↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この万年筆で、私の未来を取り戻す ―父が見捨てた工房から始まる領地再建―  作者: しぃ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/14

第03話 若い職人フィン


 万年筆のペン先作りは難航していた。

 やはり簡単にはいかないらしい。


 今日も訪れた工房で、下から声が掛かった。

 見下ろせば、フィンが工房の入り口に座り込んでいる。


「ねぇ、お嬢さん。羽根ペンって持ってます?」


 こちらを見上げるフィンの様子が、いつもと違う。

 私が知っている彼は、よく笑う青年だった。

 こんな風に肩を落とした姿を見るのは、初めてだ。


「えぇ。今は手元にないけれど。どうしたの、フィン?」


 フィンは答えず、草をむしり続けた。


 ぶちり。

 ぶちり。


 私の質問の答えの代わりに、草が千切れる音が続く。


「自然って凄いっすよね。うーーん、羽根ペン。あれ、どうなってるんだろう?お嬢さん、詳しく知ってます?」


 羽根ペン……。

 確かに、どうして昔から使われているのかしら。

 普段から使い慣れすぎて、疑問にも思わなかった。


 詳しい構造?

 答えられないわ……。

 私は少しだけノアに身を寄せ、小声で囁く。


「……ノア。教えてあげて。私には全然わからないのよ」


 ノアは困ったように笑うと、静かに一歩前へ出た。


「私も専門家ではないので詳しくありませんが……。では、知っていることだけを」


 ノアは私の無知を笑わない。

 最近は、後でこっそりと彼に質問することが多くなった。

 ……あくまでも、こっそりだ。


「あれは、力を加え過ぎると、自然と逃げる構造になっています。軸がしなるので折れにくいんですよ」


 私が答えられないことを、隣にいたノアが丁寧に答えてくれた。

 こういう時は、本当に助かる。

 私は、知らないことが多すぎるわ……。


「しかし、良いところに目をつけましたね」

「そうっすか?兄貴たちに話してみたけど……羽根ペンを真似できるわけないだろう!で終わりですよ」


 フィンの声が、普段よりも低い。

 そして、また草に手を伸ばした。

 ブチブチと、雑草が千切れる音は途切れなかった。


「俺……向いてないのかなぁ……。いっつも変な事ばかり言っちゃう……。性格もこんなんだし」


 そう言った瞬間。

 フィンの指が一瞬だけ止まった。

 しかし、また次の草を掴んで引っ張る。


 私は言葉に詰まり、工房に並べられた失敗作へと視線を向けた。

 きっと、一つ一つ心を込めて加工したのだろう。

 どうやって、励ませばいいのかしら……。


 そう考えると、私は彼らに何も貢献出来ていない。


「じゃあ、羽根ペンを何個かあげるわ。分解してもいいし、観察してもいい。少しはヒントがあるかも」

「え!いいんですか?じゃあ、失敗作と並べて観察したい」


 立ち上がって、私の手を取り喜ぶフィン。

 先ほどの様子が嘘みたいに、その瞳は好奇心で輝いている。

 私はノアを見上げて、声を出さずに伝えた。


『ノア……お願いできる?』

『了解しました』


 彼は一つ頷き、屋敷への道を引き返していった。

 その背中を見送り、フィンに笑顔を返す。


 ――これで少しは、彼らの気晴らしになるかしら。


 ◇◇◇


 しばらく待っていると、ノアが屋敷から三本ほど羽根ペンを持ってきてくれた。


 しかも、安価な物、一番流通している物、高級品と全部価格帯が違う。

 なるほど、これなら作りの違いまで比べられるかもしれない。


「ありがとうございます!」

「うわ、すげぇ。見るからに高そうだな」


 工房内に活気が戻った。

 フィン以外にも、煮詰まっていた職人は多かったようだ。


 職人たちは、そわそわとしながらこちらの顔を窺っている。


 ――こういう所は、みんな子どもみたいよね。

 普段の屈強な姿からは想像できないほど、好奇心が疼いているようだ。

 思わず口元が綻ぶ。


「じゃあ、せっかくなので色々比べてみてちょうだい。遠慮はしなくていいわ」


 私の言葉を待っていたかのように、職人たちは動き出した。


「おい、奥から持ってこい」

「あ、工房の羽根ペンも持ってこようぜ。お貴族様の使うものと違うかもしれない」


 そして、机の上に今までの失敗作を並べていく。

 手慣れている。

 彼らは、日々こうやって研鑽しているのだろう。

 それを垣間見た瞬間だった。


