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探索

 やっぱり、妙だ。

 覚醒から2時間半――気になって10分おきに他の乗員の覚醒状況を、バイタルサインの有無で確認するが、誰の登録もない。

 つまり、ノアの中で活動再開したのが、僕独りということだ。同じコクーンシステムを使用して、僕だけが特別早く覚醒する――なんてことはあるのだろうか?


 とりあえず、あと30分の我慢だ。医療マニュアルの安静時間をクリアすれば、船内を自由に動き回ることができる。仲間の様子を直接見に行くこともできよう。

 もう少しだ――落ち着かない心を無理に抑え込み、今後のミッションに思い馳せてみる。


 コクーンが正常に作動したのであれば、目的地ルシファー星系到着の一月前には、全員覚醒する。

 全員の覚醒が確認できた時点で、地球に恒星間通信を送らなければならない。通信速度は、宇宙船のおよそ300倍なので、予定通りであれば、ルシファーに着く頃には返信が届く予定だ。


 ノアは、7個ある地球型惑星の内、第6惑星の公転軌道の内側に到達すると、超光速自動運転が解除される。そこから先は、僕ら操縦士クルーのマニュアル操縦となる。


 公転軌道の関係で、第5、3、4惑星の順に調査を行っていく。ノアによる今回の有人調査は、最初にして最後の徹底調査だ。

 もちろん、ルシファーが発見された直後から、宇宙庁では無人探査機を何度も送り、観測を重ねてきたそうだ。データ上は、移住地として及第点を上回る、理想的な数値を上げてきたらしいが、最終的には実物を観ての判断が不可欠なのである。


 人類が永住するのに適した環境にあるかどうか――その見極めは重大だ。僕らの報告によって、一度GOサインが下りれば、もう後戻りはできない。ノア計画発動時から見切り発車的に造船されていた大型移民船が、続々とルシファー目掛けて出航される算段になっている。


『我々人類は、地球を離れる。1人として留まることは許されない。悲しいことだが、人類が活動を停止することは、地球という星に取って最大限の浄化であり、ひいては地球の延命になるであろう』


 ノア計画を告げた時、長官は、世界に流す予定のメッセージを僕らに見せてくれた。


『地球を遠く離れても、人類の記憶は遺していく。いつか――遠い未来の人類が、故郷を訪れることが出来るように、いくつかの証拠を刻んで去るだろう』


 地球上で繁栄を極め、栄華を誇った人類。その痕跡として何を遺すかは、僕らには知らされなかった。

 この12年の間に、何らかのメモリアルモニュメントでも建設しているのだろうか。


 僕らが帰還する地球は、更に12年後の未来だ。出航前から24年経過している。宇宙のモノサシでは溜め息にも満たない時間だが、ヒトのモノサシでは人生の盛り、いわば真夏のひとシーズンを失うようなものだ。


 科学も知識も、すっかり変わってしまっているだろう。親や知人も――エマも、僕の知らない大人の女性になっているに違いない。


 ソファーで寝返りを打ち、再び高い天井を見上げる。柔らかいアイボリーの空間に、24年後の彼女の姿を想い描こうとしたが、無理だった。

 出会った頃の幼い姿や、再会した訓練期間中の表情は、記憶の中に沢山ストックされている。しかし、まだ見ぬ40代半ばの容貌は、想像力のメモリを振り切っても浮かばずじまいだ。


 こんなんじゃ、ミッションを終えて地球に帰還したとしても、僕はエマを見つけられないんじゃないだろうか。


「……見つけて、どうする気だよ」


 ノアに乗船することが決まっても、僕は何も約束を残して来なかった。

 あんなに魅力的な彼女のことだ。とっくに素敵な伴侶パートナーに出会って、ママになっている可能性が高いだろう。


『ムナカタ中尉、安静時間ガ終了シマシタ』


 自分の想像に落ち込みかけた時、不意に医療システムが軟禁終了を告げた。


-*-*-*-


 ――よし、始めるか。


 意を決して、ソファーから降りる。コクーン睡眠用スーツを脱いで、船内活動用の青地に白いラインの入った航宙服に着替える。


 部屋を出る前に、もう一度タッチパネルに触れる。覚醒記録に変化はない。

 船内の状態――空調、温度、異常反応の有無――各種スキャン結果を確認する。12年近く眠っていた船内に踏み出すのだ。万一の事態を想定して、濃縮酸素の簡易ボンベを携帯する。


