸に広がり、あたしは大きく息を吐く。
ふと、そのタイミングで視界の端をかすめた小さな人だかり……何気なく視線を向けたその先には、あたしにとってかつての日常があった。
街角で撮影されるモデル。今では見ているだけで胸がざわつく羨ましい光景。
「………はぁ……いいな……」
羨ましさに目が離せず、あたしはその人だかりをぼんやりと見つめていた。
けれど、どうやら撮影はすでに終わっていたらしくモデルの姿はもうなかった。
そのかわりにそこにいたのは、思わず目を引かれるようなおしゃれな男性。
流れるような長いグレイヘア。洗練された雰囲気を纏った整った顔立ち。
まさにイケオジという言葉がぴったりな人物。
「えっ……大河さん!?」
見間違えるはずがない。
モデルなら誰もが一度はスタイリングをお願いしたいと憧れる超有名人。
彼が手がけたモデルは必ず売れるという逸話を持つ伝説のスタイリスト。
雪村大河がそこにいた。
でも、もっと衝撃だったのはその隣にいた人物。
……ええっ……!?なんで……!?
記憶の奥にわずかに残っていた顔。
それはつい数週間前、あたしが冷たく振ったあの男子生徒。
雪村薫だった。
ふたりは誰が見ても親しい関係にしか見えない距離感で同じタクシーに乗り込んでいく。
仲睦まじく、しかも、よく見れば顔立ちまでもがどこか似ている……まるで親子みたいに……
「えっ……雪村……雪村って………」
それは、まるで運命の悪戯みたいな出来事だった。
あたしは目を見開き、無意識のうちに彼らの名字を震える声で呟いていた。
全く同じ、その名字を——




