第10話 売られる覚悟と先に進む道
一ヶ月後。
久々に父の顔を見た。
「マレッタ!ようやくお前の結婚が決まった。この領地のためにもなるだろう」
聞けば、大手の商会主だという。
私は、自分の人生を利用されないと誓った。
断ろうと口を開くが――、
しかし。
それは、彼らの為になるだろうか。
職人たちや、領地の人々の姿が頭に浮かぶ。
私は離れても大丈夫だろうか。
彼らは消耗品として扱われない?
あの夜の自分を裏切っていいのだろうか……。
父が、この領地をまた搾取するだけにならないだろうか。
いくら考えても、答えは出ない。
父親の庇護下にいる私になんて拒否権がない。
わかっていたことだったのに、実を結びかけたこのタイミングで――。
深夜。落ち着かない気持ちを持て余した私は、庭のベンチに座り、星を見ていた。
「ノア。まだ起きてたの」
「はい。基本的に眠りが浅いんです」
沈黙がおちる。
彼の方には特に話はないようだった。
「よくわからなくなって。……領地の幸せと自分の幸せを天秤に掛けたら答えは既に出ているわよね?」
ノアは黙って、ベンチの隣に立っていた。
彼の黒髪が風に乗って、崩れている。
珍しい。
「彼らの努力と技術は、世の中に認められるべきだわ。そして、それが早まるならいいことよね」
そこで、無意識に拳を握り込む。
爪が食い込んで痛みを与える。
「でも、エルンスト商会は、利権を奪われるかもしれない……。職人は、もっと過酷な状況になるかもしれない。そんな想像も止まらないの」
ノアに相談しているのか、苛立ちをぶつけているのか……自分でもよくわからなかった。
「先代の言葉『人材は宝』。自分に当てはめないのですか?」
彼の低い声がさらに冷たく聞こえる。
女の私。平民のノア。
それは本当に「無価値」なのか――。
かつて、彼に事実を突きつけて、無理やりに近い形でここまで引っ張ってきた。
その彼に、今、問い返されている。
「祖父の言葉……」
「正直、上手い話だとは思えません。男爵はいつも目先の欲で動く。そして、あなたも、目先の利益で動くのですか?」
簡単に切り捨ててくれるノアに腹が立ち、思わず声が荒くなった。
「じゃあ、どうやったら止められるの?まだ、当主でもない、ただの小娘が」
「……計画を前倒ししましょう。貴族や商会から投資を募ります。この際、男爵にバレても構わないでしょう。エルンスト商会もきっと賛同しますよ」
ノアが少し、感情的になっている気がする。
ただの思い込みかもしれないけれど――。
「そうね。父は職人たちを使い潰すわ。今すぐに売れなくても、商品は本物よ。ならば――」
「次のステージですね」
「ええ。あなたの言うとおり。すでに隠れている時期が過ぎたのね」
私は、机から書類を取り出した。
「投資をしたがる貴族から固めていきましょう。……すでに宰相閣下からはお手紙をいただいているわ」
私は、それをノアに見せる。
読み始めた彼の表情がどんどんと緩んでいく。
それを見て、無意識に、覚悟が決まっていた。
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