第06話 言葉を作る仕事
商人とは後日話し合う事になった私たちは、打ち上げ準備の為に街に出てきていた。
初めて自分の作ったものが商品になる、と認められたフィンは浮かれた様子で、口笛を吹いていた。
「へへ、俺もやればできるんだよなぁ」
「おいこら、調子に乗りすぎだ。一回褒められたくらいで――」
それを数人の職人が小突いたり誂ったりしている。
誰の顔を見ても明るい表情だ。
そうね。よかったわ。
その様子が微笑ましくて、私も嬉しくなる。
職人たちを沢山労ってあげなければ。
それだけの成果と結果を出してくれたのだ。
工房の全員にリクエストを聞いたら、『酒と肉』だったので、その注文を終え、職人たちは荷物持ちになっている。
持ちきれない分は、後で届けてもらう予定だ。
「お嬢さんの奢りだしな〜!いつもよりも贅沢しようぜ」
「ええ。今日は遠慮しないで頂戴」
――そして。
街を歩きながら、人通りが少ないことに気がついた。
お祖父様が生きていた頃は、もっと……。
子どもの頃に何度も来た。
あの日、祖父に手を引かれて歩いた街だ。
初めて見るものに溢れていて、興奮した記憶がある。
あんなにも賑やかで圧倒されたのに。
様々な人の声や生活音が耳に蘇る。
(あのごちゃごちゃとした雰囲気が好きだったのにな)
「……ねえ、ノア。ここもずいぶんと変わってしまったわね」
「……そうですね。何故か分かりますか?」
父のせい。
そう答えるのは簡単だ。
でも、そんな事を聞きたいわけじゃないでしょうね。
周囲を見渡せば、女性や子供の姿がちらほらあるだけだ。
――あぁ、男性が少ないんだわ。
全くいないわけじゃない。
でも、昔はもっと沢山居たのだ。
そして分かりやすく、店自体が減っている。
税収が減っているのは知っていた。
帳簿を見れば、数字として載っている。
でも、やはり自分の目で見るのは別だった。
ここでは、稼げないから他へ移る。
わかっていたはずなのに、やはり根本的にはわかっていなかったみたいだ。
「答えなきゃ駄目?」
「いいえ。なのでそんなに叱られた子どもみたいな顔をする必要はないですよ」
指摘されて、つい腕で顔を隠す。
耳が熱い。
赤くなっていないかしら。
――きっと、私のこういう所が頼りないんだわ。
「意地悪ね。前から思っていたけれど」
「そうなんですよ。私は性格が悪いんです。――貴女のせいじゃない」
それはどういう意味なのか。
ノアは曖昧なことばかり言うのが狡いわ。
思わず込み上げてくるものを必死に抑え込み、怒ったふりをする。
ついでに、袖口でこっそりと目元を拭った。
「おっと」
私の前を歩いていたフィンと中堅の職人が、いきなり立ち止まった。
どうしたのか、と覗き込む。
「あれ、あの子困ってますね〜」
「……ああ、いい大人が情けないな」
フィンが指さした先には、客に怒鳴られている女性店員がいた。
それを見た職人たちの、呆れたような言葉が続いた。
そこは小さなパン屋のようだった。
その女性の横に立っている少女は完全に怯えている。
――止めなければ。
そう思った瞬間、フィンが駆け出していた。
「すんませーん。何か問題ありました?解決するなら協力しますよー?」
私が驚く暇もなく、ごく軽い調子でフィンが間に入っていった。
職人たちは苦笑いだ。
「一人で大丈夫かしら……」
「あいつ、あぁいうのが得意だから大丈夫ですよ。やたらと人の牙を抜くのが得意なんですよ」
「そうそう。怒ってるのが馬鹿らしくなってくるんだよな」
頷きあう彼らに、つい私も同意しそうになった。
私が止めるよりも上手くいきそうだ。
案の定、フィンの登場に毒気を抜かれたのか。
その客は、何も言わずに帰っていった。
「ありがとうございました……!最近、ちょっとああいうお客さんが増えちゃって」
「気にしないでいいっすよ。ただ声かけただけだし。それより……怖かったろ?泣かないで偉いな」
フィンは、何度も頭を下げる店員に答える。
そして片膝をつき、小さな女の子に目線を合わせた。
「えっと、ちょっと待ってなぁ〜……。お、あったあった」
そしてポケットを探り、飴玉を出して渡した。
その子は、口をパクパクさせている。
