第9話
前日の夜。大志は用意された自分の部屋のテーブルの椅子に腰掛け、寝る時間を削ってネットを閲覧していた。藤堂麗華の父親が社長をしている会社の経営状態を調べていたのである。公式のサイトに公表されていた決算報告書を見た大志は眉をしかめた。室蘭一の企業と呼ばれているが、この三年間は赤字に転落していたのである。
それを知った大志は、藤堂のアキレス腱を見つけたことを喜びつつも、気持ちを緩めず藤堂と接することを心がけることにしたのであった。
朝食を済ませると、さっそく大志がごちそうさまと言って出かける準備のために席を立った。
「お姉ちゃん、今日の夕食はどうするの」
「それまでには帰ってくるわよ」
「そっか、じゃあご飯お姉ちゃん達の分も用意しておくね」
「ありがとう、許斐」
美咲は許斐の頭を軽く撫で、ごちそうさまと言った後に自分も席を立った。
美咲たちが向かうショッピングモールには食料品は勿論、洋服屋や家電量販店も入っている。室蘭市民にとっては貴重な買い物の場となっている。ただし美咲の家からはバスで一時間半かかる。普段は猛と美咲が車で食料品を買い込みに行く場所であるが、フードコートや映画館も入っており、娯楽施設としても機能している。
大志と美咲は猛達に見送られ、牧場を出るとバス停に立ち止まった。
時計の針は八時半を指している。
直ぐにバスが来ればオープン時間である十時丁度に着くのだが、次のバスは九時に来る。この三十分間の空白は美咲と大志のアノマロカリスに関する軽い会話のやり取りで埋められた。
「アノマロカリスといえば、古代カンブリア紀に生息していたラディオドンタ類の一種だな。」
「知ってるの? 大志??」
「ああ。俺も子供頃は夢中になったものだが、最近の研究だとあまり強くなかったとか、色々言われているな」
大志は美咲よりもずっと古生物に詳しかった。そして今は恐鳥類に嵌っているという。
「なんでキルトなんて訳の解らないもの身につけているの?」
「俺の好きなドラマ、24の主人公を演じていた俳優が着ていたからさ。俺の夢はジャックバウワーみたいな人間になることだからな」
「はぁ、さようでございますか・・・」
「そういうお前こそ、何で男装なんてしてるんだ?」
「それは、その・・・」
あなたが男装が似合いじゃないか、と言ったからですとは伝えられず、美咲はつい口ごもってしまった。
「しかもアルマロカリスのイヤリングとは、いい趣味してるな。自作か?」
「まあね。私、手先が器用な方だから」
二人はたわいも無い話に終始し、大志は藤堂の悪口になるとより饒舌になった。
一方でどさんこイケメン女子高生を決めるコンテストの話題は出なかった。
美咲は話題にしたかったが、大志はあえてその話題を避けているそぶりを見せていたので、彼女は口に出さなかった。
男性らしいカツラを身につけ、可愛らしい女の子姿の美咲と、キルトを着込む奇妙な二人の買い物が始まろうとしていた。
そしてバスが来て、二人は乗車した。
「一体今日は何を買うつもりなの」
「ゲーム機が壊れたから、それを買う」
「それだけ?」
「他には洋服も夏物が無いから買い揃えようと思っているんだ」
「それじゃ私も同じだわ。私もお洒落な服が無いから買ってみようと思ってるの」
「良い服が見つかるといいな」
「うん」
美咲はうなづき、大志を見つめたが、すぐに視線を正面に向けた。
いつものように乗車した時には誰もいないバスの中、美咲達は最後尾に陣取っていた。
美咲たちが向かったショッピングモールは室蘭市民の貴重な遊び場でもある。子供連れ家族のための遊技場もあり、一日をショッピングモールで過ごす人たちも多い。
さっそく大志はショッピングモール内の家電量販店に出向き、目的の携帯ゲーム機を購入し、ご満悦だった。その後、大志は美咲の洋服の買い物に付き合って、自分も夏物の洋服を数着購入した。
「ねえ、大志、どっちがいいと思う」
赤いワンピースと青い水玉のワンピースを見せて、美咲は大志に結論を委ねた。
「水玉の方がいいんじゃないか」
