第10話
時間は少し巻き戻り、プリクラ選抜応募期限が目前に迫っていた日の午後、藤堂は室蘭にある商業高校の正門前にやって来ていた。
室蘭商業高校にとても可愛い女子高生がいるという噂を聞きつけた彼女は、指野への刺客として送り込むべく噂の彼女に接触を試みたのである。
噂の少女は一目で分かった。下校中の生徒達の中に明らかに一人、他の女生徒達とは異質のオーラを放っている少女がいたのである。
さっそく藤堂は姫に毒りんごを食べさせようと企む魔女のように彼女に近づいていった。
「あの、ちょっといいですか」
藤堂に呼び止められ、彼女の方を向いた少女は、自分でも無自覚のオーラを放っていた。
「あなた、芸能界に興味はない?」
「興味? あります。子供の頃はアイドルになりたいって思ってました」
「今は?」
「今は、特に何も・・・」
「あなた、どさんこイケメン女子高生コンテストって知ってる?」
「知りません。なんですか、それ」
「北海道中から男装の似合う女子高生が公募してきて、カッコいい女子高生を決めるの。シンプルでしょ」
「へえ、面白そうですね」
「よかったら、あなた応募してみたらどう? あなたなら絶対に一番になれる。そう私が保証してあげる」
藤堂は怪しく黒髪の乙女に迫った。自分のライバルになるかもしれない女だが、いざ勝負となったら策を講じて追い落としてやればいい。そう考えていた藤堂の頭の中は、美咲を追い落とす事で必死だった。
「わかりました、検討してみます」
「ぜひ応募して、それじゃ」
藤堂は聖女の笑みを浮かべてその場を立ち去った。少女は首を傾げつつ、どさんこイケメン女子高生コンテストのパンフレットを見ながら下校した。
「プリクラ選抜・・・か」
藤堂麗華は自分を慕う女性達には聖母のように優しく振舞い、慈愛の心を見せるが、その一方で、自分を不快にさせた女、気に入らない女には悪魔よりも冷酷になるのである。
井上が苛められる一番の原因になったのも、藤堂の血液型占い信仰を思わず否定してしまったからである。
今の藤堂の心の中は正に悪魔が大踊り、咲き乱れている状態であった。
指野美咲を必ず、全力で叩き潰す。
その為ならなんでもする。
勝つのは絶対にこの私、藤堂麗華。
絶対に。
一方、狩川の病院に付き添った美咲は、特に問題なしという医師の診断を聞き、胸を撫で下ろした。
「付き合ってくれてありがとね。」
「ううん、いいのよ」
「実を言うと、ちょっとだけ心細かったから」
「親御さんにも連絡しとくね」
「いいよ、平気、それは自分でやるからさ」
「そう、わかった」
ベンチに腰掛ける二人。美咲は狩川の肩に側頭部を預けた。
それから三日後のある日、狩川は狂喜した。指野美咲は二位の女生徒とは競ったものの三位以下にトリプルスコアをつけ、見事五百名を超える応募者の中から、プリクラ選抜で一位に選ばれたのである。
その結果を聞いた美咲と今井、井上も教室内で大喜びした。狩川、美咲、大志、井上は四人で抱き合い、喜びを分かち合った。
「指野さん、おめでとうございます」
「ありがとう、井上さん」
井上は残念ながらプリクラ選抜で七位となり落選してしまったが、指野のことを心から祝福した。
葛木も教室内にカメラを持ってやって来て、二人が話す様子を収めた。
「おお、これは良いシーンだわ。ライバル同士の和解の瞬間。これはドラマよ、ドラマ」
喜ぶ面々の様子を苦々しい様子で見ていた藤堂麗華は、力いっぱい自身の机を叩いて悔しがった。
せっかく追い落としたと思ったのに、指野美咲、しぶとい女。
必ず潰してやるから、必ず。
藤堂の怨念に満ちた美咲への思いは、より巨大な悪意となって彼女に襲い掛かってくることになる。
「よっしゃ」
「いくぞ」
「目指せ、北海道選抜っ」
指野美咲はハツラツとした声でそう叫んだ。
「まだ北海道選抜なのか」
「北海道は広いからね」
「なんだよそれ、理由になってないぞ」
「プランAでは一体どんな人たちが受かったんだろう、興味あるね」
「サイトに載ってるはずだから見てみよう」
狩川はカバンからノートパソコンを取り出すと、サイトのウェブページを開いた。
そこには藤堂麗華の写真がでかでかと掲載されており、優勝有力候補と紹介され、インタビューも記載されていた。
「藤堂・・・」
大志が神妙な面持ちで呟く。
「大丈夫、美咲ち。今度は不正は入らないから、藤堂と決着をつけられるよ。」
「楽しみだな。藤堂が悔しさで悶絶する姿が今から楽しみだよ」
そう言うと、大志は藤堂のほうに視線を流した。
それに気が付いた藤堂は彼に笑みを返した。
「ふん、そんなに可愛くない女が偉そうに。また俺の美咲にちょっかい出してみろ、ぶっ飛ばしてやるからな」
今、何て言ったの?
