睦月二十七日
春に咲く 花の数々 とは違う
引っ込み思案の 可愛いピンク
春になれば、ここはたっくさんのお花が咲くの。
こう見えてもね、あの木々はみんな綺麗なお花を咲かせるし、足元の草だって、綺麗なお花を咲かせるのよ。とても大きなお花畑なんだから。
本当に綺麗なのよ。だからあたし、春が大好き。
冬はなんだか、寒々としていて嫌よ。
綺麗な場所のはずなのに、ほら見てよ、お花なんてちっとも咲いていやしないわ。
つまんないの。
蝶々だっていないし、動物だってみんな寝ちゃって、つまんないったらつまんない。
冬なんて早く終わって、春が来てくれれば良いのに。
みんなきっとそう思っているわ。
だれも春の方が好きなはずなのに、どうして冬なんてあるのかしら。
必要ないじゃない。冬なんて、なくなってしまえば良いのに。
むしろ、春だけで良いじゃない。
花が咲いて、みんな笑顔で、素敵な春だけで。
夏は暑いけれど、楽しいことがいっぱいあるわ。だからまだ許せるの。けれど秋はなんだか寂しくなってきて嫌だし、冬なんて絶対にいらないわ。
いらないなら、なくしてしまえば良い。
さっすがあたし、良いアイディアよね。
だれに言ったら冬はなくしてもらえるのかしらん。
そんな風に思いながら、これから訪れる春を想ってスキップしていたところ、あたしは素敵なお花が咲いているのを見つけたの。
まだ少し早い気がするんだけれど、せっかちなお花なのかしら。
「綺麗な花でしょう? こちらへいらっしゃい。そうしたら、もっとよく見えますから」
あたしがそのお花を見ようとしていると、若い男の人がそう言ってくれた。
たぶん、この家の人なのだろう。
「まだ春までにいくらかあるのに、どうしてこんなに早くお花が咲いているの? 他のお花はまだ眠ったままよ」
男の人に案内してもらって、お花が咲く木の、すぐ傍にまで連れて行ってもらった。
あたしの隣でその人もお花を見ているんだけれど、なんだか詳しそうだから、あたしはそう訊いてみた。
そりゃあたしだってお花はよく見ているし、詳しいつもりだったんだけど、こんなせっかちさんは知らない。
お花畑の近くの、あの木々の中には、一つも花を咲かせているものなんてなかったもの。
それどころか、蕾だってどこにもなかったはずだわ。
「春に咲く花ばかりが全てではないのですよ。寒い冬の中に花を咲かせる花は、美しさだけでなくて、逞しさや気高さも持って咲いているのです」
「逞しさや、気高さ……?」
その人が言っていることは、よくわからないことだった。
けどもあたしは、このお花はせっかちなわけじゃないって思った。なんだか意味を持って、春になる前に花を咲かせているのね。
慎ましやかで気品があって、咲き乱れる春の花々とは、……全然違う。
なんて立派なお花なんだろう。
「冬も、悪くないわね」
あたし、知らなかった。冬にこんなきれいなお花が咲いているだなんて、知らなったの。
知りもしないで、必要ないだなんて言って、冬には悪いことをしてしまったかしら。
「そう思って頂けたなら嬉しゅうございます。私も寒さは好みませんが、それぞれの魅力たるものを理解して頂きたく思っておりますし、娘のように愛しく思っている、この花がそれに貢献できたのならとても嬉しいです」
隣で微笑んでいる彼が、なんだか冬の精霊なんじゃないかって思えたわ。
それくらいに嬉しそうにしていたんだもの。
見た目だって、男の人にしては肌も白いし、若いのに髪だって真っ白だわ。
「そう言う私自身も、ついこの間までは、冬などなくても構わないと思っていたところもありましたがね。花の咲くのを見てしまうと、そうは思えませんよね」
ええ、そうね。そんな顔をされてしまったら、冬なんていらないとは、言えないじゃないの。
あたし、冬が好きなくらいだわ。
お花畑も悪くないけど、たった数輪の花も魅力的なものね。
ちょっとばかし他のお花と季節が違くたって、堂々としていて、だけどもなんだか謙虚で引っ込み思案な可愛いお花。
なんて綺麗なピンク色なのかしら。
「冬の寂しさやら寒さやらに、めげそうになったら、いつでもいらっしゃいよ。私は何もできませんが、この花はきっと、力を与えてくれることでしょうね」
「うん、ありがと」
春が待ち切れなくなる、嫌いな季節も、大好きな季節になってしまったわ。
だって素敵なお花が咲くんだもの。だってあたしの王子様に会えるんだもの。