 覗き込んでみると、ペン先の厚み順に並べられている。


「こっちは、紙を傷つけないように薄くしたやつです」

「……こんなに細かく作ってくれたのね」


 私が頷くと、中堅の職人が目の前の失敗作を手に取った。


「こちらは、途中でペン先が曲がりました」

「ええ。かなり加減して書くことしかできませんでした。結果は細々とした線が引ける程度です」


 彼の説明通り、黒く走る線はひょろひょろと波打っていた。

 確かに細すぎる。

 私とノアは顔を見合わせるが、彼も同意見のようだった。

 ……いいえ。

 この場で私たちが、職人の仕事を評価することはできない。


「なので次は少し厚めに作ってみたんですが、今度は紙を傷つける。今のところ、ちょうどいい厚みがわかりませんね」


 彼は私たちに説明しながら、隣のペンを持った。

 そして、その万年筆を紙に滑らせる。


 ――ガリガリ。


 不快な音が響いた。


 こちらは先ほどとは違う問題のようだ。

 職人たちは黙り込み、テーブルの上へ視線を落とした。

 紙に小さな穴が空いている。

 描かれた一本の線は、紙に引っかかり、歪にゆがんでいた。


 なるほど。

 柔らかいと折れやすいので、書く時の力加減が難しい。

 でも、硬すぎても使えない。

 課題はわかりやすいけれど、改善策が思いつかなかった。


 でも、彼らはこうやって試行錯誤を繰り返し、何度も作ってくれていたのね。


 その時。

 沈んだ空気とは場違いなほど軽い声が、職人たちの間へ割り込んだ。


「ねぇ、兄貴〜」


 ずっと会話に加わっていなかったフィンだ。

 彼は手元の羽根ペンをくるくると弄りながら、呟いていた。


「思ったんだけど、この羽根ペンさー。文字を書くと太さが変わるじゃん?俺たちのペン先は全部同じ太さだ」


「……それは!」


 誰もが息を呑んだ瞬間だった。


 やはり、結局は羽根ペンのほうが優れているということなのかしら――。

 そう思った直後。

 一人の職人が動いた。


「……え!?」


 目を見開く私の前で、彼は素早くテーブルに手を伸ばした。


「……なんでだ。何が違う?」


 その疑問に答える声はなかった。

 だが、空気が変わった。


 中堅の職人が、失敗したペン先をまじまじと観察している。

 それにつられるように、我先にと羽根ペンを手に取る人もいた。

 工房内がざわついている。


 なに――?

 羽根ペンにヒントがあったの?

 思わずノアを見るが、彼も何かに気づいたようだった。


「……どれ、見せてみろ」


 低い声が耳朶を打つ。

 決して大きな声ではなかったのに、全員が同じ方向へ顔を向けた。

 私も慌ててその視線の先を追う。


「親方!?」


 奥の方から、力強く床を踏みしめる音が近づいてくる。

 やがて、ゆっくりと親方が姿を現した。


 そして、フィンから羽根ペンを受け取った。

 彼の大きな手がペン先を丁寧に触り、力を加え、紙の上を滑らせる。


「……面だな」


 そして、親方はどこか納得したように低く呟いた。

 フィンが首を傾げる。


「面……ですか?」


 職人たちも最初は当惑した様子で、互いに顔を見合わせていた。

 しかし、しばらく経つと徐々に表情が明るくなった。


「わかった……」

「ああ……。そうなんだ」


 彼らは同時に頷き合う。

 目の色を変えている人もいた。

 羽根ペンを持っていた職人は、そのまま手元へ視線を落とした。

 軸を触り、ペン先を手のひらに当てる。


「そうか……!紙を傷めるのは強度じゃない。力が集中する範囲の問題なんだ!」

「おい、俺にも貸せ!」


 工房内に熱気が籠もったのを肌で感じる。

 さまざまな意見が上がってくる。

 周囲を見渡すと、最早置いていかれているのは私だけだ。


 ――カタン。


 親方が羽根ペンを机に置く。


 その瞬間、沈黙がおりた。

 今までの興奮が嘘のように、職人たちの動きが止まる。

 誰もが固唾をのみ、親方の言葉を待っている。


「……ふむ」


 いつの間にか、私も周囲の空気に飲まれていた。

 期待と信頼。

 そしてわずかな不安。

 私は知らずに息を潜め、親方を見つめる。


「俺たちは新しい物を一から作る必要はない。――これが答えかもしれん」

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

もし物語を楽しんでいただけましたら、

評価やブックマークで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。