美咲は大志にそう聞きたかったけど聞けなかった。
美咲は心の底ではどさんこイケメン女子高生になるよりも、ただひたすらに今井大志に思われたかったのである。
「美咲ち、忘れんなよ、約束」
「約束って」
「優勝したら、俺の彼女になるって約束」
「はは、そんな約束したっけ?」
美咲はすっとぼけたが、しっかりと覚えていた。あの日地球岬で交わした約束も。
「大志、亜美奈、井上さん」
美咲は大志と亜美奈と井上を呼び、ハイタッチした。
そんな中、美咲は自分と接戦を繰り広げた二位になった少女の名前を確認していた。
「てん、うえ、でら?」
新聞を読むのが美咲の趣味だが、漢字にはあまり明るくなかった。普段新聞を読むときも、読めない漢字は読み飛ばしていたほど漢字に弱いのである。
美咲の呟きを聞いた大志と狩川は大笑いした。
「美咲ちってば、ウケルって」
「てんじょうじ、だろ」
「てってんじょうじ。そっか、えへへ、勘違い、勘違い」
美咲は照れ隠しに笑って見せたが、それがまた二人のツボに入り、井上も悪いと思いつつ、我慢できずに噴出してしまうほどだった。
「美咲ち、漢字弱すぎ。勉強しよ、べんきょ、ベンキョー」
「ところで美咲以外の応募者はどうなるんだ?」
一通り美咲を笑い飛ばした後、大志は真顔に戻って狩川に尋ねた。
「恐らく一般公募に行くと思うよ」
「それって一番厳しいのか」
「勿論、開催地は札幌市だし、美咲ちには一般公募に回って欲しくなかったんだよ」
狩川はしおらしい面持ちで大志に囁いた。
「よかったな、美咲。優勝に一歩近づいたぞ」
「うん、ありがとう大志、それにしても」
美咲は二位になった少女の事が気になっていた。
「この二位の娘、けっこう可愛くない」
美咲の言葉を受けて、大志と狩川はサイトを覗き込む。
「そうだね、意外と可愛いかも」
「でも写真映り悪いな。撮り慣れてない感じがする。それにちょっと垢抜けてない感じだし。どうせ一般公募で落ちるだろ」
それでも二位って凄くない? と美咲は思ったが口には出さなかった。
「そうだね、美咲ちは勝ったんだから、敗者の事なんて気にすることないよ」
「そっそうね。てん、じょう、じ、さん。か」
美咲は楽観的な二人とは反対に、二位になった娘に、自分でもよくわからない不穏な気配を感じていた。
頂点への道のりは果てしなく険しい。
今、ようやくスタートラインに立てただけで、美咲の戦いはまだ始まってもいないのだ。
北海道中から美咲クラスのカッコいい容姿をした男顔の女子高生が沢山集まってくる。
その中で自分が勝ちあがらなければならない。何より、まず第一に、北海道選抜で藤堂麗華を倒さないといけないのだ。
それがどれだけの困難を極めるか、これまでの過程で美咲は嫌と言うほど思い知らされた。
大志は、そんなに可愛くない、と藤堂の容姿を中傷したが、世間一般レベルでは充分美少女である。美しく長くサラサラの髪をなびかせ、スカートの下に黒いタイツを履く藤堂麗華は、性格さえ咎っていなければ、もっと多くの求心力を持って生徒達に受け入れられていたかもしれない。
しかし藤堂麗華。
彼女は生まれ持った獣性を内に秘めている。
それゆえ女生徒達の畏怖の対象となっている。そして頭もよく、目的のためなら手段を選ばない冷徹さを身に付けている。父親は室蘭でもそれなりの鉄鋼業会社で社長に上り詰めた人物であり、彼女は社長令嬢である。幼い頃よりダンススクールやバレエ、ピアノと習い事ばかりで育ってきた。特に光るものがあるダンスは藤堂の得意分野である。
表向き一切プロフィールに隙のない女。
それが藤堂麗華である。
手ごわい相手を敵に回してしまった。それが嘘偽りのない美咲の本音だった。
だが、ここまで来たら、絶対に私が北海道一カッコいい女子高生になる。
美咲はそう強く心に誓った。




