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この万年筆で、私の未来を取り戻す ―父が見捨てた工房から始まる領地再建―  作者: しぃ太郎


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第04話 完成と、始まり



 その後、繰り返し工房を訪れ、進捗を聞く日々が続いた。

 今日も、中では職人が鉄を打つ音が響いている。


「どう?試作品は出来たかしら」


 熱中して話し合う職人たち。

 改良の方向性がわかったとしても、やはり簡単なものではなかった。


「……駄目ですね。もう少し、強度を上げないと」

「ペン先が少し引っかかるな」 

「あーー!ちくしょう!」


 こういう所で、職人のプライドを感じる。

 彼らには本来の仕事もあるというのに、こうやって真剣に付き合ってくれているのだ。

 たまに申し訳なくなる。


「やっぱり難しいのね……」


 なにも、万年筆にこだわる必要はない。

 日用品だって構わないのでは――?


 私はそう切り出したいけれど、職人たちが一度も「諦める」と言ったことはなかった。

 悔しがり、愚痴をいい、しかし、次の瞬間には改善案を出している。

 職人たちのこの努力を――。

 いや。

 彼らを埋もれさせたくない。


「いや、もう一度。もう一度チャンスをいただければ、必ず」

「……でも、大変じゃない?」

「それに、意外と楽しいんですよ、こんなに小さい物を作るってのも」


 その言葉に胸が熱くなった。

 こんなに情熱を見せられたら、止めるなんて傲慢だ。

 信じて待つ。

 それが今の私にできる、最大限の敬意かもしれない。


「そう、じゃあ任せたわ」

「……はい!次こそは!」


 私たちは、頷きあった。




 そして、さらに一週間後。


 机の上には出来上がった万年筆が一本乗っている。

 形は以前よりも、明らかに洗練されていた。


「これですね」


 ノアの言葉に職人たちが黙って頷いた。


「少し失礼します。……ふむ」


 ノアが万年筆を目前まで掲げ、細部までじっくりと確認した。

 職人たちは固唾をのみ、それを見守っている。

 こちらにも彼らの緊張が伝わってくる。


 お願い、今度こそ――。


 ノアが無言で、出来上がったそれを紙に滑らせる。

 見る間にインク溜まりが広がっていく――。

 言葉に詰まる職人たち。


「試作品としては、上出来だと思います。ですが……目指すは普及ですよね?これでは厳しい」


 ――職人たちが、グッと黙り込む。

 周囲に重苦しい空気が漂う。

 ノアの容赦が無い言葉に、彼らは悔しげに顔を歪め拳を握り込んだ。

 肩を落としている人もいる。

 もう十分やってくれた。


(一度考え直す頃合いなのかもしれない……)


 私が口を開こうとした瞬間、背後から叩きつけるような乱暴な音が響いた。

 そして、それに続くように大きな溜め息が聞こえる。


「はぁ……。情けねぇな」

「……親方」


 誰もが反論しなかった。

 私が口を挟める空気ではない。

 プレッシャーで指先が震える。


 でも、彼らのここまでの時間を否定したくなかった。


「待って!皆、よくやってくれたわ。だから――」

「嬢ちゃんは黙ってろ。……これはこっちの仕事だ」


 親方の鋭い視線に肩が跳ねる。

 彼はそのまま周囲を見渡して、椅子から立ち上がった。


「おい。職人なら、諦めるんじゃねぇ。やるって言ったのはお前らだろう」


 その言葉に、職人たちは気まずい顔で視線を逸らした。


「ちょっと、貸せ」


 職人たちを脇に寄せる。

 その目の前で、万年筆のペン先を触り、力を込め、また戻した。


 他の職人は黙ってそれを見守っている。

 誰かの唾を飲み込む音まで聞こえてきた。


「カーブだな……」


 ぽつりと呟かれた。

 さらに改善点を見つけたらしい。


「親方……」

「もう一度だ。自分の腕で見返してやれ」




 ある日。


「お嬢さん!聞いてくださいーー!」


 フィンが作業着のまま、しかも顔に黒いインクまでつけて屋敷に飛び込んできた。

 紅潮した顔と満面の笑みだった。


 職人たちが胸を張る出来だという。

 それを聞いて、私とノアは急いで工房に駆けつけた。

 工房の入り口に立つと、普段以上に賑やかな声が漏れ聞こえてきた。

 ぐっと胸を抑え、深呼吸する。

 どんな結果でも受け止めなければ。


「マリエッタ様。見届けましょう」

「……そうね、ノアの言うとおりだわ」


 私とノアは、同時に一本踏み出した。

 失敗でも、成功でも、きちんと彼らに向き合う。

 そうするべきだ。




「完成品を見てください!」


 誰の目にも期待が浮かんでいる。

 ノアが慎重に万年筆を受け取った。


 紙の上を、音もなく滑る万年筆。

 黒い線は、伸びやかに美しい曲線や直線を描いている。


 ――それが答えだった。

「完璧です。使いやすい。しかも、従来のものより滑りがいい」


 ノアの評価に、その場で歓声が上がった。

 耳が痛くなるほど、皆が大声で喜んでいる。


 私は感激して、彼らに声をかけようと一歩近づいた。


「みんな……ご苦労さ……」


 しかし、隣にいたノアに口元へ手を当てられ、私の言葉は遮られた。

 見上げれば、彼は黙って首を振っていた。

 すぐさまその意図が伝わる。


 目の前で、自分たちを称え合っている職人たち。

 そうだ。

 今は、私が入る場面じゃない。


 ここからが私の戦いだ。

 ――彼らの努力と技術を無駄にしない。


 それが、一番の労いだろう。

 でも、どうしても一言だけ言いたかった。

 誰にも聞かれないような、小さな声を出す。


「……みんな、お疲れ様」




 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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