 身体を緩く動かしてから、1つ頷いて個室のドアを開けた。シューッと僅かな気圧変化が起こり、停滞していた通路の空気が動き始めた。

 同時に、省エネモードで仄暗かった通路が、僕の生体信号に反応してフッと明るくなる。


 まず左進し、司令室ブリッジへ向かった。

 僕の移動に合わせて周囲の明度が変化する。半円形の司令室内も、長い眠りから覚めた。

 室内中央、床面より1mほど高い位置に船長の司令席がある。その左側に副船長席、更に床面左右に1席ずつ操縦席がある。左側がマキネン君、右側が僕の席だ。

 司令室内は4席、通常は交代制で勤務する。ドクターは医務室に常駐し、ラッセルさんはノア後部の機関室が仕事場だ。


 自分の操縦席に座り、タッチパネルを操作する。航行記録にアクセスしてみたものの、異常はない。ノアは順調に超光速航行中だ。現在の位置は、ノアまで約0.3光年、到着までおよそ30日の距離――全くの予定通りである。

 ブリッジの正面に、外部情報を映し出すスクリーンが設置されている。通常航行では、星の海が果てなく広がり、心奪われるほど美しいが、超光速航行中は灰色一色でつまらない。しばらく見上げていたが、一息吐いてブリッジを後にした。


 通路を戻る。個室は手前から、通路の左側にマキネン君、僕、クロエ副船長の順に並ぶ。通路の右側、マキネン君の斜め向かいにはラッセルさん、ドクター、スチュワート船長の個室がある。


 他人の個室に踏み込むのは躊躇われるが、僕の置かれた現状を天秤にかけると、不躾な振る舞いも理解してもらえるはずだ……多分。


 マキネン君の個室のドアを――何となくノックした。もちろん、気持ちの問題だ。未だコクーンの中なら、外界の音はシャットアウトされている。ノックなど聞こるはずもない。


「ごめん、お邪魔しま――マキネンっ!?」


 シューッ、と気圧が変わり、微かに鼓膜がツンとした。だが、そんな肉体的変化になど構っていられない。明らかな異変に気付き、彼のコクーンに駆け寄る。


「おいっ! マキネン? まさか――」


 コクーン外装に点るランプが、赤い。何らかの異常が発生したことを告げるサインだ。


「まさか……嘘だろ……」


 手足が震えている。それでも、確認しなくてはという激しい気持ちに突き動かされて、彼のコクーンシステムを強制解除する。

 赤いランプと共にブート音が発せられるはずだが、その機能は停止している。すなわち、異常事態が相当前に発生したことを意味している。


 強制解除は、指令を受けても5分待たねばならない。指先が冷えていく……息が詰まる――。


『強制解除、完了。()()ニ停止シマシタ。システムヲ終了シマス』


 コクーンに組み込まれた音声システムが、無機質な女性の声で宣言した。次いでフシューと低い音を立てながら、観音開きに蓋が開いていく。


「――う……」


 枯れた古井戸の底に滞留した空気が含む湿っぽさと、有機物が経年変化して発する、えたような異臭が鼻腔を貫く。

 それでも、コクーンの縁に掛けた両手を離せない。


「マキネン……どうして――」


 呟く声が詰まる。

 若いエネルギーに満ちていた少年は、見る影もなく老いていた。老人、というには余りにも劣化が進み――いつか博物館で見たミイラに近い。

 そばかす顔の肌は、すっかり土気色になり、栗毛色の頭髪は、藁屑の如く疎らに貼り付いている。一部は完全に色素が抜けている。

 あの鳶色の瞳は、きっと凝縮してしまったに違いない。落ち窪んだ眼窩の中に、眼球らしき膨らみはない。


 専用スーツの中身は、骨格が分かるほど凹凸が極端になっている。自家融解により、蛋白質が分解されたに違いない。


「……28歳、なるはず、だった……じゃ、なかった、のかよ……」


 涙で視界が滲む。可哀想という気持ちと、何故という疑問と、何よりも悔しくて堪らない。


 ドクターなら、詳しい死因が分かるだろう。彼が苦しまずに逝ったのかどうかも、きっと分かるはずだ。

 コクーンシステムに精通した船長やラッセルさんなら、残されたデータから原因を突き止められるに違いない。

 どちらも門外漢の僕は、ただ嘆き、手を合わせることしかできない――それが、悔しくて堪らなかった。




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