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この万年筆で、私の未来を取り戻す ―父が見捨てた工房から始まる領地再建―  作者: しぃ太郎


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第09話 夜会で宰相閣下に渡したメッセージ


「女だてらに、男の真似をして商売ごっこ?そんな噂が立ったら婚期を逃すとも知らずに」


 周りからクスクスと声を抑えた笑い声が漏れる。

 好奇心と悪意がない混ぜになった視線が注がれた。


 ぐっと、背筋を伸ばす。

 ここまで話題になってくれていたら上々だ。


 わざと噂は流していた。

 しかも、興味が引けるように事業主は若い男性だとも伝えた。


『若い女性が事業に憧れている』

『事業主の代わりに商品を自慢して回っている』と今も囁かれている。


 噂は刺激的な方がいい。

 もしかしたら、下衆な噂も流れているかもしれない。

 未婚の令嬢としては致命的だけれど、仕方がない。

 まあ、ノアには反対されたけれども。


 ――でも、それでもいいわ。


 この夜会。


 私の目的はただ一つだ。


 宰相閣下が参加すると情報が入った。

 祖父の縁でまだ繋がっている家だからこそ、招待状が手に入った。

 なんてありがたいんだろう。

 私は祖父から受け継いだ縁で、今ここに立っていられる。


 会場を見渡し、宰相閣下を探す。


 宰相が、史上初の女性補佐官を登用したのは有名だった。

 優秀なら、平民も取り立てる。

 これを聞いて、売り込むならこの人だと決めた。


 貴族として、文官として、これ以上の適任はいないだろう。

 ――いた。

 一際大きな人だりの中心に銀髪の男性が見えた。

 彼が宰相閣下だ。


 人をかき分け、そっと近づいていく。

 彼の周りは男性ばかりだった。


 これは女性も近づけないだろう。

 商談中の男性に挨拶をするのはマナー違反だ。


 でも、恥を気にしていては領地は栄えない。

 職人の仕事も増えないわ。

 やるしかない。

 キッカケは考えてある。大丈夫。


 相手は目前にいる。

 上手くやらなければ――。

 心臓が早鐘を打っている。


 私は、使用人からシャンパングラスを受け取り、それをグッと煽った。

 喉がかっと焼けるようだ。


 空いたグラスと交換に、新しい飲み物を持った。


(よし!いくわよ、マリエッタ)


