第2話 工房の親方
「今さら何の用だ」
領地の工房で門前払いを受ける。
やはり職人たちからの視線は冷たいものだった。
「帰ってくれ。遊びに付き合ってられん」
親方は、こちらに背中を向けたままだった。
ポケットに手を入れて、刺繍の感触を確かめる。
――こんな所で引いちゃだめよ。
「ただの視察よ。それすらも拒否されるのかしら」
「……ふん。勝手に見ていけ」
相手にされなくても仕方がない。
一番若い職人が私の後ろをぴったりと付いてくる。
「お嬢さん、みんなピリピリしてるから、あまりウロウロされると困るというか……」
フィンと名乗った彼を無視するわけにはいかない。
仕方なく、離れた所から作っているものをメモしていった。
『鍋、釘、フライパン……』
万年筆で書き留めていく。
「ちょ、ちょっとそれ、貸してください!鉄ですよね?」
フィンが、私から万年筆を取り上げてマジマジと観察している。特にペン先に興味があるらしい。
「え、えぇ。そうね、確かにこれも鉄製品だわ……」
「兄貴!兄貴!……これ、どうですか」
「……作れるの?」
私は彼らの顔を見た。
「あぁ。形だけなら出来る。うちの技術なら、もっと良い物が、な」
「……万年筆。これ、いけるかもしれないわ。まだそこまで流通していないのよ。父が見栄で買ってきたものだわ」
「オレ、やってみたい、親方!」
「……俺は関わらん。やるなら勝手にしろ」
「じゃあ、俺たちだけでやってみましょう」
1週間後、また工房に訪れてみた。
中では職人が鉄を打つ音が響いている。
「どう?試作品は出来たかしら」
私に気付かないくらい熱中している職人たち。
小さなペンを持ち上げて相談し合っているようだ。
「……駄目だな。もう少し、強度を上げないと」
「ペン先が少し引っかかるな」
「やっぱり難しいかしら……」
「いや、もう一度。もう一度チャンスをいただければ、必ず」
「それに、意外と楽しいんですよ、こんなに小さい物を作るってのも」
「そう、じゃあ任せたわ」
出来上がった万年筆。職人たちが息を呑む音が聞こえる気がする。
「少し貸してください。……ふむ」
ノアが無言で、出来上がったそれを紙に滑らせる。
ガリガリという音がした。
インクが入っていないとしても、これでは……。
「試作品としては、上出来だと思います。ですが……目指すは普及ですよね?これでは厳しい」
――グッと黙り込む職人たち。
重苦しい空気が漂う。
そこで、背後からガタリと立ち上がる音が聞こえた。
誰の耳にも届くような大きな溜め息が響く。
「おい。職人なら、諦めるんじゃねぇ。やるって言ったのはお前らだろう」
そこで親方が立ち上がり、職人たちを脇に寄せる。
その目の前で、万年筆のペン先を触り、力を込め、また戻した。
他の職人は黙ってそれを見守っている。
誰かの唾を飲み込む音まで聞こえてきた。
「――どれ。力を込めると少し歪むな……」
「親方……」
「もう一度だ。自分の腕で見返してやれ」
そこで、親方が私たちの方に身体を向けた。
「嬢ちゃん。それからそこの坊主。面白いじゃねぇか。随分とやり甲斐のある物を持ち込んでくれたな」
それが、初めて親方が私を真っすぐに見てくれた瞬間だった。




