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真相

 ランプの――淡い緑色の光は、思いがけない記憶を引き出した。


「……神様の、仕事」


 呟いて、操作テーブルから顔を上げる。


 ドクターが話していた通り、特殊培養された植物プランクトンの投下は、惑星調査の最終段階で行う予定になっている。所謂「惑星改造テラフォーミング」で、その成果も地球に報告するはずだった――。


 人類がその地に降り立つことは叶わずとも、ルシファーに地球の遺産を譲り渡すことは出来るかも知れない。

 ノアは、まだ可能性を積んでいる。僕が唯一、この世界に生かされたのは、果たすべき使命が残っているからではないのか。


 ノアの皆が抱いていた覚悟、ノアに託してくれた地球庁を始めとした人々の希望――そして、ノアの出航を見送ってくれた……エマの笑顔――。


「……行こう。ルシファーに」


 僕1人で、どこまで出来るか分からない。でも、全力で仕事ミッションを遂行するんだ。


 操縦席から立ち上がる。何も変わらないグレーのスクリーンを、決意を持って見上げた。


 その時――――。


『ムナカタ・リン・カイト少尉、最終試験終了デス』


 機械音が司令室の静寂を破り――プツンと暗転した。


-*-*-*-


 ――ザザー……ッ……ザザー……ッ……


 海鳴り、だろうか。音というより振動か――波間の小舟の如く、包み込まれたまま、潮の満ち引きに似たうねりが、身体全体を往復している。


「……少尉……宗像少尉」


 どこかで声がする。全身が気だるく、感覚がぼんやりと鈍い。四肢の重さは、まるで長時間泳いだあとみたいだ。


「宗像・リン・海渡少尉」


 はっきりフルネームを呼ばれ――あれ? 機械音じゃない。誰か――聞いたことのある声だ。


「……覚醒しているんじゃないのか」


「はい。脳波は正常なんですが」


 何の、話だろう――覚醒?


「起きたまえ! 宗像少尉!」


「――ぁ……は……いっ?」


 厳しく名を呼ばれ、弾みでパッと目が覚めた。眩しいという程ではないものの、突如飛び込んできた明るい光に目の奥がチカッと痛んだ。


「君は寝起きが悪いな、少尉」


「え――わ、長官っ?!」


 逆光で気付かなかったが、すぐ側の人影から声が降ってきた。


「どうして……生きて……」


 オフホワイトの制服の胸に、ずらりと武勲が並ぶ。僕を覗き込むために屈めていた長身は、ピシッと直立すると、顔の両側から垂れたグレーのストレートヘアをサラリと掻き上げた。普段は冷たい印象のアイスブルーの瞳が、可笑しそうに細められる。


「まだ混乱しているのかね? 最終試験は終了したぞ」


「最終試験……」


 ゆっくり瞬きすると――明るさに慣れたのか、周囲の様子が視界に入ってきた。

 ここは、ドクターのラボでも、ノアの個室でもない。ましてやノアの船内、司令室ブリッジでもない。

 壁一面に表示されたグラフは、脳波やバイタルサインやその他諸々のデータ。様々な計器が稼働し――白衣の分析官が、精神の最深部に……負荷をかけ――。


「……そうだ。僕は」


 ノア乗船員の最終選考試験を受けていた。今、腰掛けている革張りのチェアは、HVRハイ・バーチャル・リアリティーシステムのデバイスだ。

 HVRとは、被験者の脳に直接パルス信号を送ることにより、人工的にプログラミングされた仮想現実の世界に取り込むことができるシステムだ。仮想空間で実践的な訓練やシミュレーションを行うことが可能である一方、使い方を誤れば、被験者の精神を崩壊させかねない危険な側面がある。

 だからこそHVRシステムの使用は、開発されて以来、政府の厳重な管理の下、ごく一部の機関だけにしか許されていない。


 この施設で1年半の訓練を終えた僕達は、今朝最終試験の説明を受け、同意書に署名した。

 受験者はHVRによる仮想空間の中で、ノアでどんな不測の事態が起きても、仕事ミッションを遂行出来るかどうか、反応を観察されていたのだ。

 既にデバイスからの拘束を解かれている両掌を、ゆっくり握ったり開いたりを繰り返し、感覚を確かめる。


「……思い出したかね」


 正面に立つ長官を見上げて、頷いた。

 噂に違わず、HVRの現実感リアリティーは凄まじかった。今、この時が現実なのだと理解しつつも――正直なところ、まだ実感は薄い。


「はい……」


 それでも、皆が生きているんだとホッとした途端、ポロリと涙がこぼれ、慌てて拭った。


「宗像・リン・海渡」


「はい」


 立ち上がりかけたが、長官の掌に制された。


「中尉、おめでとう。最終試験は合格だ」


 彼は穏やかに告げると、僕の左胸に銀色のバッジを付ける。これは「中尉」の証、ノア乗船員に必要な最低限の階級だ。


「あ――ありがとうございます」


 一礼し、そのまま「少尉」を示す銅色のバッジの横に並んだ、真新しい色のバッジをジッと眺める。これがノアへの乗船チケットであり約束――僕は、狭き門を通過したのだ。


「ノア乗船員は、1時間後にミーティングルームに集合だ。遅れないように」


「はいっ」


 今度こそ、チェアから起立し敬礼した。長官は頷き踵を返すと、髪をなびかせながら退室した。


-*-*-*-


 15分ほどチェアで休んだ後、僕はミーティングルームに向かった。長官に言われた集合時間には、まだかなり早いが、ノアで誰が同僚になるのか――いや、白状するならば、エマが合格したのかどうか、気になって、落ち着いて休めそうになかったのだ。


