第12話 父への決着
――父の執務室の前。
数時間前に帰ってきてから、ずっと閉じこもっているようだった。
「大丈夫ですか?」
「ええ。……覚悟は出来てる」
ポケットの中で、刺繍入りのハンカチを握り込む。
しかし、扉をノックする音のリズムが、わずかに崩れた。
一度深呼吸をして、部屋の中へと入る。
窓際の椅子に座った父。
焦燥のせいか。
憔悴しているのか。
少し、小さく見えた。
「こちらの売り上げをご覧下さい」
私は父の前に、万年筆の売り上げを書き付けた帳簿を開いた。
「先見の明がある貴族や商会からは、既に投資も受けています。これを男爵家主導に移すためには、新しい風が必要だと思いませんか」
「……それは」
「お父様が手を付けなかった鉄鉱山と工房です。
ちなみに、私が主導しているのでお父様には権限がございません。――ご決断を」
私は、一枚の書類を机の上に乗せた。
当主を譲る旨が記載されている。
その上に、そっと、万年筆を置く。
「サインをお願いします」
さらさらと流れる音。
「……書きやすいな」
「ええ。一つとして無駄なものなんてなかったんですよ。お父様。これが、その証です」
「……これから、俺はどうなる?」
私は、僅かに考えるふりをした。
「どうしましょうか。人を商品としてしか見ていない人間ですし……」
「……。」
父は、椅子に体を預け目を閉じていた。
中央に入り浸り、洒落た服を身に着け――。
しかし、他には何も持たない人になってしまった。
「大丈夫ですよ。最低限のお金も使用人も出します。
……お金で売られる心配は、なさらないで?」
幼い頃のこと、祖父の顔、さらには嫁いだ姉を思い出した。
それを押しやり、足を前へ進める。
「お疲れ様でした」
「……ここからが本番ね。頼りにしてるわ」
ノアに視線を向ける。
そこには見慣れた、頼もしい相棒が頷く姿があった。
◇◇◇
一年後。
商談の為に参加した夜会。
『鋼鉄の女』と影で言われているマレッタが、その声にゆっくりと振り返った。
「挨拶もないなんて不躾ですね。どちら様でしょうか?」
「僕だ、サミュエルだよ!幼馴染の!」
十九歳のあの日と変わらない彼の声。
そして私は、もうあの頃の私じゃない。
助けを求めるだけだった少女は、今――。
彼女は手元で、扇をパチリと閉じて、男に向き合った。
その視線は強く、何もかも射抜くようだった。
「あら、サミュエルだったのね。万年筆の専属契約のお話かしら。――貴族にとっては、信頼と契約が一番ですものね」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
もし物語を楽しんでいただけましたら、
評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