「ホント、じゃあこっちにするね」
大志の言うとおりに、美咲は水玉のワンピースを購入した。
その後二人はフードコートでクレープを食べることにした。美咲はチョコバナナを、大志も同じ物を頼んだ。
「ここのクレープ、凄い美味しいんだよ」
「ああ、本当だ、美味い」
「でしょ」
美咲は大志の反応に笑顔を見せる。
「ところで、ショッピングモールも満喫したし、もう一つ行きたいところあるんだけど、付き合ってくれない?」
「いいわよ、どこ」
「地球岬っ」
大志の言葉に、美咲はクレープを喉に詰まらせそうになった。
「地球岬ですって」
「そう、一度行ってみたかったんだよね」
「ここからだとバスでも二時間はかかるよ」
「そんなに遠いのか」
「遠いよ」
「北海道は広いな」
やけに能天気な大志に、美咲はふくれっ面を見せ付ける。
「そんなに今日行きたいの」
「ああ、今日行きたいんだ」
「しょうがないな。じゃあクレープ食べたらすぐに向かおう」
「おう」
ショッピングモールを後にした美咲達は地球岬へと行くバス停に向かうバスに乗り込んだ。
「このバスは地球岬までは行かないの。でも代わりに地球岬へ向かうバス停まで運んでくれるのよ」
「へえ、意外と複雑なんだな」
「観光名所だからね。私は二回ぐらいしか行ったことないけど」
「地元民の割には行かないんだな」
「そんなにしょっちゅういくとこじゃないもの。一度母さんがいたときに初日の出を家族で観に行ったぐらいかな」
さりげなく口に出した母親の存在に、大志は敏感に反応した。
「美咲のお母さんの話、聞いてもいいか」
大志の問いかけに美咲は一瞬葛藤したが、了承した。
「いいわよ、何が聞きたいの」
「どうして離婚したんだ」
「母さんが従業員と不倫して駆け落ちしたの。それから離婚届を送りつけてきて、父さんが書いて受理されたの。」
「それいつの話」
「私が中学二年生のとき」
「今は母さんと連絡とって無いのか」
「たまにスマホに電話かかってくるけど、無視してる」
「お前、お母さんのこと、恨んでるのか」
「当たり前でしょ、最低の女よ。私はあの人のこと、お母さんだと思わないことにしてる」
「そうか、美咲も色々あるんだな」
大志は納得したようにうなづいた。
美咲は大志に母親の事をまた聞くべきか迷った。そういえば大志の口から母親のことが出てきたのは、以前の夕食のときにちょっとだけ。死別してることは知ってるけど、どんな人だったのか気になる。
聞くべきか?
いや、止めておこう。
それから二人は乗り換えたバス内で他愛のない会話をしながら過ごし、地球岬に到着した。
地球岬は室蘭市民にとっては自慢の場所である。毎年多くの観光客が訪れる。美咲の名前はこの地球岬の岬から取られたのである。地球岬のように身も心も美しい女性になって欲しいという猛の願いが、美咲という名前には込められていた。
この日も観光客用のバスが沢山止まっており、大志を驚かせた。
「おお、賑わってるな」
「早く行こう」
「おう」
大志と美咲は展望台へと向かった。今日の天気は快晴で、霧もなく、太平洋を見渡すことが出来た。
「うわあ、綺麗だなあ」
大志は幽玄さを感じさせるその美しい風景に素直に感動しているようだった。美咲にとっては見慣れた景色だが、いつ見ても良い物だと改めて地球岬を再評価した。
「そういえば」
「何」
「美咲、俺の母ちゃんのこと、気にならないの?」
大志の唐突な発言に美咲は戸惑いを覚えたが、素直に「気になるけど」と呟いた。
「お前に似てるんだ、俺の母ちゃん」
「え、どういうこと」
「俺の母ちゃんもポニーテールが似合う人だったんだ。だから、俺は美咲をポニーテールにしてみたんだよ。そうしたら、お前は俺に母ちゃんを思い出させてくれた」
「つまり大志にとって私は母の面影を思い出させる女ってこと?」
「それだけじゃない。俺、お前のこと、本当に心の綺麗な、いい奴だと思ってる」
大志は美咲の方を向かず、海を見ながらそう言った。
心の綺麗ないい奴。
それは、ひょっとして告白?
