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この万年筆で、私の未来を取り戻す ―父が見捨てた工房から始まる領地再建―  作者: しぃ太郎


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第02話 工房の親方



「今さら何の用だ」


 領地の工房で門前払いを受ける。

 やはり職人たちからの視線は冷たいものだった。


「帰ってくれ。遊びに付き合ってられん」


 親方は、ずっとこちらに背中を向けたままだった。

 一度、私を見て顔を歪め、仕事に戻る。

 他の職人たちも同様だ。

 最初から歓迎されるとは思っていなかったが、想像以上だった。


 居たたまれなくて、膝が震え始めた。

 やはり男性ばかりだと、身がすくんでしまう。

 集団で向けられる敵意が、ここまで怖いだなんて……。


 ポケットに手を入れて、刺繍の感触を確かめる。

 指先に滑らかな絹が触れて、ようやく息がつけた。


 あの夜を思い出さなくては。


 ――こんな所で引いちゃだめよ。


「ただの視察よ。それすらも拒否されるのかしら」

「……ふん。勝手に見ていけ」


 今は相手にされなくても仕方がない。

 思わず、振り返りそうになるのを堪える。


(待って。私は今、ノアを頼ろうとしたの?)


 違う。

 彼は私を見極めると言っていたじゃない。

 きっと、今だって私を見ているはず……。

 怯えて何もできないと判断されたら終わりなんだわ。


 彼にすら見切りをつけられる。

 そんな無様な真似なんてできない……!


「……貴方がお目付け役かしら」


 私の後ろを、一番若い職人がぴったりと付いてくる。


「お嬢さん、みんなピリピリしてるから、あまりウロウロされると困るというか……」


 彼はフィンと名乗った。

 茶髪に茶色い瞳の、ありふれた青年だ。


 私の金髪はここでは目立ち過ぎる。

 “お嬢さん”。

 本当にその通りだった。

 唇を噛みしめる。


 せめて、平民の格好で来れば良かった?

 そうかもしれない。

 でも、それって私のためになるの?

 私は彼らの同業者になりに来たわけじゃない。


「むやみに邪魔をしに来たわけじゃないわ。………と言っても無駄かしら」

「……いえ、でも。ここは、女の子には危険ですし」


 フィンは私を追い返そうと、身振り手振りでドアへ誘導している。

 私としては、このままでは帰れない。

 でも、彼らの意思を無視するわけにもいかない。

 次の機会を待つしかないわ……。

 懐から紙を取り出したが、視界が滲んでしまう。

 それをぐっと堪え、仕方なく離れた所から作っているものをメモしていった。


『鍋、釘、フライパン……』


 万年筆で書き留めていく。


 ――生活必需品を主に取り扱っている……。

 鉄鉱山を再開出来たら、それが男爵領の主流になるだろうか。

 要検討。

 そう文字を入れた瞬間に、後ろからフィンが私の手を掴んだ。


「……なっ!?」

「ちょ、ちょっとそれ、貸してください!鉄ですよね?」


 想定外のことだったので、思わず声が上擦った。

 掴まれた手首が痛む。

 工房内に緊張が走ったのがわかる。

 なにせ皆がこちらに視線を向けるている。

 さらには、ノアがフィンから私を庇うように腕を伸ばした。


 ――なに?鉄!?


 驚いたものの、恐怖はなかった。

 フィンは、私を見ていなかったのだ。

 私の手元だけを、じっと凝視している。

 さっきまで困ったように笑っていた茶色い瞳が、急に職人のそれに変わった。


「すみません、ちょっと貸してください!」

「……これを?」


 フィンが、私から万年筆を取り上げてマジマジと観察している。

 特にペン先に興味があるらしい。


「……鉄だ」

「え、えぇ。そうね、確かにこれも鉄製品だわ……」


 もう、彼には私の声が届いていないようだった。

 目の前で、ノアが静かに息をつくのが見えた。

 今、とっさに庇ってくれたの……?


