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明暗

『……で、ホントのところは、どうなの、カイト?』


『えっ』


『隠しても分かるよ。彼女、可愛いからね』


 僕より7歳上のスチュワートさんは、優しい焦げ茶色の瞳を細めた。

 バレてる――そのことが衝撃的で、気付けば頬が熱かった。


『……ちゃんと、言った方がいいよ。12年は長い』


『一緒に選ばれるかも知れないじゃないですか』


 その時、振られていたら、辛すぎる。もし嬉しい結果であったとしても、大切なミッションに、そんな私的な感情を持ち込んではいけないと思っていた。


『実感があるかい、カイト? ノア計画は、万全を尽くしても命の保証がないミッションだ』


 船長候補と噂されているだけあって、彼は穏やかな口調の中に、シビアな覚悟を持っているようだった。


『……ご忠告、ありがとうございます。ちゃんと考えます』


『うん。きっと、君とは宇宙そらを共にすることになるはずだ』


 この時点で予言だった言葉は、2年後、現実になった。

 スチュワート船長の下、副船長にブロンド美人のクロエさんが就き、博識のラッセルさん、最年少で度胸一番のマキネン君、オールラウンド・ドクターの朴さん――そして、僕。


 僅か6席の狭き門を辛うじて僕は通り、しかしエマは選ばれなかった。


-*-*-*-


 あれから12年。

 エマは、地球で何をしているんだろう。宇宙に携わる仕事に就きたいと言っていた。夢は叶ったのだろうか。


 船窓のないオフホワイトの個室。低重力を考慮して、部屋の奥行きより天井が高い設計になっている。床に近い位置から見上げると、僅かだが開放感を得ることができた。

 そんな自分なりの苦肉の策を探しながら、僕は耐久性訓練を克服した。


『……おめでとう、リン!』


 ほっそりと白い掌が差し出された。長い指に形の良い桜貝のような爪、エマの右手だ。

 驚いて見上げた僕の目を真っ直ぐに覗き込んだ彼女は、再会した日と同じように屈託ない笑みを広げた。


『あ……ありがとう……』


 握り返す僕の方が、遥かに動揺していた。

 ノアが飛び立つまで、あと半年に迫った11月末。ミーティングルームに集められた僕らに、補欠要員2名を含めた8名の乗船予()()者が、長官より告げられた。

 仲間でありライバル――16名全員が、宇宙への強い想いを持って2年半の訓練に耐えてきた。

 喜びを顕にする者もいれば、落胆し涙している者もいる。僕は、信じられない気持ちで、しばしほうけていた。


『選ばれたんだから、もっと喜んでいいのよ?』


 エマは困ったように笑みを緩めた。よほど、僕が途方に暮れた、情けない顔をしていたのだろう。


『……うん。だけど』


『リン。私自身が携われないのは残念だけど、同情なんてよしてね。他の人も同じだと思う』


 戸惑いの本質を見透かされた気がした。僕の迷いは、落選したエマ達にすれば、驕りにも似た失礼な態度だったに違いない。


『もっと胸はって! でないと、私達の未来を託せないじゃない』


 握手を解除した彼女は、いつかのように僕の肩をバシバシと叩いた。強気に笑む彼女の目尻が滲んでいることに気付いたが、触れずに精一杯の笑顔で頷いた。


『ありがとう、エマ。行ってくるよ』


 そうすることしか、できなかった。


『ノアの見送りに来るわ。頑張ってね、リン』


 選ばれなかったエマ達は、その日の内に訓練施設を退所した。それぞれ、元所属していた研究機関や企業に帰っていった。


 「ノア計画」は地球規模の極秘プロジェクトなので、外部との連絡は完全管理の下、相手も回数も限られていた。

 地球を離れるまでの間、両親には何度か連絡したものの、エマに連絡することはなかった。声を聞きたくなることはあったが、何を話して良いのか分からなかったからだ。


 地球を離れる日、出航基地には乗員の近親者など、ごく一部の者だけが集まった。

 ノアの航行目的は、表向き「ケイロン」への物資輸送と発表されていたので、マスコミが詰めかけることはなく、世間からもほとんど注目されなかった。


 手を振る人々の中に、クリーム色の髪が見えた。遠目にも、エマが笑顔でいることが分かった。


 危機的な状態にあることを知らされたまま、地球に残されるのは――どんな心境なんだろう。


 出航の瞬間、漠然とそんなことを考えていた。


-*-*-*-


 宇宙船ノアは、太陽系を離れるのを待ってから、超光速の自動運転に入った。

 恒星系「ルシファー」までの行程は、予めプログラミングされている。もし航行途中で、予測外の彗星や小惑星に接近しても、自動回避システムが働いて、回避・軌道修正する。


 僕らは、出航後の2週間とルシファー到着直前の1ヶ月間しか活動しない。残り11年と10ヶ月半をコクーン内で、仮死に近い睡眠状態で過ごすのだ。

 医療マニュアルによると、最初の2週間は、宇宙空間に慣れるまでの期間であり、最後の1ヶ月は、覚醒後、正常な再活動リスタートのために必要な期間とされた。


『次に目覚めた時は、28歳かぁ』


 マキネン君が、入眠前最後のエナジーパックを吸いながら頭を掻いた。


 最後の晩餐は、一緒に摂ろう――。

 船長の提案により、僕らは食堂室に集い、円形テーブルを囲んだ。晩餐、というにはつまらない、いつものエナジーパックのはずだが、何だか特別な味がする気がした。


『お前はいいよ。俺なんて40歳だぞ』


 最年長のドクターが、顔をしかめる。


『ああ、もう。年齢の話題は止めて頂戴!』


 クロエさんが、一同に強い視線を送る。男性陣は気まずく苦笑いして、肩をすくめた。


『……12年後の姿も、君は美しいさ』


 スチュワート船長は、隣の優秀な副船長に温かな眼差しを向けて微笑んだ。


『女盛りを寝て過ごすのよ? 地球に戻ったら、すっかりオバサンだわ』


 それでも彼女は眉間の皺を深くすると、左手をヒラヒラと振って否定した。


『そう悲観することもないんじゃないか? 代謝が抑えられているから、年齢は重ねても身体は遥かに若いぞ』


『まぁ、そうね。気休めでも、ありがとう、ドクター』


 パックを飲み切った彼女は、アルカイックスマイルを返した。


『無事に目覚めたら、また乾杯といこう』


『このエナジーパックでな!』


 船長の締めの言葉を受けて、ラッセルさんは飲み干した空のパックを高く掲げてみせた。わざとおどけた様子に、皆笑い合った。

 迫りくる入眠の時を前に、誰もが胸中に広がる不安を感じていたに違いない。


『それじゃあ、ひと眠りしよう。皆、いい夢を!』


 スチュワート船長は、そんな雰囲気を掻き消すように、爽やかな白い歯を見せた。

 僕らは、それぞれの個室に消えた。医療マニュアルに従ってコクーンシステムを起動させ、航海予定通りの長い眠りに就いた。


-*-*-*-


 すっかり回想に浸ってしまった。


 時計を確認する。覚醒してから約2時間。やっと折り返し地点を過ぎた。残り1時間近く、こうして大人しくしていなければならないかと思うと、うんざりする。


 覚醒記録を覗いてみるが、僕以外のデータはまだ登録されていない。

 ほぼ同時にコクーンに入ったのに、覚醒のタイミングって、こんなにズレるものなんだろうか……?


 大きく息を吐くと、ゴロリとソファーの上で寝返りを打った。




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