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この万年筆で、私の未来を取り戻す ―父が見捨てた工房から始まる領地再建―  作者: しぃ太郎


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2/14

第01話 元領地管理官、ノア


 私の家は特出したものもない、しがない男爵家だ。

 領内には鉄鉱山がある。

 だが、それも細々と採掘されているだけだ。

 そして、今の男爵家はその鉱山をほぼ放置している状態だった。

 父は、平和なこの時代において“時代遅れ”だと、鉄を軽視しているのだ。


 昔、一度うちに出入りしている商人が密かに話していたことがある。

 ――『宝の持ち腐れだ』と。


 父の性格は単純だった。

 華やかな王都の貴族に合わせて見栄を張り、それに合わせて領地の収入源は減っていく。

 姉を売って得た財も、きっとすぐに無駄にするだろう。

 他人の金を当てにするような状態ならば、先は既に見えている。

 ただの没落だ。


 今は亡き祖父が、よく言っていた言葉が頭から離れない。

 ――人に勝る財産はないと。


 ならば、私が手に入れてみせる。

 父が不要だと切り捨てた、その財産を活かしこの領地を豊かにしてみせる。


 ◇◇◇


 数日後。


 私は、一軒の家の扉を叩いた。

 その家は質素な作りで、庭には雑草が生えておらず、花一つ咲いていない。

 扉から出てきた男性を見て、思わず喉が上下した。

 彼は異国の血が入っているらしく、珍しい黒髪に黒目である。

 しかし、近寄りがたい雰囲気は鋭い眼光にある気がする。

 自分の声が震えないように、慎重に話しかける。


「今の男爵家を立て直したいの。うちの領地にある鉄鉱山があるでしょう。これを活用できる?……ノア元領地管理官」


 私が問うと、彼はいきなり一歩踏み出し上から見下ろしてきた。

 ――威圧感が凄いわ。

 足が無意識に下がろうとするのを、叱咤して力を込める。


 (……引いちゃ駄目よ。彼を味方につけなれば……!)


「今の私は、ただの無職の平民ですよ」


 明らかに嘲りが混じった声音と表情だった。

 彼から見れば、突然現れた小娘でしかないだろう。


「それは父の愚かさの表れね。祖父に重用されていた、優秀なあなたに聞いているのよ」


 ノアは祖父の時代から働いていた人物で、信用出来る。

 祖父の人を見る目は確かだった。

 しかし、実直で融通が利かない性格が、父とは壊滅的に合わなかったのだろう。


 七年前、父が家督を継いだ直後に解雇されてしまった。

 まだ、二十代のはずだ。

 このまま埋れさせるなんて、あり得ない人材だった。


「……面白い問いですね。ですが、期待はしない方がいい。男爵は、鉄を流通させる気はないようですよ」


 彼を説得できなければ、私の決意はまだ現実に届いていない。

 まずは、なんとしても味方が欲しい。


「ええ。だから、父に気づかれないように。領地には、祖父の代からの優秀な職人がいるでしょう?」

「引退した者も多い。今は細々と日用品を作っているだけでしょう」


 素気ない態度でも、話だけは聞いてくれるようだ。

 ただの気まぐれかもしれない。

 だが、今はそれでもいい。


「会いたいの。女の私では、出来ないことも多い。……でも、それはあなたも一緒でしょう?ノア。優秀なのに、平民というだけで軽んじられる」


 私の言葉に、彼は不快そうに眉を寄せた。

 踏み込みすぎた話題だ。

 でも、私はこうやって進んでいかなければならない。

 今のままでは、なにも出来ない小娘のままだ。


 ノアは数秒間黙り込んだ後、深く息をついた。


「現場を見るなら、五日は欲しい」


 ようやく答えたノアの瞳がスッと細められ、私を射抜いた。

 身体が強張る。

 ……けれど、意地でも顔にだすものですか。


「――そして、あなたを見極める時間も」


「ええ。勿論。簡単にいくなんて思ってないわ。でも……やらなければ始まらない」


 ノアの黒い瞳に映る私は、臆病に震えて縮こまっているだろうか。

 それとも――。


「現場は甘くありません。彼らは、誇りを裏切られたと思っている。それは、生き様を否定されたということです。

 ……それでも、行きますか」


 険しいだけだと思っていた顔に、少しだけ別の何かが混じった気がする。

 心配でもしてくれているのかしら。

 ふふ、まさかね。


「あなたも祖父の口癖を覚えているでしょう?『人に勝る財産はない』。まずは、職人たちと話し合わなければ」

「……いいでしょう」


 そう答えた彼は、すでに私に背中を向けていた。

 いきなりの出来事に、瞬きを繰り返す。

 これは、失敗した……?

 まだ諦めずにノアに縋ったほうがいいのか逡巡する。

 ――いや。

 縋らないって決めたじゃない。

 ただ昔馴染みだったから期待してしまった、それだけよ。

 自分の靴底がジャリッと音を立て、引き返そうとした瞬間。


「お待たせしました」


 ノアの声が耳に届いた。

 振り返って見ると、部屋の中から鞄を持ってきたようだ。


「では、無価値だと判断するなら早いほうがいい。それこそ時間の無駄です」

「さすがね。じゃあ、行きましょうか」


 ノアが私を一瞥して、わざと置いていくように早足で歩き出した。

 それに必死についていく。


 ――これが、私の“本当の人生を取り戻す”第一歩だった。


 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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