第05話 商人の条件
完成品を前にして、商人をよびたした。
エルンスト商会の若い商会長だ。
前に、男爵家に来たことがある。
――私に聞かせるように、あの言葉を呟いた人物だ。
「あなた、うちの鉄を『宝の持ち腐れ』だと言っていたでしょう。宝かどうかを見極めるのも、商人の仕事じゃないかしら」
彼は、私の言葉に一瞬だけ動きを止めたが、それだけだった。
「いいえ、お嬢様!無礼があったのなら謝罪しますが、きっと勘違いをなさっている。その時の私は“宝のようだ”と言ったのだと思います」
彼はすぐさま否定し、また笑顔になった。
応接室に招いた時から感じていた違和感。
その正体が、これだ。
――相手にされていない。
商会長は私を、ただの“変わった令嬢”としか思っていない。
それがじわじわと、彼の態度から伝わってくる。
このままだと商談にもならない。
「これ、うちの領地の工房が作ったものなの」
なにか突破口を見つけたくて、早くも本題に入る。
少しでも興味が引けたら――。
「鉄で万年筆?お嬢様は面白いことを考えますねぇ!いやぁ、素晴らしい。しかし、うちの商品も素晴らしいんですよ。こちらなどは――」
私が机に置いたものを一瞥してから、彼は笑顔で言った。
これも駄目?
まずいわ。
このままじゃ話が始まらない。
焦ったのが伝わったのか。
ノアがそっと、私の肩に触れた。
そして、あまり私の前に出ることのない彼にしては珍しく、大きく一歩踏み出した。
「マリエッタ様。この男には見る目がないようです。――宝の持ち腐れ?それを語る資格すらない。お帰り頂きましょう」
「これは手厳しい。ですが、お嬢様。従者の躾も大切ですよ」
一瞬で部屋の温度が変わった。
「なるほど。試されているようで面白いですね。ただ、商人を試すなら、こちらは一切容赦しません。売れるか、売れないか。その土俵に立ってくださいね?」
口元に笑顔が浮かんでいるが、目が笑っていない。
どうやら、ノアは彼を本気にさせてくれたようだ。
ならこちらは、私たちが信じた“本物”を認めさせるだけ。
「自信作よ。ぜひ手に取ってちょうだい。……どんな意見でも罰したりしないと約束します。正当な評価が欲しいの」
「それはありがたい。こちらも気を使うのが大変なのですよ」
――大丈夫。職人を信じるのよ。だってあんなにも丁寧に作り上げたんだから……!
商会長は、ゆっくりと万年筆に手を伸ばした。
そして彼は、丁寧な手つきでペン先に触れ、光に翳し、胴軸に指を滑らせる。
それを見て確信した。
本当だ。
もう目つきがさっきまでの彼とは違っている。
祈るような気分で、それを見守る。
時間感覚がおかしくなってしまったようだ。
早くなにか言ってちょうだい……!
「……なるほど、なるほど」
すると、若干声音が変わった商会長の声が意識を引き戻した。
勢いよく顔を上げる。
「今はね。装飾だけで見栄を張る時代は、すでに終わってるんですよ。実用的な物が好きな、裕福な庶民って、意外と多い」
「じゃあ、あなたの考えは?――私は、これが売れると思っているの」
私の言葉に、商会長は肩をすくめた。
「重すぎる。これでは売れません」
「……。」
工房の職人たちの顔を思い浮かべてゆっくりと目を閉じた。
フィンだって。他の職人たちも親方も。
夜遅くまで鉄を打つ、あの音が聞こえてくる。
火が入った高炉の熱さえ肌に蘇る。
毎日、何時間もかけて作り出してくれた彼らに、なんて言えばいいのだろう。
「――しかし。素晴らしい加工技術ですね」
紙の上でペン先を何度も滑らせながら、彼は話を続ける。
私は、ノアと顔を見合わせた。
彼の黒目が少しだけ細められ、こちらに向けられていた。
「売れるように工夫すればいい。中身のインクと胴軸の真鍮は商会で用意します。加工はそちらに受け持っていただきましょうか」
そこで商会長は机に手をついて身を乗り出した。
「そうすれば、今の世の中を驚かせられる」
「つまり?」
この流れは、もしかして――。
つい、声を上げそうになる。
ここでついに、希望が見えた気がした。
「答え?簡単です。彼らに聞けばいい。――試作品、売ってみましょう。裕福な平民層に」
しかし商会長は条件を突きつけた。
「工房を見せてください。再現性がなければ商人は動きません」
◇◇◇
商会長は、工房の中をゆっくりと歩いた。
炉の位置、作業台、道具の並び。
職人たちの手元まで、視線を落とす。
この場の全員が緊張した面持ちで、色々と見て回る商会長に視線を送っていた。
「……再現性は?」
商会長のその問いに、親方が一歩前へ出た。
「ある」
即答だった。
「ここは一年を通して寒暖差が少ない。鉄の癖が読みやすい。それに――」
親方は、壁際に立てかけられた古い剣を指で叩いた。
ガンガン。
重い鉄の音が響く。
「命を預かる武器を、何百と揃えてきた工房だ。……他に、何か説明が必要か?」
商会長は一瞬、目を見張ったようだった。
そして、すぐに口角を上げる。
「確かに。それ以上の実績はありませんね」
彼は、もう一度ぐるりと工房を見渡して頷きかけ――、そして、大量に作ってある万年筆に目を留めた。
「これは?」
「……俺たち若手が作ったものです。でも、親方たちの腕には及ばない」
若手の職人がおずおずと答える。
いつもは闊達な彼らが珍しい。
「ふむ」
商会長は、紙にそれを滑らせる。
「確かに引っかかる。――だが、従来のものより質はいい」
そして、それを私と親方の目の前に突き出した。
「しかも若手が作る。技術も上がる。低価格路線もいける。条件がほぼ完璧に近い。作りましょう!」
「……これが売れる?」
親方の影からフィンの声がした。
彼は苦手なタイプの人間から逃げるみたいだ。
「確かに、これはまだ荒削り。でも——今は紙の時代です。
平民にも出回っている。
子供が使うなら、これで十分どころか、上出来だ」
なるほど。
子供や庶民は、そこまで質にこだわらないかもしれない。
日常生活で使うからだ。
「安ければ、誰も文句は言いません」
「……俺の、作ったものが売れる?すげー嬉しい!」
フィンが喜んでいる。
最初から、彼の万年筆作りに対する熱意は凄かった。
それを聞いた親方も、フィンの頭をグリグリと乱暴に撫でていた。
「さて。最後は貴女です。マリエッタ嬢」
「……!」
いきなり名指しされて、肩が跳ねる。
後ろで、その肩を支える人物がいた。
私はノアを安心させようと、その手に自分のものを重ねて、ゆっくりと呼吸を整える。
こんな所で、負けられない。
「最後の関門ね?何かしら」
商会長は私に真っすぐ視線を向ける。
「貴女は貴族女性で、当主でもない。この意味がわかりますよね?」
その視線から、逃げたら負けだ。
私は目に力を込めて見つめ返し、そっと頷いた。
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