第26話 中田さんの大きな一歩
今日の6限は特別授業。遂にこの時がやってきた……と、俺は密かに気持ちを奮い立たせていた——
変化続きの今日を締めくくるにふさわしいあのイベントの時間が始まろうとしている。
それは……
文化祭のクラス出し物決め……ではなく、その後に行われるミスコンとミスターコンの推薦タイムだ。
俺の高校ではコンテスト出場に立候補制はなく、誰かからの推薦が必要で、しかもクラスから最低一人ずつは必ず出さなきゃいけない決まりになっている。
ただし、推薦が複数あった場合はそのまま全員出場OKな緩いシステムだ。
だから、俺と栞はお互いを推薦し合うよう事前にこっそり打ち合わせ済み。
出場そのものは問題ない……はずだ。
しかし、推薦ってつまりクラスに向かってこの人がいいって公言するようなもんで……内心ちょっとだけ……いや、結構勇気が要るんだ。
教壇の上では眼鏡におさげ髪のいかにも真面目そうな委員長がクラスを仕切り、書記役の女の子がキビキビと黒板に文字を走らせていた。
文化祭の出し物や担当が次々と決まり教室に落ち着きが戻った頃、ついに話題がミスコンとミスターコンへと移った。
「それでは、最後はミスコンとミスターコンの出場者についてですが……まずミスコンに推薦したい人がいれば挙手で教えて下さい」
委員長の淡々とした、それでいてどこか冷ややかにも聞こえる声が教室に響く。
その直後、教室全体が水面のようにわずかにざわめき、特に男子たちの間からは相談めいた声がぽつぽつと上がっていた。
(ウチのクラスって飛び抜けて可愛い子っていないよなぁ)
(あ〜……誰がいいだろ?片桐は可愛いんだけど、なんか荒っぽいしなぁ)
(どっちみち隣のクラスの寧々さんに敵う子なんていないだろ?)
(でも可愛さだけで言ったら生徒会役員やってる柴乃宮さんって人も捨てがたくないか?結局ウチのクラスじゃないけど……)
教室中に飛び交う意見の渦の中で、俺は胸の奥に湧き上がる緊張を一度深呼吸で吐き出す。そして意を決して、思い切って手を挙げた。
「委員長!推薦いいですか?」
「雪村くん?いいですよ」
「俺……栞をっ……あっ、中田さんを推薦します!」
俺の言葉に空気が一変した。
ざわつく声とともに、クラス中の視線が驚き混じりに一斉に栞へと注がれる。
(中田さん……?って誰だっけ?)
(中田さんって……あの中田さん?背の高い?)
(えっ?雪村……アイツ何言ってんだ!?)
微かな動揺がクラス中に広がった。
そして一拍の静寂のあと、数人の男子が勢いよく声を上げ始めた。
(俺、雪村に賛成!)
(俺も、なんか中田さんって急に雰囲気変わったし背も高いからモデル向きじゃね?)
(さっき初めて話したんだけどめっちゃ可愛いぞ中田さん!マジで!)
やっぱり……栞の変化にちゃんと気づいてくれるやつもいるんだな……
肯定の言葉を聞くたびにその変化が現実味を帯びてくる。
前の席をちらりと見ると、栞は小さく身をすくめて恥ずかしさを隠すように視線を落としていた。
「雪村くんから中田さんの推薦がありましたが、中田さんはどうしますか?推薦を受けますか?」
委員長の落ち着いた声が教室の空気をピリリと引き締め、自然と全員の視線が栞に集まっていた。
静寂の中、誰もが息を呑み彼女の返答を待っている。
……頑張れ、栞……今が正念場だ……
駆け寄って隣で支えてやりたい気持ちを必死に押し殺し、俺はただ見守ることに徹した。
そしてその沈黙を破ったのは、震えながらも真っ直ぐに放たれた彼女の声だった。
「わっ……わっ、私……やりますっ!雪村くんの推薦を受けますっ!やらせて下さいっ!」
栞のか細くも力ある言葉に教室中が一瞬固まった。
でも次の瞬間、誰かが優しく手を叩き、その音がまるで祝福の合図のように広がっていく。拍手の波がそっと彼女を包み込むように……
(おおー!頑張ってね中田さん!俺応援してるから!)
(結構意外だったけど、確かに中田さんってよくみたら可愛いわよね!私たちも応援するねっ!)
栞、やったな!これでやっと一歩踏み出せたな!
どこか誇らしげな気持ちとともに目頭が熱くなる。
いまだに拍手の中心にいる栞は、いつものように顔を真っ赤にしながらも、どこか嬉しそうに口元だけほんの少しほころばせていた。
こうして、栞は大きな一歩を踏み出し始めたのだった。
さあ、次は俺の番だ——




