睦月二十九日
庭に並ぶ なんと奇妙な ツーショット
照れる梅やと 目なし雪達磨
だれですか。私の家の庭に、雪達磨など作って行って……。
そのようなことをする人は、一人しか思い当たりませんが。
庭で遊んでいくのなら、せめて一言、私に何かを言って下さらなければ困ります。
梅の花を見にいらっしゃいと、手紙に書きましたけれど、それは会いたいという意味ですのに、気付いているはずですのに。
私に会わずに、梅の花にだけ会って去ってしまうだなんて、意地の悪い方です。
雪達磨を作って行ったのは、庭に訪れたことを私に伝えるためでしょうか?
そんな面倒なことをしてまで、私を避ける必要があるとでもいうのでしょうか?
気に入りませんから、雪達磨を壊しに行ってやるとしましょうかね。
「……汚いなぁ……」
家の中から見ていても、不細工な雪達磨だとは思っておりましたが、目の前で見るとますます不細工ですね。
いつも私に文句を言いますけれど、あの人だって相当な不器用です。センスだって、私のことを言えないくらいに、皆無とだって言えるレベルだと思います。
更に不気味さを増しているのは、この顔でしょうね。
上に行くにつれて小さくならなければいけないのに、たまに大きくなるという不思議構造も気になります。どうして雪達磨なのに、二段で済ませなかったのかも気になります。
しかし何よりも気になるのは、どうして目が外れているかということです。
口らしきものは残っているのですから、一番上のものに、顔を付けようと思ったのは確かなことなのでしょう。
そして指で線を引いた程度のものではありますが、眉らしきものまであるのです。
それなのに目がないというのは、あまりに不自然なことでしょう。
そう思いますと、雪達磨の足元に二つの石が落ちているのですね。一度は目を付けようとして、どうしてか外していってしまったのでしょうか。
外したわけでなく、外れてしまったのでしょうか。
どちらにしても、不細工で不気味な雪達磨です。
次に会ったなら、今度はこちらが、センスのない奴だと笑ってやりましょうか。
そのためにも、雪達磨が溶けてなくなってしまう前に、私のところを訪れてもらわなければ困りますね。
にしても、なんともシュールな光景ですね。
うちの可愛らしい梅が、恥ずかしそうに照れているというのに、その前で不細工な雪達磨が堂々としているのです。お前こそ、照れるべきだと思いますのに、よくもまあ堂々と梅の花の前にいられるものですね。
これはこれで面白いので構いませんが。
どうして苦手なのをわかっていましょうに、こういうことをするのでしょうね。
私だって苦手な絵を描いて送っているのですから、同じことかもしれませんが。
結局、私たちは似たもの同士なのですよ。傍にいるせいで、似てしまったのかもしれませんね。
そう考えると、私は彼に会うまで、センスが良かったのかもしれません! なんて。
一人でこんなことを思っていても、何も面白くない。
口に出してみても、全く面白くない、楽しくない。
やっぱり私には貴方が必要なのです。貴方がいてくれないと、つまらないのです。だから意地悪ばかりしていないで、私に会いに来て下さいよ。梅の花が散る前に。雪達磨が溶ける前に。
おかしな光景ではありますが、貴方の隣でなければ、笑うこともできませんよ。
たくさんお話したいことはあるのです。貴方だって、私のことが嫌いなわけではないでしょうに。
だからこそ、私には会って下さらなかったにしろ、私の家に、私の庭に来て下さったのでしょう?
「待っていますよ」
呟くと、不細工な雪達磨を作り、首を傾げる貴方の姿が思い浮かぶようで、私は庭をあとにしました。
待ってはいますけれど、待ち焦がれているわけではないのです。
一人は寂しいものですが、私ばかりが貴方に会いたいと思っているようでは、私が貴方を求めているようで嫌ですから。そもそも、こちらばかりが寂しいというのは、不平等な気がします。
これも私が選んだ道ですから、貴方に文句を言うのは筋違いというものでしょうが。
八つ当たりくらい、させて下さいよ……。




