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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
14/100

014:金髪

 黒い長袖シャツに黒い手袋、黒い長ズボンに黒い靴下に黒い靴。顔には墨を塗り、黒いサングラスをかけ、白い歯が見えないように黒いマスクをつける。もちろん髪も黒。

 と言いたいが、一同のなかに一人だけ金髪がいる。金髪というよりパツキンと言いたくなるようなチャラチャラしたその頭は、うちのバカ息子のものだ。黒く染めなおせと何度も何度も言っているのだが、頑として聞き入れない。それどころか、世の中がこんなことになってからかれこれ半年はたつというのに、いっこうに元の黒い髪に戻る気配がない。ときどきこっそり染めなおしているらしい。

 私の視線に気づいた息子は、すまし顔で黒のニット帽のなかに金髪を押し込んだ。これでいちおう全員真っ黒になった。部屋の中には仏壇用の細いろうそくが一本ともしてあるだけで、黒々とした人の群れはその揺れる光のなかではひどく怪物めいて見える。

 リーダーである町内会長が、われわれを見回して言う。

 「全員準備はいいな。二人ずつ組になって町内を捜索し、目標を見つけたらすみやかに保護。また、見つけしだい呼子を吹いて知らせるように。なにか質問は?」

 その声音はいつもどおり落ち着いているようだが、墨を塗った禿げ頭を汗のしずくが流れ落ちるのが一瞬見えた。内心落ち着いてはいられまい。捜索対象の一人は自分の娘なのだから。会長はつぎに留守番組をまとめる奥さんに目をやって「あとを頼む」と言い、奥さんは無言でうなずいた。

 「よし、では出発!」

 扉が開け放たれ、耿々たる月の光の下にわれわれは歩み出た。


 なんでも、子供たちが何かつまらないことでけんかをして、負けた一人が泣きながら表に駆けだして行ってしまったのだという。以前の世の中であっても子供一人で夜中に表を出歩くなどあってはならないことだったが、いまでは危険どころの話ではない。たまたまその場に居合わせた町内会長の娘さんが連れ戻すためにいちはやく追いかけてゆき、残った子供たちがわれわれ大人のところに注進にきて、あわただしく捜索隊が組まれたというしだいだ。

 私は息子と二人で通りを歩いて行った。なかば廃墟と化した街並みは、街灯や家々の明かりはおろか信号機さえともっていないが、折よく満月で、歩くのに不自由はなかった。

 「いや、満月がかえってわざわいしたのか」

 私のつぶやきを、黒く塗った警棒を振り振り歩いていた息子が聞きとがめた。

 「何の話だい、親父」

 「ああ、いっそ闇夜で外が真っ暗だったら、表に出て行った子も怖くなってすぐ戻ってきたんじゃないかと思ってな」

 「そうかもしれないな。それに闇夜ならあの魚どもも出ないもんな」

 それは半年ほどまえに突然大挙して現れた。便宜上サカナと呼んでいるが、いわゆる魚類ではない。それどころか生物であるのかどうか、物質であるのかどうかすらはっきりしなかった。空中にひとすじの影がひるがえるその見た目が魚影に似ているのでそう呼んでいるにすぎない。

 何の前触れもなくちらちらと空気が細く揺れて、その向こうの景色がかげろうのようにゆがんで見えたら、そこに魚がいるということだ。動きはすばやいが、目で追えないほどではない。ただ、ぶつかるとその衝撃は相当なもので、鉄パイプを曲げ、コンクリートにひびを入れるほどである。そして悪いことに、性質はかなり攻撃的ときている。

 魚がどこから来るのかはわかっていないが、その行動にははっきりした傾向があった。やつらは明るいところを好み、暗いところにはあまり現れない。そして白っぽいものや光るもの、光沢のあるものに体当たりする。それゆえわれわれは、数すくない無事な建物を黒く塗ってみんなで閉じこもり、食糧の確保そのほかの用事で外に出るときには黒づくめの格好をする、という暮らしを余儀なくされている。文明はすでにずたずただった。

 私は口をひらいた。いまのところあたりには魚の影はない。

 「なあ、ずっと聞こうと思ってたんだが」

 「なんだよ」

 息子は生意気な口ぶりで答えた。私は言葉をさがす。

 「なんでおまえは金髪にこだわるんだ。こんな世の中になって、もうロックバンドだってやれないのに」

 「わかってないなあ、親父。世の中がどうなろうが、コンサートホールとかライブハウスが全滅しようが、おれの中のロックは死んじゃいないんだ」

 「それはよくわからんが、すくなくとも髪の色なんかより命のほうが大事だろう」

 息子は言葉では答えず、やれやれとでも言いたげに肩をすくめて両手を広げてみせた。こちらはまじめに話しているのにこの態度。少々腹に据えかねて怒鳴りつけてやろうと思ったが、息子が急に「シッ!」とささやいたので声をのみこんだ。さっきまでとは打って変わって真剣な口ぶりで息子は言う。

 「子供の泣き声だ……こっちだ!」

 走り出した息子をあわてて追いかける。ほどなく私の耳にもその泣き声が聞こえてきた。ただただうるさいだけの音楽をやっていたくせに、息子のやつめ、耳はいいらしい。

 声の出どころは路地の奥のくずれかけたブロック塀の根もとだった。息子と私はそこに、比較的大きな人影が小さな人影をかかえこんでうずくまっているのを見た。そしてそのまわりの空気が断続的にちらついているのも。魚が集まってきている!

 「親父は二人を連れて逃げてくれ! 魚はおれが引き受ける!」

 息子が私にむかって叫び、いきなり黒いニット帽をぬぎすてて全速力であさっての方向へ走りだした。軽薄な金髪が月光を浴びてまばゆく光り輝いた。うずくまる二人のまわりから魚どもが離れ、いっさんに息子の金髪を追って飛び去った。またあのバカは勝手なことを! 私は胸のなかで毒づきながら、まずは呼子を取り出して強く吹いた。

 町内会長の娘さんは今年高校に入ったばかりで、どこぞのバカ息子と同学年なのだが、たいそう落ち着いていた。膝丈のスカートのままで飛び出してきたせいでむき出しのすねに魚どもの攻撃を受けて、どうやら骨折しているようだったが、取り乱すことはなかった。子供のほうは無傷だった。

 呼子の音を聞いて町内各所から集まってきた捜索隊の面々は、担架を用意して娘さんと子供を連れ帰った。それと前後して、なにごともなかったかのようにバカ息子も帰ってきた。

 「ただいまー。あーつかれた」

 そののんきな言いぐさに私は目まいを起こしかけた。なんとか踏みとどまり、息子の胸ぐらをつかんでどなる。

 「ただいまじゃない! あんな無茶をして、頭に魚が当たったらまちがいなく死んでいたぞ!」

 「だって、魚を引きはなさなきゃならなかっただろ。それに……」

 息子がそこでろくでもない笑みをうかべたので、私はゲンコツを固めた。

 「おれは武道館を再建してライブをやるまでは死なないって決まってる男だからな!」

 金髪のてっぺんにゲンコツをくれてやった。


 今回イメージした曲は『デビルサマナー ソウルハッカーズ』(アトラス、1997年)から、

 「通常戦闘」(目黒将司作曲)です。


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