第01話 元領地管理官、ノア
私の家は特出したものもない、しがない男爵家だ。
領内には鉄鉱山がある。
だが、それも細々と採掘されているだけだ。
そして、今の男爵家はその鉱山をほぼ放置している状態だった。
父は、平和なこの時代において“時代遅れ”だと、鉄を軽視しているのだ。
昔、一度うちに出入りしている商人が密かに話していたことがある。
――『宝の持ち腐れだ』と。
父の性格は単純だった。
華やかな王都の貴族に合わせて見栄を張り、それに合わせて領地の収入源は減っていく。
姉を売って得た財も、きっとすぐに無駄にするだろう。
他人の金を当てにするような状態ならば、先は既に見えている。
ただの没落だ。
今は亡き祖父が、よく言っていた言葉が頭から離れない。
――人に勝る財産はないと。
ならば、私が手に入れてみせる。
父が不要だと切り捨てた、その財産を活かしこの領地を豊かにしてみせる。
◇◇◇
数日後。
私は、一軒の家の扉を叩いた。
その家は質素な作りで、庭には雑草が生えておらず、花一つ咲いていない。
扉から出てきた男性を見て、思わず喉が上下した。
彼は異国の血が入っているらしく、珍しい黒髪に黒目である。
しかし、近寄りがたい雰囲気は鋭い眼光にある気がする。
自分の声が震えないように、慎重に話しかける。
「今の男爵家を立て直したいの。うちの領地にある鉄鉱山があるでしょう。これを活用できる?……ノア元領地管理官」
私が問うと、彼はいきなり一歩踏み出し上から見下ろしてきた。
――威圧感が凄いわ。
足が無意識に下がろうとするのを、叱咤して力を込める。
(……引いちゃ駄目よ。彼を味方につけなれば……!)
「今の私は、ただの無職の平民ですよ」
明らかに嘲りが混じった声音と表情だった。
彼から見れば、突然現れた小娘でしかないだろう。
「それは父の愚かさの表れね。祖父に重用されていた、優秀なあなたに聞いているのよ」
ノアは祖父の時代から働いていた人物で、信用出来る。
祖父の人を見る目は確かだった。
しかし、実直で融通が利かない性格が、父とは壊滅的に合わなかったのだろう。
七年前、父が家督を継いだ直後に解雇されてしまった。
まだ、二十代のはずだ。
このまま埋れさせるなんて、あり得ない人材だった。
「……面白い問いですね。ですが、期待はしない方がいい。男爵は、鉄を流通させる気はないようですよ」
彼を説得できなければ、私の決意はまだ現実に届いていない。
まずは、なんとしても味方が欲しい。
「ええ。だから、父に気づかれないように。領地には、祖父の代からの優秀な職人がいるでしょう?」
「引退した者も多い。今は細々と日用品を作っているだけでしょう」
素気ない態度でも、話だけは聞いてくれるようだ。
ただの気まぐれかもしれない。
だが、今はそれでもいい。
「会いたいの。女の私では、出来ないことも多い。……でも、それはあなたも一緒でしょう?ノア。優秀なのに、平民というだけで軽んじられる」
私の言葉に、彼は不快そうに眉を寄せた。
踏み込みすぎた話題だ。
でも、私はこうやって進んでいかなければならない。
今のままでは、なにも出来ない小娘のままだ。
ノアは数秒間黙り込んだ後、深く息をついた。
「現場を見るなら、五日は欲しい」
ようやく答えたノアの瞳がスッと細められ、私を射抜いた。
身体が強張る。
……けれど、意地でも顔にだすものですか。
「――そして、あなたを見極める時間も」
「ええ。勿論。簡単にいくなんて思ってないわ。でも……やらなければ始まらない」
ノアの黒い瞳に映る私は、臆病に震えて縮こまっているだろうか。
それとも――。
「現場は甘くありません。彼らは、誇りを裏切られたと思っている。それは、生き様を否定されたということです。
……それでも、行きますか」
険しいだけだと思っていた顔に、少しだけ別の何かが混じった気がする。
心配でもしてくれているのかしら。
ふふ、まさかね。
「あなたも祖父の口癖を覚えているでしょう?『人に勝る財産はない』。まずは、職人たちと話し合わなければ」
「……いいでしょう」
そう答えた彼は、すでに私に背中を向けていた。
いきなりの出来事に、瞬きを繰り返す。
これは、失敗した……?
まだ諦めずにノアに縋ったほうがいいのか逡巡する。
――いや。
縋らないって決めたじゃない。
ただ昔馴染みだったから期待してしまった、それだけよ。
自分の靴底がジャリッと音を立て、引き返そうとした瞬間。
「お待たせしました」
ノアの声が耳に届いた。
振り返って見ると、部屋の中から鞄を持ってきたようだ。
「では、無価値だと判断するなら早いほうがいい。それこそ時間の無駄です」
「さすがね。じゃあ、行きましょうか」
ノアが私を一瞥して、わざと置いていくように早足で歩き出した。
それに必死についていく。
――これが、私の“本当の人生を取り戻す”第一歩だった。
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