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365個の物語  作者: ひなた
睦月 寒さを楽しむ余裕
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睦月二十七日

  春に咲く 花の数々 とは違う

     引っ込み思案の 可愛いピンク


 春になれば、ここはたっくさんのお花が咲くの。

 こう見えてもね、あの木々はみんな綺麗なお花を咲かせるし、足元の草だって、綺麗なお花を咲かせるのよ。とても大きなお花畑なんだから。

 本当に綺麗なのよ。だからあたし、春が大好き。

 冬はなんだか、寒々としていて嫌よ。

 綺麗な場所のはずなのに、ほら見てよ、お花なんてちっとも咲いていやしないわ。

 つまんないの。

 蝶々だっていないし、動物だってみんな寝ちゃって、つまんないったらつまんない。

 冬なんて早く終わって、春が来てくれれば良いのに。

 みんなきっとそう思っているわ。

 だれも春の方が好きなはずなのに、どうして冬なんてあるのかしら。

 必要ないじゃない。冬なんて、なくなってしまえば良いのに。

 むしろ、春だけで良いじゃない。

 花が咲いて、みんな笑顔で、素敵な春だけで。

 夏は暑いけれど、楽しいことがいっぱいあるわ。だからまだ許せるの。けれど秋はなんだか寂しくなってきて嫌だし、冬なんて絶対にいらないわ。

 いらないなら、なくしてしまえば良い。

 さっすがあたし、良いアイディアよね。

 だれに言ったら冬はなくしてもらえるのかしらん。

 そんな風に思いながら、これから訪れる春を想ってスキップしていたところ、あたしは素敵なお花が咲いているのを見つけたの。

 まだ少し早い気がするんだけれど、せっかちなお花なのかしら。

「綺麗な花でしょう? こちらへいらっしゃい。そうしたら、もっとよく見えますから」

 あたしがそのお花を見ようとしていると、若い男の人がそう言ってくれた。

 たぶん、この家の人なのだろう。

「まだ春までにいくらかあるのに、どうしてこんなに早くお花が咲いているの? 他のお花はまだ眠ったままよ」

 男の人に案内してもらって、お花が咲く木の、すぐ傍にまで連れて行ってもらった。

 あたしの隣でその人もお花を見ているんだけれど、なんだか詳しそうだから、あたしはそう訊いてみた。

 そりゃあたしだってお花はよく見ているし、詳しいつもりだったんだけど、こんなせっかちさんは知らない。

 お花畑の近くの、あの木々の中には、一つも花を咲かせているものなんてなかったもの。

 それどころか、蕾だってどこにもなかったはずだわ。

「春に咲く花ばかりが全てではないのですよ。寒い冬の中に花を咲かせる花は、美しさだけでなくて、逞しさや気高さも持って咲いているのです」

「逞しさや、気高さ……?」

 その人が言っていることは、よくわからないことだった。

 けどもあたしは、このお花はせっかちなわけじゃないって思った。なんだか意味を持って、春になる前に花を咲かせているのね。

 慎ましやかで気品があって、咲き乱れる春の花々とは、……全然違う。

 なんて立派なお花なんだろう。

「冬も、悪くないわね」

 あたし、知らなかった。冬にこんなきれいなお花が咲いているだなんて、知らなったの。

 知りもしないで、必要ないだなんて言って、冬には悪いことをしてしまったかしら。

「そう思って頂けたなら嬉しゅうございます。私も寒さは好みませんが、それぞれの魅力たるものを理解して頂きたく思っておりますし、娘のように愛しく思っている、この花がそれに貢献できたのならとても嬉しいです」

 隣で微笑んでいる彼が、なんだか冬の精霊なんじゃないかって思えたわ。

 それくらいに嬉しそうにしていたんだもの。

 見た目だって、男の人にしては肌も白いし、若いのに髪だって真っ白だわ。

「そう言う私自身も、ついこの間までは、冬などなくても構わないと思っていたところもありましたがね。花の咲くのを見てしまうと、そうは思えませんよね」

 ええ、そうね。そんな顔をされてしまったら、冬なんていらないとは、言えないじゃないの。

 あたし、冬が好きなくらいだわ。

 お花畑も悪くないけど、たった数輪の花も魅力的なものね。

 ちょっとばかし他のお花と季節が違くたって、堂々としていて、だけどもなんだか謙虚で引っ込み思案な可愛いお花。

 なんて綺麗なピンク色なのかしら。

「冬の寂しさやら寒さやらに、めげそうになったら、いつでもいらっしゃいよ。私は何もできませんが、この花はきっと、力を与えてくれることでしょうね」

「うん、ありがと」

 春が待ち切れなくなる、嫌いな季節も、大好きな季節になってしまったわ。

 だって素敵なお花が咲くんだもの。だってあたしの王子様に会えるんだもの。

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