考えすぎかしら。
そうよ、考えすぎよ、指野美咲。
美咲の心拍数が少しだけ上がった。
「美咲、北海道一の女子高生になれよ」
「え」
「大丈夫。お前なら、きっと成れる」
「うん、私、優勝を目指す」
大志が少しはにかみながら拳を突き出してきた。美咲もはにかみながら大志の拳に拳を合わせた。それは二人の約束の誓いのような儀式だった。
数日後の朝、校庭で、美咲はみかん箱の上に乗せられ、どさんこイケメン女子高生と書かれたタスキをかけさせられていた。
近くでは葛木達映画研究会の面々が指野の姿を撮影している。
「皆さん、皆さん、どさんこイケメン女子高生を目指す指野美咲が最後のお願いにやってまいりました。ポニーテールが可愛い指野美咲、小顔でナチュラルメイクが似合う指野美咲、実はモデル体型の指野美咲。身長167センチ、体重は秘密。好物はカレーラーメン、謎のアノマロカリス信仰を持つ、そんな指野美咲が皆さんに最後のお願いです」
狩川は拡声器を使って登校中の生徒達にそう強く呼びかけた。彼女は新聞部のメンバーを借り出して、ハンプレット配りまで手伝わせた。
なんとしても藤堂の横暴を阻止したい。そのためには投票率を上げて浮動票にかけるしかない。
狩川の苦肉の策であった。
一方の美咲はというと、あまりの恥ずかしさに悶絶していた。
「ねえ、亜美奈。もうこんなことやめようよ、私、恥ずかしい」
「何言ってるの、今この瞬間が大事なんだよ。一番になりたくないの?」
「そりゃなりたいけど」
「なら決まり」
狩川は再び拡声器を持って指野の応援演説をした。新聞部では号外を出して指野美咲を大々的に宣伝した。
その様子を教室の窓から見ていた藤堂は悪意に満ちた笑みを浮かべていた。
「悪いけど、貴方達の努力は無駄よ。結果はもう決まってるんだから」
そう呟いて、藤堂は軽く笑った。そして後ろに居る数名の藤堂派の女生徒の方を向き、
「貴方達、分かってるわよね」
「はい」
「もちろんです」
「じゃあ行きなさい」
藤堂は女生徒達を上級生の教室に送り出した。
三年生にまで自分の権力を浸透させるのは難しい。
だが、投票をお願いすることは出来る。それも投票したら特典がつく形で。
そして運命の投票日を迎えた。投票は午前中から行われ、狩川の予想よりも多くの生徒達が投票にやってきた。美咲は緊張しつつ、自分の教室の机に座り、天を仰いだ。
「心配すんな、やるべきことはやったんだ。あとは結果を信じて待とうぜ」
今井の言葉に励まされ、美咲はうなづき、
「ありがとう、大志」
と謝辞を述べた。
だが出口調査をしていた狩川の表情は時間が経過する毎に曇っていった。圧倒的多くの生徒が藤堂と三枝に投票したと答えたのである。それは狩川の予想を遥かに超える数で、彼女の心は激しく乱脈した。もしこれが事実なら、指野美咲と井上小鈴は二人とも落選することになる。
「信じられないよ、どうなってるの~」
出口調査をしていた狩川は悲痛な叫び声を上げた。
そして投票時間が終わり、即日の投開票となったが、出口調査の結果から全応募者五名のうち指野美咲は四位が確実という結果が出た。
北海道選抜に行けるのは上位二名。
このままでは美咲と井上が落ちてしまう。しかしここまで来たら狩川にもどうすることも出来ない。あとは自分の出口調査が間違いであることを期待するのみであった。
そして午後、どさんこイケメン女子高生コンテスト、校内選抜の投票の結果が出た。
一位は藤堂麗華、そして二位は三枝、藤堂一派のワンツーフィニッシュとなった。
狩川は結果に愕然とし、頭を垂れた。新聞部内で結果を聞いた美咲は涙を流さず、自分のために頑張ってくれた新聞部の人たちの労を労った。
「皆さん、本当にありがとう。結果は残念だったけど、受け入れます」
美咲の気丈な態度に、新聞部の面々の心は打たれた。
美咲達が励ましあっている頃、藤堂は高笑いしていた。
藤堂が一位になったのは彼女の政治力と金の力によるものである。
藤堂は上級生達に藤堂麗華に投票したら五千円渡すと持ちかけたのだった。
その事実を投開票が終わった後に知った狩川は激怒し、この事実を新聞部の記事にすることを決めた。
藤堂麗華の黒い疑惑。
金で買われた、どさんこイケメン女子高生コンテスト選抜。
狩川の頭の中では既に記事が出来上がっていた。その後、彼女は美咲がいる新聞部に向かい、室内にいた美咲に自らの力不足をわびた。