「兄貴!兄貴!……これ、どうですか」

「……まさか、作れるの?」


 私は視線を巡らせ、職人たちの顔を順に追ったが、誰もが真剣な表情でフィンの持つ万年筆を見つめていた。


 そう、これが彼らの誇りなのね。


「あぁ。形だけなら出来る。うちの技術なら、もっと良い物がな」


 その中の一人がフィンに近づいて万年筆を受け取り、じっくりと観察した。

 そして、万年筆が次々と職人たちの元へ渡っていく。

 それを見た私の胸に、じわりと何かが湧き上がってきた。


「……万年筆。これ、いけるかもしれないわ。まだそこまで流通していないのよ。父が見栄で買ったくらい珍しい物なの」


 小さく呟いた自分の言葉に、なぜか勇気をもらった。

 ――もしかしたら。

 衝動のまま、隣にいるノアの顔を見上げる。

 ノアは顎に指を添えて職人たちを見ていたが、私に気づいたのかこちらに顔を向けた。


 笑顔はない。

 だが、目元が幾分和らいで見える。

 ――いける?

 無力な私でも、ここからやっていけるのかしら。


「オレ、やってみたい、親方!」

「……俺は関わらん。やるなら勝手にしろ」


 フィンと数人の職人たちが声を上げるが、親方は最後まで、振り向かなかった。

 それでも、何人かの瞳には熱が宿った。

 彼らはお互いに顔を見合わせ、頷き合っていた。


「じゃあ、俺たちだけでやってみましょう」



 ◇◇◇



 一週間後、ノアと共にまた工房に訪れてみた。

 中では職人が鉄を打つ音が響いている。


「試作品は出来たかしら」


 工房を覗くと、彼らは私たちが来たことにも気づかず、小さなペンを持ち上げて相談し合っていた。


「……駄目だな。もう少し、強度を上げないと」

「ペン先が少し引っかかるな」


 彼らの真剣な様子に、声をかけるのが躊躇われる。

 けれど、確認しなければならない。

 彼らをこの作業に引き込んだのは、私なのだから。


「皆さん、お疲れ様。やっぱり難しいかしら……」

「「お嬢さん!」」


 私の声に気づいた職人たちが、一斉に駆け寄ってきた。

 あまりの勢いに、思わず目を丸くする。


「いや、もう一度。もう一度チャンスをいただければ、必ず」

「それに、意外と楽しいんですよ、こんなに小さい物を作るってのも」


 次々と上がる積極的な言葉から、彼らがまだ諦めていないことが伝わってきた。


「そう。じゃあ、任せたわ」




 数週間後。


 ようやく形になったと連絡が入り、急いで工房へ駆けつけた。

 机の上には、一本の万年筆が置かれていた。

 以前彼らに渡した万年筆とそっくりな仕上がりだった。


「……どうですか、お嬢さん」


 職人たちが息を呑んで見守っている。

 私が手に取るよりも先に、ノアがそれに触れた。

 ここは、私よりノアが適任だわ。


「少し貸してください。……ふむ」


 ノアが無言で、出来上がった万年筆を紙に滑らせる。

 ガリガリという音がした。

 インクが入っていなくても、これでは……。


「試作品としては、上出来だと思います。ですが……目指すは普及ですよね?これでは厳しい」


 ――グッと黙り込む職人たち。

 重苦しい空気が、周囲を漂い始める。


 その時だった。

 背後から、ガタリと立ち上がる音が聞こえた。

 誰の耳にも届くような、大きな溜め息が響く。


「おい。職人なら、諦めるんじゃねぇ。やるって言ったのはお前らだろう」


 そこで親方が立ち上がり、職人たちを脇に寄せる。


 親方は、皆の目の前で、万年筆のペン先を触り、力を込め、また戻した。


 誰もが口を開かない。

 そして、親方の手元だけを見つめている。


 この工房には不釣り合いなほどの静寂だった。

 誰かの息を呑む音まで聞こえてきそうだ。


「――どれ。力を込めると、ここが逃げる……」

「親方……」


 この場にいる全員の、縋るような目を一身に受けた親方は、力こぶを作った。


「もう一度だ。自分の腕で見返してやれ」


 そこで、親方が私たちの方に身体を向けた。

 鋭い目が私を捉えた。

 そして――。

 その口元が、ゆっくりと歪められた。


(……親方が笑ったの!?)


「嬢ちゃん。それからそこの坊主。面白いじゃねぇか。随分とやりがいのある物を持ち込んでくれたな」


 それが、親方が初めて私を真っすぐ見た瞬間だった。


 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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