第11話 俺なら、もっと成功させられる
――男爵視点――
娘の結婚でまた、資金調達の目処が立った。
実際に手付金としてすぐに前借りできないか、あの商会長と話し合わなければ。
マリエッタはそれなりに見映えがする娘に育った。
本人に会わせれば、もっと高い金を出してくれるかもしれない。
そんな事を考えながら、出席した夜会で驚くべきことが起きた。
「いやー、この万年筆、男爵領の工房のブランドらしいじゃないですか!……素晴らしいですな。しかも、自分からは言い触らさないとは」
初めて見る物だった。
しかし、目の前の人物はさらに語る。
「すでにこれに目を付けている投資家も多い。いやぁ、お人が悪い。投資先を探す振りをして顔を売っていたんですか?」
何も答えられなかった。
答えた瞬間に笑いものになってしまう。
わけもわからず、俺は笑顔でその時間をやり過ごした。
どうやら俺の知らないところで、わが領の工房が成功したらしい。
夜会で話しかけてくる貴族たちは、好意的になった。
彼らの態度が一転していた。
今までは田舎の下位貴族だと、相手にされないことも多かったというのに。
――運が回ってきた。
うちの領地の工房、か。
あんな辺鄙な場所には、鉄くらいしかないと思っていた。
しかも、あの平民の職人たちが「万年筆」?
いまいち、ぴんと来ないが……。
そういう芽は、放っておいても伸びるものだ。
先代が遺したものが、ようやく実を結び始めただけだ。
ここで失敗しなければ、俺を見下してきた連中を見返せる。
俺なら——。
もっと、成功させられるだろう。
いい気分で、タウンハウスに戻った。
投資がしたいと申し出てくる貴族も多かった。
これは、もしかしたら凄いのでは?
この勢いに乗って、もっと大金が入るのではないか?
まだ全体を把握できていないから後日、再び領地へ戻らなければ。
そしてそのまま眠ってしまった。
夜会で、少し飲み過ぎたようだった。
◇◇◇
父が再び領地へ戻ってきた。
きっと、万年筆のことが耳に入ったのだろう。
思っていた以上に、情報が遅くて助かった。
既に手回しは終わった。
結婚を告げられてから三カ月。
私とノアは、この日のために準備をしてきた。
まずは、宰相閣下が国の備品として注文してくれたことが大きい。
「私たちは本当の意味で、表舞台に立つわ。今日から、あの使われていないお祖父様の執務机に堂々と座りましょうか」
父から見捨てられたものを、私たちは一つ一つ蘇らせてきた。
その最後が、あの場所だ。
お祖父様があの机で、この領地を大切に育て上げたのだ。
幼い頃に見上げた執務机は、なんて高かったことか。
「まだまだ、ここからが始まりです。ですが、きっと今までの眺めとは一変するでしょう。マリエッタ様が遂に、あの椅子まで復活させるのです」
「ふふ。大袈裟に聞こえないのが重いわね」
ノアが私の肩に、そっと触れる。
わずかに震えていたことに気づかれたかしら?
それでもいい。
私の弱いところをずっと隣で見てきた彼だから、そのくらいはお見通しだろう。
「それはもう、重いでしょうね。ですが、貴女一人には背負わせませんよ」
一人では無理だった。
きっと、ノアと二人だけでも届かなかった。
それを忘れなければ、私たちは大丈夫。
ならば、私の答えはこれで十分だ。
「――ええ。行きましょう」
呼び出された執務室で、父に報告をする。
簡潔に説明しながら、もう手遅れだと暗に伝えていく。
「私と職人で作り上げた物を宰相閣下に気に入られまして……。それで貴族が乗り気になったようです」
父は一瞬だけ喜びの表情を浮かべ、わざとらしく深刻そうに告げた。
「しかし、お前には縁談が来ていると言っただろう……。私がその事業をすべて引き継ごう」
「いいえ。ご本人に直接お断りを入れさせてもらいました。さすがお父様が見込んだ方ですね。これの価値を見抜いていらっしゃいました」
机の上に万年筆を置く。
しかし一瞥もしないまま、父は立ち上がって机を叩いた。
「結婚を断った!?何故だ!領地に金も入る、いい条件だっただろう!」
「……やはり、目先の事しか考えないのですね」
分かっていたことだが、いざ目の前で見ると苦々しく感じる。
その浅はかさのせいで、何年も苦しんだ領民が大勢いるというのに。
「お前とは話にならん!この親不孝者め!」
父は私の頬を叩き、そのまま部屋を後にした。
激しい音を立てて執務室の扉が閉まる。
熱をもつ頬に触れ、その背中を見つめた。
ノアが手を差し伸べてくれる。
その手を取りながら、私は笑った。
ずっと主のいなかった、その重厚な椅子に座る。
「いつになったら、現実を知るのかしらね?」
◇◇◇
――男爵視点――
慌てて領地まで戻り、話題の万年筆を確かめに行った。
相変わらず寒くて、何もない辺鄙な田舎だ。
戻った屋敷で、マリエッタから事業について聞かされた。
手柄は認めるが所詮は小娘だ。
俺の方が向いている。
しかし、しばらく見ないうちに随分と生意気な態度を取るようになり、勝手に結婚まで断ったという。
まずは、現場へ向かおう。
そしてその工房を見上げて違和感を覚えた。
――なんだ?
記憶では、もっと古臭くて規模も小さかったはずだ。
事業が成功して拡大させた、ということだろうか。
「私が領主だ。今、成功している事業を拡大してやろう」
「あんたが俺たちを見捨てた。今度は俺たちが、あんたを選ばないだけだ」
工房で話をするが、親方には相手にもされなかった。
他の職人たちも同様だ。
「これは、お嬢さんと一緒に作り上げたものです。見ず知らずの人に簡単には譲れない」
余計な事を……!
きっとマリエッタが言い含めているに違いない。
「私が、いや、男爵家主導ならもっと上手く売れるだろう。マリエッタから全権を奪い返せれば、お前たちの立場も……」
手を広げて声を張ったが、遂には追い出されてしまった。
何故だ?
何故こうなった?
俺の領地の、俺の工房だろう?
結局、誰にも相手にされず屋敷に引き返した。
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