「いいのよ、亜美奈。謝らないで、あなたのおかげで結構楽しかったし。結果は残念だけど受け入れるわ」
指野美咲は本当は泣きたかった。
でも泣かなかった。
あくまでも強気に振舞うことこそ美徳であると彼女は考えていたからである。
しかし、ここで狩川は思いがけない提案をしてきた。
「美咲ち、諦めないで。まだプランBがある」
プランB。
以前から度々狩川が口にしていた言葉である。新聞部内にいた大志は、狩川に尋ねた。
「そのプランBってのは、一体なんなんだ」
今井の問いかけに、狩川は目を見開き、
「プランB、それはプリクラ選抜」
「プリクラ選抜?」
「そう完全ネット応募で、ネット投票のみの非常に厳しい部門だよ。一位になった人は北海道選抜に参加する権利が得られる。」
「つまり敗者復活戦ということか」
「そうだね。でも正規の応募方法じゃないし、学校とは関係なくなっちゃうから、色々不都合があるんだよ」
「不都合って何だ?」
「学校選抜のメンバーはコンテストも学校行事という事でお休み扱いにならないんだけど、プリクラ選抜組はあくまでも個人の応募ということでお休み扱いになっちゃうんだよ。あとは現地に行く交通費とか、必要経費も自腹になっちゃう。何より学内選抜よりもずっとハイレベルな争いになる。北海道中の自分カッコいいと思ってる子が応募して来るんだよ。いくら美咲でも流石に厳しいと考えてるわけ。しかも一位になってもそれだけじゃ決まらない。まず勝って、それから藤堂達と北海道選抜で最終選考の座をかけて争うことになる。」
「そうか、そんな方法があったのか」
今井はうなづき、美咲の方を向いた。
「私、プリクラ選抜に応募するよ」
「美咲ち」
「みんなの思いを無にしたくない。可能性があるなら、応募する」
「美咲ち」
狩川は感極まって瞳を微かに潤ませた。そしてさっそくその場でプリクラ選抜に応募することにした。
「結果が分かるのは一週間後。それまではネットの投票経過をみるだけ」
「楽しみだな」
「大丈夫、あたしは美咲ちを信じてるよ」
その日の夜、大志と美咲は自宅の縁側の席に座り、コーラとポテトチップスで簡単な打ち上げをしていた。
「頑張ったな、美咲。ほめてつかわす」
「はは、ありがと。褒めてくれて」
「結果は残念だったけど、でもまさかお前がここまでやるなんて思わなかったよ、本当に驚いた」
「少しは私のこと認めてくれた?」
「ああ、認めるよ」
大志は笑顔で美咲の頭を撫でてきた。
「きゃあ、ちょっと何するの」
「いいじゃないか、よしよし」
「ふふ」
二人の間には春のそよ風のような空気が流れた。そして二人は自然と暫く見つめあった。
「それにしても藤堂の奴、買収するとは酷い奴だよな」
今井の手元には新聞部が号外で発行した新聞があった。
そこにはどさんこイケメン女子高生コンテストに不正発覚。藤堂麗華の黒い疑惑と題して、藤堂麗華が一位になるために上級生を買収した旨が上級生の生徒のインタビューと共に記載されていた。
「もしこれが事実なら、藤堂は失格だろう」
「そうはならないよ。藤堂は認めないだろうし、何と言っても彼女のお父さんが」
「会社の社長でPTAの会長だから、てか? とことんふざけてんな、あの女」
「しょうがないよ、藤堂に私は敵わなかったのは事実だし」
「でも不正だろ。学校の運営本部に掛け合って、一位取り消しにしてもらうか、再投票にしてもらおうぜ。」
「無理だよ、きっと。運営本部も買収されている」
「そっか、じゃあやっぱり狩川のプランBにかけるしかないんだな」
「そうだね」
「一位になれるといいな」
「うん」
プリクラ選抜で一位になるのは、学内で一位になるのとは次元が違う。北海道中の自分に自信のあるカッコいい顔をした子が我こそはと応募してくるのである。
それは美咲にとっては大きなプレッシャーだった。自分にイマイチ自信が持てない彼女は、それでも大志の前では強がって見せることにした。
「大丈夫、応募活動する中で、私、自分に自信が出てきたの。きっといける気がするっ」
「お、いいね。俺も美咲なら大丈夫な予感がしているよ」
翌日、新聞を読んだ藤堂麗華は狩川亜美奈のいるクラスを訪れ、彼女の座る机の前に立つと、記事の内容について抗議した。
