第8話 誇りを見せる場所
私はフィンに頼み、職人たちを屋敷まで連れてきた。
「まあまあ。ちょっと来てくださいよ、親方」
「……話ならここで聞く」
「作った物には責任を取らないと。仕事ですよ」
私の男爵家。
そこまで豪華ではないが、彼らには敷居が高いかもしれない。
途中で帰ろうとしたり、不安げに視線を彷徨わせている人もいる。
それを、必死に抑えてくれたのがフィンだった。
私は、待ち構えて彼らに声をかけた。
目の前には、重苦しい大きな扉。
彼らは、一瞬躊躇ってしまったようだ。
――でも。
「今日は、現場で使っている声を聞かせたかったの」
ノアが、彼らの前で扉を開ける。
目の前では、作った万年筆が使われていた。
次々と、書類に文字が走っていく。
「どうです?これがあなた方の成果です」
職人たちに向けて言葉を続ける。
一番の功績をあげた人たちに、それを使う現場を見せたかったのだ。
親方は、机の上のそれをじっと見ていた。
「売り出す前のテスト用に配ったのよ。――使い心地はどう?」
一番近い場所に座っていた文官に声をかけた。
「これ、書きやすいですね」
「前の羽根ペンより安定します」
次々と意見がでる。
商人が言った通り、これは世の中を驚かせられるかもしれない。
そんな確信を持てた。
「誇らしいわ。
そして、あなた達は素晴らしい職人です。一人の人間として、尊敬する」
親方は、黙り込んだ。
私に顔を向けずに、職人に振り向きざまに声を掛ける。
「いや、まだ改善の余地がある。おい、工房に戻るぞ」
親方が先に屋敷を出ていき、他の職人が頭を下げながら挨拶をしていく。
その背中は、先ほどよりも高らかに伸びている気がする。
私は、最後尾のフィンに声をかけた。
「お疲れ様。大変だったでしょう?……でも、あの女の子に言葉を与えることが出来るって、証明できたんじゃない?」
「……!お嬢さん……」
彼は感激のあまりなのか。
私に抱きつこうとしたが、ノアの腕に阻まれた。
「置いていかれますよ……。あなたの本職を思い出してください」
「うぇ……。いっつも怖い兄さんだな……」
そのやり取りに、思わず笑みが溢れる。
「お嬢さん。今日はありがとう!久々に親方の嬉しそうな背中をみました。小さい頃に会った、あなたのお爺さんそっくりですよ」
「……そう、かしら」
フィンの言葉に、情けない声が出そうになった。
駄目だ。
まだ、結果が出ていない。
道半ばだ。
「ありがとう。私の最も尊敬した人だったわ」
「俺が一番尊敬ししてるのは、お嬢さんです。……ありがとうございました」
彼は勢いよく頭を下げて、彼らの元へ走っていった。
扉を閉めながら、ノアが私に告げた。
その大きな背中しか見えないけれど、声音は優しい。
「大丈夫ですよ。あなたは、先代を裏切らずに走ってきています」
「ノアもフィンも……。私に甘いのね……」
私は、ノアに顔を見せないように、すぐさま振り返り、自分の執務室へ向かった。
ここで。
今、ここで――形になり始めたものがある。
そんな時に、女の涙は邪魔なだけだ。
◇◇◇
――そんな時、エルンスト商会から手紙が届いた。
私は、手紙をノアに見せる。
「あちらも順調そうよ。商売は商人に任せるのが正解ね」
「なるほど。やりますね」
「じゃあ、私も『夜会』に行く準備をしましょうか」
いつもは衣装部屋に置いてある扇子を手に取った。
机の上には、親方が作った最上級の仕上がりの万年筆。
そして、小さな名刺。
私は、久々に扇子をバッと開いた。
ここからは、商会長の手の届かないところで戦う。
華やかな夜会が、私の次の戦場になった。
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