第20話 むっすぅぅぅぅ……
「むっすぅぅぅぅぅぅぅ………」
ふくれっ面で視線を落とし、明らかに不機嫌オーラを放つ中田さんと俺は向かい合っていた——
まさか、公園で麗奈と待ち合わせしていたところを見られていたなんて思いもしなかった。
しかも、それが最悪の誤解を生んでしまっている。
俺はこの状況をどうにか打開しようと小さく唾を飲み込んで心を落ち着かせると、いまだ視線を合わせてくれない中田さんをまっすぐ見据えて口を開いた。
「あっ、あのさ中田さん……その、変に誤解させちゃってるみたいで……でも俺と麗奈はそういう関係じゃなくて、ただの幼馴染みなんだ……」
「……ふ〜ん、そうなんだ……じゃあ、その幼馴染みの片桐さんと公園で待ち合わせて……そのあと何してたの?汗だくになって、絞られてたんでしょ……?」
麗奈、やっぱりあの表現はダメだって……こうなるから……
中田さんは明らかに疑いの目で俺を見ているのがわかる。
ここまで来たらもう言うほかないだろう。
というか、そもそもこっそり筋トレしようとしていた俺が悪いんだ。
そう自覚した俺は、誤解を解くべく中田さんを刺激しないようにゆっくりとした口調で真実を語ってゆく。
「麗奈と公園で会ってたのは筋トレを教えてもらってたんだ。アイツ陸上部でよくトレーニングしてるから力貸してもらおうと思って。俺も中田さんと一緒にミスターコン出るから、その為に少しでも見栄え良くなろうと思って……」
「……………………!?」
「だから麗奈と公園で筋トレしてただけで、変な事なんて一切してないんだよ……中田さんに気を使わせたら悪いって思って筋トレの事言わなくて……ごめん……」
「……………」
中田さんの表情が一瞬だけ驚いたように変わった気がした。
が、すぐにご機嫌斜めな様子に戻ってしまい、心の声がまた口をついて漏れ出している。
中田さんはわかりやすいタイプなのかもしれない。
「……むっっっすぅぅぅぅぅぅ………」
こんな時、どうすればいいんだろう……?
女の子の機嫌を損ねたときの対処法なんて知るわけがない。童貞なめんな。
そんな中、思わず口から出たのはあまりにもベタで頼りない言葉だった。
「ごめん……怒ってるよね……?」
「私……怒ってなんかないよっ……」
ぷくっと頬を膨らませそっぽを向く中田さん。
あっ、これ怒ってるやつだわ……女子の怒ってないは怒ってる。なんでもないは、なんでもなくない……雑誌で見た。
女心と秋の空とは、まさに言い得て妙だ。
「怒ってなんかないけどさっ……気を使わずに言って欲しかったなって……私たち友達でしょ?私も雪村くんに沢山助けてもらってるし、私も雪村くんにしてあげられることあったらしてあげたいのに……」
彼女の言葉は静かに、けれど確実に俺の心に染みこんだ。
それは正論で、反論なんてする余地はどこにもなかったから。
立場が逆だったら俺だって同じように思ったはずだ。
だからこそ、俺は素直に彼女に謝った。
「そうだよね、俺たち友達なのに……俺がバカだった……次から気をつける。本当にごめん……」
俺の言葉に彼女の瞳がやっと俺を捉えた。
その一瞬に、張り詰めていた胸の奥が少しだけほぐれていく。
でも、まだ戸惑いは残っているのか、彼女はバツの悪そうな表情のまま小さな声で言葉を繋いでいく。
「……私もごめん……変な誤解して急に不機嫌になっちゃって……なんか、寂しかったんだもん……」
「「……………」」
気まずい沈黙がふたりの間を支配する。
何か言わなきゃ……
その焦りに突き動かされて口を動かそうとした瞬間、俺よりも先に中田さんが勢いよく口を開いた。
「雪村くんっ!私っ、仲直りしたいっ!」
「えっ……そっ、それは俺もだけど……」
「じゃあ、もうこの話はこれでおしまい!だけど……筋トレを私に秘密にしてた罰に私のお願い聞いてほしいって言ったら……いやかな?」
不意打ちのように上目遣いを向けてきた中田さんに、俺は一瞬で撃ち抜かれた。
こんなふうに可愛く見つめられたら断るなんて無理だ。
絶対に本人は無自覚なんだろうけど……
「お願い………!?いいけど……」
「ほんとっ?じゃあ……私も雪村くんのトレーニングに付き合わせて!いつもってワケじゃなくてもいいからっ……お願いっ!」
たしかに、中田さんが少しでも身体を鍛えればそのスタイルはもっと映えるだろう。
むしろ俺としても願ったり叶ったりかもしれない。
だから俺は迷わず頷いた。
「ああ、それなら大歓迎だよ!」
だが、彼女のお願いはそれだけに留まらなかった。
今度はそわそわと落ち着かない様子で視線を泳がせ、俺をチラチラ見てくる中田さん。
やがて彼女は少し頬を赤らめながら、小さな声で追加のお願いを告げてきた。
「あとさ……雪村くん、片桐さんとお話してるときすっごいフランクだったじゃん?それ見てたら私、すっごく羨ましいなって思って……あんな感じで私ともお話してほしい……」
「えっ………あんな感じ!?」
「うん…………ダメ?」
またもや上目遣いのおねだりスタイル。断れるわけない。
「ダメじゃないけど……努力はするよ……」
そう答えた俺に、いまだに意味深な目線を向けてくる中田さん。
実は彼女の話はまだ終わっていなかったのだ……
このあと俺が聞くことになる彼女の言葉は、俺と彼女の関係を大きく動かす引き金になるかもしれない……そんな内容だった——
「それとね……片桐さんを呼ぶ時みたいに私も名前で呼んでほしいなって……」
え?マジで……?そっちの方が遙かにハードル高いんだけど!?
しかし一度お願いを聞くと約束した以上、応えてやらなきゃ男が廃るというもの。
俺は覚悟を決めてその頼みに応えていく。
「えっと………栞……さん……てこと?」
「………ううん……ちょっと違う……呼び捨てにしてっ!」
はぁ!?いきなり呼び捨て……!?
額から冷や汗がつうっと落ちる。
女の子を呼び捨てにするなんて人生初だ。麗奈は……まあ例外。
喉元まで名前が出かけてるのに、肝心の声が震えて出てこない。
そんな俺の躊躇を察したかのように中田さんの声が飛んできた。
「は〜や〜く〜!」
「しししっ……しっ………栞………?」
「ん〜〜〜…………♡うんっ、それがいい!」
俺はよくないけどね。情緒おかしくなりそうだけどね。
みるみるうちに顔が緩み、さっきまでの不機嫌な雰囲気が嘘みたいに嬉しそうな表情を見せる中田さん……いや、栞……さん。
そんな彼女を見て俺の心もとろけそうになる。
顔が真っ赤になるのを自覚しながら半ば放心して固まっていた俺に、彼女は席を立って荷物を持つとキュッと俺の袖を引っ張ってきた。
「じゃあ、そろそろカフェ行こっ!」
「あっ、うん……」
「ほらっ…いこっ……………薫くんっ!」
「えっ……今なんて……?」
怒涛の展開に思考が追いつかず、俺はただ引きずられるように歩いてゆく。
そんな俺をグイグイと引っ張っていく栞……さんは、不意にこちらへくるりと顔を向けてウインクを飛ばすと、今度は確信犯のような笑みを浮かべながら、その言葉をもう一度囁いてくれた。
「だからっ……早くカフェ行こっ!か・お・るくんっ♡」——