「あなた、こんな出鱈目な記事を書いて恥ずかしくないの」
「証拠があるし、上級生の一人から買収を受けたって証言もある。テープレコーダに収めてある。なんなら聴かせてあげようか?」
狩川は藤堂をあざ笑うかのように相対した。
「必要ないわ。こんなのは出鱈目よ、出鱈目なんだから」
そう叫んで、藤堂は教室を勢いよく飛び出していった。
その様子を途中から見ていた大志が狩川に声をかける。
「おい、大丈夫か?」
「ペンの正義が勝つんだよ」
狩川は指でピースサインを作って大志に笑顔を見せた。
藤堂麗華の黒い疑惑の記事は学校中に拡散され、下級生達の間ではちょっとした話題になっていた。
藤堂は火消し役として自分の息のかかった者たちを送り込み、事態を沈静化させた。
数日後、狩川が学校内で複数の女子生徒に襲われ、側頭部を負傷する事件が起こった。
騒ぎを聞いた美咲と大志は保険室に駆け込んだ。
「亜美奈っ」
「はは、美咲ち」
狩川は頭部に包帯を巻き、保険室のベッドで横になっていた。
「亜美奈、ごめんね、私のせいでこんな目に」
美咲は狩川の手を取り、大粒の涙をこぼした。その涙の美しさに、狩川は思わず美咲に心を奪われてしまった。
大志は怒りに震える自分を必死に押さえ込んでいたが、しかし我慢できずに部屋を出て行った。
「藤堂めっ」
美咲は痛々しい狩川の姿を見て泣き続ける。
「絶対に許せないよ、こんなことするの、あの女しかいないもの」
「平気。暴力で言論の自由を侵害するような連中には負けないよ。この私が見せてあげるよ、ペンの正義って奴をねっ」
そう言って右手の指でピースサインを作って笑う狩川に、美咲は抱きついて更に大泣きした。
「亜美奈って本当にポジティブよね」
「そりゃあそうよ。生きてるだけで丸儲け。この国に生まれたってだけで、人生は勝ち組なんだよ」
そう言って、狩川は自分にすがりついてくる美咲を母の愛のように両手で包み込んだ。
「亜美奈、ごめんね、本当にごめんね」
「だからもういいって、美咲ち、それより嬉しいニュースがあるんだよ」
「何?」
「投票の中間結果がサイトに発表されたんだよ。美咲ち一位だったよ」
「え、ホント」
「うん。あとはこのまま順調に行けば一位の座を守れるよ」
「そっか。でも今はそんなことより亜美奈のことが心配だよ。」
「あたしは平気、あとで病院行って念のため検査受けてくるけど、何ともないよ」
「じゃあ私も一緒に付き添いに行く。先生、いいですよね」
医務室の机に座っていた先生に、美咲は了承を求めた。
「それは構わないわよ。むしろ付いていってあげて」
「よかった。じゃあ、亜美奈。あとで一緒に病院に行こう」
「うん」
「指野さん、そろそろ授業が始まる時間ですよ」
「はい」
美咲は元気よく声を上げて、部屋を後にした。
一方、大志は教室内で藤堂麗華と対峙していた。大志は藤堂の机で両手をつき、彼女を厳しい眼差しで睨みつける。
「おい、お前さ、そこまでしてまで一位になりたいわけ?」
「貴方の言ってることがよく分からない。私は嘘を書いた本人を問い詰めただけ」
「お前が狩川を仲間に襲わせたんだろうっ」
「そんな証拠がどこにあるの?」
「この状況でお前以外に誰が居るんだよ」
「でも証拠はないでしょ、証拠は」
「うるさい、俺はポリコレなんて糞くらえだ。むかつく奴は女でも殴るぞ?」
大志は怒りに燃え、握りこぶしを作った。その姿に藤堂は一瞬、軽く恐怖を覚えた。しかし直に凜とした表情で、
「殴りたいなら殴りなさいよ。その代わり、あなたは全てを失う事になるけどね」
「くっこの・・・、このクソブスしみったれウシガエル女がっ。」
そんなえげつない暴言を吐く大志を止めたのは美咲だった。
「美咲」
「駄目だよ、大志っ」
「でも」
「駄目ったら、駄目」
そして美咲は大志の前に立ち、机に座っている藤堂と向かい合った。
「私は正々堂々、逃げも隠れもしないから。襲うんだったら私にして」
「だから私じゃないって言ってるじゃない」
「貴方かどうかは関係ない。もうこれ以上、私の大切な人に傷ついて欲しくないだけ」
そう言い切ると、美咲は藤堂を一瞥し、自分の机に座った。大志は舌打ちをして藤堂をにらみつつ、美咲の前である自分の机に座った。
「ふん、どいつもこいつも。私の何が悪いって言うのよ。」
藤堂の捨て台詞は、二人の耳には入らなかった。