 足音を弾ませないように気を付けながら、廊下を急ぐ。受験室からミーティングルームまでは、同じフロアの端から端、とはいえ高々5分もかからない距離だ。白い通路の突き当たりに、オレンジ色のドア。ドアの上には「ミーティングルーム」の表示。


「――失礼します」


 ノックに続いて、ドアを開ける。


「カイト!」


 部屋の中にいた全員が立ち上がり、僕に歩み寄って来た。先頭は、得意満面のスチュワートさん。


「言っただろう? 君とは宇宙そらを共にするって」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 スチュワートさんの胸には銅と銀のバッジに加えて金色のバッジ――「大尉」の印――も並んでいる。


 僕は最後の1人だったらしく、残りの合格者達にすっかり囲まれた。

 ラッセルさんに、ドクター、更にクロエさん――ここまでは、HVRで見たノアの乗船員と全く同じだ。

 あとはマキネン君が――。


「……ほら、待っていたんでしょう?」


 クロエさんの優しい声に促され、小さな人影が彼女の後ろから現れる。


「――リン、おめでとう」


 白いショートヘアを揺らしてはにかんだのは、エマだった。


「ありがとう、エマも」


 HVRで見た合格発表時の記憶――恐らく、研究者に捏造つくられた記憶だろうが――とは異なり、僕から右手を差し出した。彼女は少し驚いたように見詰めてから、白く細い掌を伸ばし、そっと握り返してくれた。


「時間前だが――皆、揃っているようだな」


 予期せずドアが開いて、長官が現れた。彼は普段通りの冷徹な眼差しで、合格者一同を見渡した。その視線だけで僕達は畏まり、自主的に席に着く。


「本日、諸君は正式にノアの乗船員に決定した。まずは、おめでとう」


「ありがとうございます」


 無表情のまま1つ頷き、長官は僕達の謝意を受け止めた。


「追って、補欠の2名を決定するが、私は諸君6名がベストメンバーと信じている。期待を裏切らないでくれたまえ」


 初めてここでノア計画を明かした、あの日と同じように、1人ひとりの顔に瞳を向けながら言葉を続ける。その内容が持つ意味や重さには全く頓着せず、淡々と。


「諸君には、出航までの残り半年間、ルシファー到着後の具体的な活動を始め、ノアでの各種トラブルシューティングを学んで貰う」


 十中八九、船長に就任するスチュワートさんはともかく、他の乗員は操縦士だったり機関士だったり、専門分野に特化して訓練を受けてきた。その専門性を超えて、全員が同じ内容を学ぶ。このことが意味するところは、たとえ誰が欠けようとも、仕事ミッション遂行に支障をきたさないようにするためだ。


「基礎的な構造の部分から、実践的な――深刻な事態を想定したものまで、あらゆるスキルを会得することになる」


 真剣に聞き入る沈黙の中に、不安の気配が混じるのは――最終試験の影響だろうか。


「コクーンシステムについても、しっかり学んで貰う。勿論、最終試験で体験したような暴走は起こり得ないから、安心したまえ」


 僕達の不安を見透かしたように、長官は皮肉めいた感情らしきものを、口の端に乗せた。


 全体的な説明の後、僕達は個別に、これから半年間で学ぶ科目や訓練のスケジュールが収められたタブレットを渡され、解散になった。夕食までの2時間くらい――珍しく自由時間が与えられた。


「……じゃあ、頑張るのよ、ヒロミ」


 合格者達がぞろぞろと退室する中、ドアの前でクロエさんがエマをハグしていた。赤くなったエマがコクンと頷くと、鮮やかな笑顔を――何故か僕に向けて、ドアの向こうに消えた。


「リン」


「え――あ、うん?」


 クロエさんの不可解な笑顔に気を取られていた僕は、ぎこちなく呼んだエマの声にぼんやりとしたまま返事していた。


「ねぇ。この後……ちょっと、いい?」


 薄い紫の瞳が、真剣に見上げていた。胸の中の器官が、トクンと動揺のスイッチを入れた。

 そのスイッチは、動揺の発動と一緒に、もう1つのスイッチも連動させた。2つ目のスイッチの名前は――「勇気」という。


「もちろん。僕も、エマに話があるんだ」


 大きな瞳が小さく揺れ、すぐに首肯した。多分、僕と同じスイッチが入ったに違いない。


 彼女の提案で、僕達は施設内にある中庭に向かった。




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