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この万年筆で、私の人生を取り戻す ―父が見捨てた工房から始まる領地再建記―  作者: しぃ太郎


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第7話 貴族の盾



「ノア。次の段階よ。

 父の目の届かない所で静かに進めたいの」

「ええ。その意見には賛同します」


 私とノアは頷きあった。

 父に事業を取り上げられると、すべてが無駄になる。


「まずは、鉄鉱山を新たに発掘するのは危険です。既に掘られて、放棄や廃材になったものを使いましょう」


「そうね。帳簿はどうしましょうか」


 安全策を取るならば――。

 私は身を引いたほうがいいかもしれない。

 しかし。

 それは、逃げではないだろうか。


「男爵は数字を確認するだけです。それに、これは男爵家主導でない方がよろしいでしょう。帳簿には載せません」


「新たに商会を作る、と?」


「いえ、販売は引き続きエルンスト商会を通します。ですが、こちらが主導権を握りましょう」


 前回の商人とのやり取りが頭をよぎる。


『貴女は貴族女性で、当主でもない』

 あれは、私への挑戦だ。


 職人は技術を生み出し、さらに継承し。

 商人は、価値と市場を計算している。


 そこに私は要らないかもしれない。

 だが、こんな私にも使い道があるのなら――。


「すでに、退路は塞がってるのよ。……ノア。付いてきてくれる?」

「……ええ。お供します。あなたの道を少しでも整えることが私の生き甲斐になってしまいました」


 フッと表情を緩めた彼の顔は、朝日に浴びて、とても印象に残った。


 ◇◇◇


 エルンスト商会の馬車が男爵家の前で止まった。

 そのまま、商会長を応接室へと招き入れる。

 私は立ち上がって、握手の為に右手を差しだした。


 貴族女性の挨拶と違ったからだろうか。

 彼は少し目を見開いていた。


「前回の続きをしましょうか。彼にお茶を」


 私は侍従を下がらせ、彼を座らせる。


「あなたの危惧と思惑はわかるわ。私は貴族女性だから。

 ――自分の商会が全て手に入れたいのね?」


「ええ。――本音を語れば。ですが……」


 私は彼の言葉を遮るようにカップを置いた。


「正直、エルンスト商会は大きくはないわね。歴史も浅い」

「身も蓋もないですね」

「……私が、貴族の盾になりましょう」


 商会長も、カップを静かに置いた。

 沈黙が下りる。


「私がいなくなっても、人材は残る。積み上げたものも残る。後は、守り切る覚悟だけです。そして――」


 張り詰めた空気の中、彼が少し身じろぎをした。

 それを真っすぐに見つめながら、私は言葉を紡ぐ。


「私は、簡単に手放すつもりはありません」


 そこで、テーブルの上のカップを揺らす。

 人差し指で、零さないように加減をしながら。


「悪い話じゃないでしょう?それに、あなたは『売れる』と理解して、既に選んでいる。

 ――でも、同時に私もあなたを見定めていることを忘れないで」


 商会長は黙ったままだ。

 でも、それでもいい。


「商人は、信頼が命でしょう?ならば、私もそれに答えましょう」


 椅子から立ち上がり、窓を開けた。


「この領地、そして、この重苦しい椅子。宝の持ち腐れにしない。それが私の覚悟よ」


 商会長は、すぐには答えなかった。

 冷たい空気が髪を攫っていく。


「マレッタ様。女性の商売はかなり風当たりが強いでしょう。……ですが、本当の目利きは違う。実際に手に取り、自分で判断を下す」


 彼は、ほんの一瞬だけ言葉を切った。


「——そして、貴族からの妨害に対しても。あなたは、最適です。エルンスト商会はまだ彼らに繋がるルートがない」


 私は、その答えを聞いて無意識にノアの顔を見た。

 彼は僅かに目元を緩めて私に頷いた。


「まずは試作品を10本作りましょう。私が五本。商会が五本でどうかしら?」


 自分の指を10本、目の前に広げた。


「高級品をあなたに五本。そして……若手が作ったものは、私が引き受ける」

「ほう。……いい案ですね。ただ。全部任せてもらってもいいんですよ?」


 私の答えを、いや、思惑を知りたいらしい。

 彼らしくもなく、わざとらしい煽り方だった。


「そうかしら?……今度、夜会が開かれるの。そこで、目を付けている人物がいる。きっと彼ならその価値を見抜くでしょう」


 私は、ゆっくりと扇子を広げる。


「女性だから、盾になれる?ええ、その通り。そして……その方は、初めて女性の補佐官を登用したのよ」


「それは……!」


 有名な話だった。商会長が知らないはずがない。

 だから。


 私は、事業をしている、と全面的に名前を出して夜会に挑むことにする。


 ――誰にも出来ない戦い方で、ここを守ってみせる。


 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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