第5話 商人の条件
完成品を前にして、商人をよびたした。
エルンスト商会の若い商会長だ。
前に、男爵家に来たことがある。
――私に聞かせるように、あの言葉を呟いた人物だ。
「あなた、うちの鉄を『宝の持ち腐れ』だと言っていたでしょう。宝かどうかを見極めるのも、商人の仕事じゃないかしら」
「……鉄で万年筆?」
彼は、それを手に持ち、丁寧な手つきでペン先に触れた。
そして胴軸をよく眺める。
「今はね。装飾だけで見栄を張る時代は、すでに終わってるんですよ。実用的な物が好きな、裕福な庶民って、意外と多い」
「じゃあ、あなたの考えは?――私は、これが売れると思っているの」
「重すぎる。これでは売れません」
「……。」
工房の職人たちの顔を思い浮かべてゆっくりと目を閉じた。
「――しかし。素晴らしい加工技術ですね」
紙の上でペン先を何度も滑らせながら、彼は話を続ける。
「中身のインクと胴軸の真鍮は商会で用意します。加工はそちらに受け持っていただきましょうか」
そこで商会長は机に手をついて身を乗り出した。
「そうすれば、今の世の中を驚かせられる」
私とノアは顔を見合わせて、一拍置いてから聞いた。
「つまり?」
「答え?簡単です。彼らに聞けばいい。――試作品、売ってみましょう。裕福な平民層に」
しかし。彼は条件を突きつけた。
「工房を見せてください。再現性がなければ商人は動きません」
◇◇◇
商会長は、工房の中をゆっくりと歩いた。
炉の位置、作業台、道具の並び。
職人たちの手元まで、視線を落とす。
「……再現性は?」
その問いに、親方が一歩前へ出た。
「ある」
即答だった。
「ここは一年を通して寒暖差が少ない。鉄の癖が読みやすい。それに――」
親方は、壁際に立てかけられた古い剣を指で叩いた。
「命を預かる武器を、何百と揃えてきた工房だ。
他に、何か説明が必要か?」
商会長は一瞬、言葉を失った。
「確かに。それ以上の実績はありませんね」
彼は、ぐるりと工房を見渡して頷きかけ――、
そして、大量に作ってある万年筆を発見する。
「これは?」
「……俺たち若手が作ったものです。でも、親方たちの腕には及ばない」
若手の職人がおずおずと答える。
いつもは闊達な彼らが珍しい。
「ふむ」
商会長は、紙にそれを滑らせる。
「確かに引っかかる。――だが、従来のものより質はいい」
そして、それを私と親方の目の前に突き出した。
「しかも若手が作る。技術も上がる。低価格路線もいける。条件がほぼ完璧に近い。作りましょう!」
「……これが売れる?」
親方の影からフィンの声がした。
苦手なタイプの人間からは逃げるらしい。
「確かに、これはまだ荒削り。でも——今は紙の時代です。
平民にも出回っている。
子供が使うなら、これで十分どころか、上出来だ」
確かに。
子供や庶民は、そこまで質にこだわらないかもしれない。
日常生活で使うからだ。
「安ければ、誰も文句は言いません」
「……俺の、作ったものが売れる?すげー嬉しい!」
フィンが喜んでいる。
彼の熱意は凄かった。
親方も、彼の頭をグリグリと乱暴に撫でていた。
「さて。最後は貴女です。マレッタ嬢」
「……!」
いきなり名指しされて、肩が跳ねる。
後ろで、その肩を支える人物がいた。
私は安心させるように、その手に自分の指を重ねて、呼吸を整える。
「最後の関門ね?何かしら」
商会長は私に真っすぐ視線を向ける。
「貴女は貴族女性で、当主でもない。この意味がわかりますよね?」
その視線から、逃げたら負けだ。
私は目に力を込めて見つめ返した。
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