明暗
『……で、ホントのところは、どうなの、カイト?』
『えっ』
『隠しても分かるよ。彼女、可愛いからね』
僕より7歳上のスチュワートさんは、優しい焦げ茶色の瞳を細めた。
バレてる――そのことが衝撃的で、気付けば頬が熱かった。
『……ちゃんと、言った方がいいよ。12年は長い』
『一緒に選ばれるかも知れないじゃないですか』
その時、振られていたら、辛すぎる。もし嬉しい結果であったとしても、大切なミッションに、そんな私的な感情を持ち込んではいけないと思っていた。
『実感があるかい、カイト? ノア計画は、万全を尽くしても命の保証がないミッションだ』
船長候補と噂されているだけあって、彼は穏やかな口調の中に、シビアな覚悟を持っているようだった。
『……ご忠告、ありがとうございます。ちゃんと考えます』
『うん。きっと、君とは宇宙を共にすることになるはずだ』
この時点で予言だった言葉は、2年後、現実になった。
スチュワート船長の下、副船長にブロンド美人のクロエさんが就き、博識のラッセルさん、最年少で度胸一番のマキネン君、オールラウンド・ドクターの朴さん――そして、僕。
僅か6席の狭き門を辛うじて僕は通り、しかしエマは選ばれなかった。
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あれから12年。
エマは、地球で何をしているんだろう。宇宙に携わる仕事に就きたいと言っていた。夢は叶ったのだろうか。
船窓のないオフホワイトの個室。低重力を考慮して、部屋の奥行きより天井が高い設計になっている。床に近い位置から見上げると、僅かだが開放感を得ることができた。
そんな自分なりの苦肉の策を探しながら、僕は耐久性訓練を克服した。
『……おめでとう、リン!』
ほっそりと白い掌が差し出された。長い指に形の良い桜貝のような爪、エマの右手だ。
驚いて見上げた僕の目を真っ直ぐに覗き込んだ彼女は、再会した日と同じように屈託ない笑みを広げた。
『あ……ありがとう……』
握り返す僕の方が、遥かに動揺していた。
ノアが飛び立つまで、あと半年に迫った11月末。ミーティングルームに集められた僕らに、補欠要員2名を含めた8名の乗船予定者が、長官より告げられた。
仲間でありライバル――16名全員が、宇宙への強い想いを持って2年半の訓練に耐えてきた。
喜びを顕にする者もいれば、落胆し涙している者もいる。僕は、信じられない気持ちで、しばし呆けていた。
『選ばれたんだから、もっと喜んでいいのよ?』
エマは困ったように笑みを緩めた。よほど、僕が途方に暮れた、情けない顔をしていたのだろう。
『……うん。だけど』
『リン。私自身が携われないのは残念だけど、同情なんてよしてね。他の人も同じだと思う』
戸惑いの本質を見透かされた気がした。僕の迷いは、落選したエマ達にすれば、驕りにも似た失礼な態度だったに違いない。
『もっと胸はって! でないと、私達の未来を託せないじゃない』
握手を解除した彼女は、いつかのように僕の肩をバシバシと叩いた。強気に笑む彼女の目尻が滲んでいることに気付いたが、触れずに精一杯の笑顔で頷いた。
『ありがとう、エマ。行ってくるよ』
そうすることしか、できなかった。
『ノアの見送りに来るわ。頑張ってね、リン』
選ばれなかったエマ達は、その日の内に訓練施設を退所した。それぞれ、元所属していた研究機関や企業に帰っていった。
「ノア計画」は地球規模の極秘プロジェクトなので、外部との連絡は完全管理の下、相手も回数も限られていた。
地球を離れるまでの間、両親には何度か連絡したものの、エマに連絡することはなかった。声を聞きたくなることはあったが、何を話して良いのか分からなかったからだ。
地球を離れる日、出航基地には乗員の近親者など、ごく一部の者だけが集まった。
ノアの航行目的は、表向き「ケイロン」への物資輸送と発表されていたので、マスコミが詰めかけることはなく、世間からもほとんど注目されなかった。
手を振る人々の中に、クリーム色の髪が見えた。遠目にも、エマが笑顔でいることが分かった。
危機的な状態にあることを知らされたまま、地球に残されるのは――どんな心境なんだろう。
出航の瞬間、漠然とそんなことを考えていた。
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宇宙船は、太陽系を離れるのを待ってから、超光速の自動運転に入った。
恒星系「ルシファー」までの行程は、予めプログラミングされている。もし航行途中で、予測外の彗星や小惑星に接近しても、自動回避システムが働いて、回避・軌道修正する。
僕らは、出航後の2週間とルシファー到着直前の1ヶ月間しか活動しない。残り11年と10ヶ月半をコクーン内で、仮死に近い睡眠状態で過ごすのだ。
医療マニュアルによると、最初の2週間は、宇宙空間に慣れるまでの期間であり、最後の1ヶ月は、覚醒後、正常な再活動のために必要な期間とされた。
『次に目覚めた時は、28歳かぁ』
マキネン君が、入眠前最後のエナジーパックを吸いながら頭を掻いた。
最後の晩餐は、一緒に摂ろう――。
船長の提案により、僕らは食堂室に集い、円形テーブルを囲んだ。晩餐、というにはつまらない、いつものエナジーパックのはずだが、何だか特別な味がする気がした。
『お前はいいよ。俺なんて40歳だぞ』
最年長のドクターが、顔をしかめる。
『ああ、もう。年齢の話題は止めて頂戴!』
クロエさんが、一同に強い視線を送る。男性陣は気まずく苦笑いして、肩をすくめた。
『……12年後の姿も、君は美しいさ』
スチュワート船長は、隣の優秀な副船長に温かな眼差しを向けて微笑んだ。
『女盛りを寝て過ごすのよ? 地球に戻ったら、すっかりオバサンだわ』
それでも彼女は眉間の皺を深くすると、左手をヒラヒラと振って否定した。
『そう悲観することもないんじゃないか? 代謝が抑えられているから、年齢は重ねても身体は遥かに若いぞ』
『まぁ、そうね。気休めでも、ありがとう、ドクター』
パックを飲み切った彼女は、アルカイックスマイルを返した。
『無事に目覚めたら、また乾杯といこう』
『このエナジーパックでな!』
船長の締めの言葉を受けて、ラッセルさんは飲み干した空のパックを高く掲げてみせた。わざとおどけた様子に、皆笑い合った。
迫りくる入眠の時を前に、誰もが胸中に広がる不安を感じていたに違いない。
『それじゃあ、ひと眠りしよう。皆、いい夢を!』
スチュワート船長は、そんな雰囲気を掻き消すように、爽やかな白い歯を見せた。
僕らは、それぞれの個室に消えた。医療マニュアルに従ってコクーンシステムを起動させ、航海予定通りの長い眠りに就いた。
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すっかり回想に浸ってしまった。
時計を確認する。覚醒してから約2時間。やっと折り返し地点を過ぎた。残り1時間近く、こうして大人しくしていなければならないかと思うと、うんざりする。
覚醒記録を覗いてみるが、僕以外のデータはまだ登録されていない。
ほぼ同時にコクーンに入ったのに、覚醒のタイミングって、こんなにズレるものなんだろうか……?
大きく息を吐くと、ゴロリとソファーの上で寝返りを打った。