 お酒の力を借りて、心の中で気合を入れる。


 私は覚悟を決め、わざと身体の重心を崩して彼に近づいた。

 酔ったふりをして、彼の袖口を汚す。


「……まあ、うっかり!宰相閣下、すみません。弁償しますわ」

「いえ、気になさらないでください」


 彼は、まだ三十代ながらに頭角を現している人物で、実利主義で有名だ。

 噂ほど冷徹には見えない。


 慌てて手提げから、名刺と万年筆を取り出した。そこに、商会の名前を書き付ける。


 彼が気づいてくれるように、ゆっくりとした動作で。


「……万年筆を持ち歩いているのですか。珍しい」


 閣下が興味を示してくれた。

 ありがたい。


「ええ、お恥ずかしながら。さっきから笑われてしまっていますが……。これが私の自慢なんです。いいものは皆に広げたくなりますわ」


 ――書き上がりも完璧だった。ブレも滲みも出ていない。


「……見せてもらっても?」

「いえ。お詫びに差し上げますわ。……失礼しました」


『どうせ、名刺なんて破り捨てられるわね』

『ええ、図々しいわ。田舎の小娘が』


 だが、周りの嘲笑とは逆に、宰相閣下は丁寧に畳んで万年筆と名刺を懐にしまっていた。


 それを確認し、私は、会釈をして彼の前から立ち去った。


 ここからは去り際が肝心だ。

 こちらが無理に営業したと思われたら台無しになってしまう。

 ――今は笑われたとしても。彼らの技術を信じる。


 目的を達した私は、早々に退出した。

 馬車止めまで行くとノアが待っていた。


「お身体が冷えますよ」

「ありがとう」


 自分の上着を肩に掛けてくれる。


「首尾の方は聞かないの?」

「ええ。マリエッタ様のお顔だけですぐにわかりますよ」

「そんなにわかりやすいかしら……」


 私は思わず、自分の顔を両手で覆う。

 フッと笑ったノアは、そのまま手を差し出した。


「いいえ。ただ、私にはわかりやすい、それだけです」


 ◇◇◇


 ――ノア視点――


 マリエッタを見送り、自分は夜会に居残った。

 この屋敷は以前、マリエッタの祖父――先代の男爵と訪れたことがある。

 肩からズレた鞄を掛け直す。

 中に入った十何本もの万年筆。

 主にフィン達、若手と中堅の職人が作ったものだ。

 マリエッタは宰相に一番高級な物を渡した。

 そう、彼女はそれでいい。


 自分は夜会に参加が出来ない。

 やれることと言ったら、保険をかけておくぐらいだ。


 この伯爵家の子息が、宮廷の文官だ。

 国立アカデミーに通わせてもらっていた時に知り合った。

 これも先代のおかげだ。


 彼にこの万年筆を配る。

 それだけでも後押しになるかもしれない。

 先代男爵の名前を使ってでも、顔を繋いでおきたい所だ。


「……君が、この名刺の事業主か」


 約束していた場所に現れた人物を見て、さすがに言葉を失った。

 ノアがここにいるとどうしで知ったのか。


「宰相閣下……!」


 マリエッタが渡したのだろう。

 名刺と万年筆を懐から取り出してノアに近づいてきた。


「悪いな。興味があったものだから、彼の代わりに来てしまった。なんでもアカデミーでは首席だったらしいな」

「――畏れ多いことです」


 “彼”とは、約束していた伯爵子息だろう。

 そこから情報が入ったのか……。


 しかし、平民のノアに宰相閣下自ら会いに来るとは。

 随分と大物が釣れてしまった。


「君は商人ではないだろう。彼女のためなのか?恩人の孫だからか?」

「……両方です。私は、マリエッタ様の未来を潰したくありません」

「……それはただの私情じゃないのか?」


 違う、とは言い切れなかった。

 マリエッタはノアを巻き込んだと思っているようだが、実はそうじゃない。

 自分が彼女を選んだ。

 しかし、言葉にするのは難しい。


「あなたはその人物の成果を、残した結果を侮辱しない方だと思っていました」


 肩から掛けた鞄を下ろし、中身を見せた。

 そしてその一本を取り出し、そっと触れた。

 自分は商人ではない。

 職人でもない。

 しかし、これが本物だということはわかる。


「彼女がいなければ工房は動かなかった。この技術が生まれるのは、二十年先だったかもしれない。いえ、たった十年かもしれません。……ですが、それは評価に値しませんか」

「……君にこそ価値があるとは思わないか?」

「いえ。私は、彼女に見いだされたんですよ」


 マリエッタに、自分のできなかった事を重ねてしまっている。

 その自覚はあった。

 きっと、彼女がいなければ男爵領は数年持つかどうかという瀬戸際だった。

 先代に恩義を感じながらも、何も変えられなかった。

 しかし彼女が現れ、工房に活気が蘇り、さらには未来を作ると語った。

 そんなマリエッタが眩しかった。


「彼女が残したものを、消したくありません」

「惜しい……が、仕方がないな。こういう目をした男は引き抜けない。私も、彼女を評価しているよ」

「ありがとうございます」


 自分は彼女に便乗し、夢を見せてもらっている。

 まだ二十歳にもなっていない、そんな彼女が齎す未来が、もう自分の中心になった。


 ――だからこそ、彼女の歩く道を作り出す。

 まっすぐ進んでいく、その背中を見たいのだ。

 

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