その様子を見て、ふと気づくものがあった。
――ああ、この子は……。
フィンに追いついた私たちは、そんなやり取りを見守っていたが、少し気まずい空気が流れてしまった。
勘のいい人間なら、すぐに感じ取れる違和感。
隣の女性が、慌てた様子で説明してくれた。
「この子、生まれつき声が……。耳は聴こえるんですよ、だからあなたの優しい言葉にお礼をしたかったんだと思います」
「……そうなんですね」
ようやく口から出た言葉は、ただそれだけだった。
私はこういう時、何を言っていいかすらわからない。
「……そっか。それ、俺のお気に入り!今度また感想聞きたいな」
一見無神経なフィンの言葉に、思わず注意しようと思ったが、彼の表情を見て止めた。
私たちは二人に挨拶をして店を出た。
誰もが黙って工房までの道を歩いていた。
今日は色々痛感した。
さっきのような揉め事も増えているのかもしれない。
お父様は、治安維持のためのお金まで削り始めている。
街には人が減り、店も減り。
さらには、皆が安心して暮らせなくなってしまったら。
私は一体どうしたらいい。
どうしたら……。
しかし、黙り込んでいたフィンがいきなり腕を突き上げた。
「俺たち、あの子の言葉を作ってあげてるんですよね!……頑張らなきゃ」
……うん、頑張らなきゃ。
素直にそう思った。
私は自分のために歩こうと決めたけれど、そうなんだ。
そうだったんだ。
それだけじゃ駄目だったんだ。
今ようやく、もっと大きな答えが見つかった。
フィンの言葉は、誰の心の中にも染み込んでいったようだ。
職人の一人がフィンの肩に腕を回した。
「なんだ〜?ようやくお前も実感出てきたか?俺たちの作るものはな、全部人の為に作ってるんだぞ!見栄じゃないんだ」
その言葉に周囲の職人たちも笑って頷く。
いつもの空気が戻ってきた。
――そう。フィンや職人たちは人の為に物を作る。
それならば私は、その人々を生かす場所を作らなければ。
◇◇◇
工房では楽しい時間を過ごせた。
やはり、彼らにとって『認められる』ということは大きな意味を持つのだろう。
それならば私は?
夜風にあたりながら庭を歩いていると、いつの間にか彼の気配があった。
――本当に心配症ね。
「ねぇ、ノア」
私の肩に、黙ってショールを掛けてくれている彼に聞いた。
「祖父の言葉を覚えている?」
「はい。……本当に立派な方でした」
ええ、尊敬できる人だった。
それは、もっと大きな意味でだった。
小さな世界しか知らなかった私よりも、本当に“人”を見ていたんだ。
「この不毛の地で人を育てる。人材は宝。全て、正しかったわ」
まだまだ世間知らずの私だけれど。
私と一緒の方向を見てくれる相棒がいる。
ノアは私がまだ見えていない場所を、そっと教えてくれる。
――父が見捨てたものを、ノアと眺める。
「私は、この領地が無駄だなんて思わない。力強く生きている人がいる。私は……」
ぐっ、とショールを握り込む。
その感触はどこか、お姉様のハンカチと似ていた。
「私はここを守りたい」
「ええ。守りましょう」
力強い声が返ってくる。
そうだ。
私一人で立っているわけじゃない。
色々な場所で、皆が支えてくれている。
立場は違うかもしれないけれど、様々な人達と一緒に戦うんだ。
「――決めたわ。ノア、最後までついてきてね」
「はい。マリエッタ様。どこまでもお供しますよ」
あまりにもあっさりと答えるノアに拍子抜けする。
私は、彼を巻き込むと宣言したのに。
きちんと伝わったの?
確認しようとノアを見上げると、穏やかな声が返ってきた。
「大丈夫です。私は風変わりなお嬢様に、ここまでついてきた変わり者なのですよ?」
「ふふ。確かに。頼もしい変わり者だわ。貴方を味方につけた私は見る目があったわね」
二人でしばらくの間、庭を眺めた。
その石畳は暗いけれど。
しかし、月が出てほんのりと照らしてくれている。
まあ、歩ける程度の明かりがあれば十分ね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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