第11話
季節はもうすぐ一学期の中間テストという時期に来ていた。北海道一のイケメン女子高生には学業も優秀であることが求められる。
そんな中、美咲の一年生三学期末の成績は学内で八十三位という中間の成績だった。これでは審査に響くと感じた狩川と今井は、次の中間テストで美咲を成績上位にするべく、猛勉強させる事にした。
さっそく狩川と今井は美咲を放課後の新聞部に呼び出し、二人は勉強を教える旨を彼女に知らせた。
「え~~大丈夫だよ。自分で出来るって~」
「自分で勉強してあの平凡な成績だからこの私が見てあげるって言ってるんだよ」
「この俺様も見てやるぞ」
生まれつき金髪ボブカットの狩川は馬鹿そうに見えるがこれでも一年生の時は学年トップの成績を持つエリートだ。そして大志も東大を目指せるほどに頭がよい。
「それで、一年生時の三学期末の成績は、何位だったんだっけ?」
「は・・・八十三位」
「かーーーっしょっぱいね。お話しにならないよ。こうなったら、この天才狩川亜美奈様が一生懸命コツを教えてあげるから、覚悟してね」
「俺も教えてやるからな、覚悟しろよ、美咲」
二人がかりで攻め立ててくるこのお勉強攻撃から逃れるすべを必死に考えた結果、美咲は、
「てっ・・・テヘぇッ」
と、たまらず可愛らしく舌を出すことで、この難局を乗り切ろうとしたが、その作戦は、学業には厳しい狩川と大志の二人組には通用しなかった。
「テヘぇ、じゃない」
「そんな事言ったって許さないよ、ッ勉強しろッ勉強ッ。べんきょーべんきょーべんきょーっ」
「今夜は長い夜になりそうだな、クックッ」
「あーんもう、二人がかりで攻められて~ノイローゼになりそっ」
「そこはノゼローゼだろっ」
「そう、ノゼローゼだよッ美咲ち」
「ノゼローゼって何よそれ、わかんない、私もうわかんないっ」
美咲は頭を上下左右に振りつつ絶叫した。
「駄目だこりゃ~」
狩川は美咲に呆れたような視線を送った。
「ユーモアやトークスキルの勉強も必要だな、これは。アノマロカリスは二の次だ」
大志と狩川は目線をあわせ、互いに深々と息をついた。
二人の猛特訓のおかげで元々地頭は良い美咲の成績は大きく向上し、中間テストの成績は第三位だった。
「やったね美咲ち」
「よくがんばったな」
「ありがとう、あなた達のおかげよ」
「ふっ感謝しろよ」
中間試験が終わった直後の平日の放課後。美咲は狩川と葛木の二人に映研の部室に来るように言われたので向かう事にした。
映画研究会に入ると、二つある椅子に狩川と葛木が向かい合って座っていた。
「ああ、美咲ちちゃん。いいところに来たわね。」
「今美咲ちの今後の事を話し合っていたんだよ。」
「私の今後のこと?」
「そう。北海道一番の女子高生たる者、やはり文武両道が定石。学力テストを乗り越えたあなたの課題はクラブ活動よ。当日の選考で部活動の事を聞かれて帰宅部ですと答えるのは審査員の心象を悪くすると私は思うわけなのです」
真剣な面持ちでそう語る葛木の言葉には不思議な説得力があった。
「じゃあ一体どうすればいいんですか。私は家庭の事情で、クラブ活動はあまりできないんですよ?」
美咲は困惑したような表情を浮かべて葛木に告げた。それを聞いた狩川は立ち上がり、美咲ににじり寄ってくる。
「そこで、考えたんだけど。我が新聞部に籍だけでも置いてみない?」
「え、新聞部??」
「そう。教養のありそうなイメージを作れるし、絶対に美咲ちのコンテストに有利になると思うんだ。」
喋り続ける狩川を制するように葛木も捲くし立て始めた。
「それを言うなら断然映研の方がお得よ。どさんこイケメン女子高生になるってことは、芸能人に片足突っ込むってことじゃない。映画研究会で籍だけでも置いておけば、審査員達に、あ、この子はテレビの世界に興味あるんだなって好感触を得られるはずよ」
葛木の言葉に、狩川は即反発した。
「そうはおっしゃいますけど葛木先輩。美咲ちは籍を置くだけなんですよ、活動なんて出来ないのに映研に籍だけ置くなんて不自然じゃないですか。コンテスト対策だと勘ぐられたら審査員達に悪い印象を与えかねませんよ。
それなら特に存在しているだけでも充分な新聞部の方が美咲の素が感じられて、審査員の好感度も上がるはずですよ」
「いいえ、有利なのは映研よ」
「違います。新聞部です、新聞部」
二人が小競り合いを始めたので、美咲はオロオロしながらもその場をまとめようと必死にアイデアをひねり出した。その作戦とは、
「じゃあ両方に所属するってのはどうですか? 私新聞読むの好きだし、新聞部に籍を置きながら、映研の活動も手伝っているということにすれば万事解決ですよ」
思いがけない美咲の提案に、二人は目から鱗が落ちたように感心した表情を見せた。
「そうよ。何よその手があるじゃない」
「凄くいいアイデアだよ、美咲ち、ナイス」
「それほどでも~」
指野が部活動の事で揉めているころ、室蘭市にあるファミリーレストランで藤堂麗華と謎の少女が密会していた。
「プリクラ選抜、落ちてしまいました」
沈んだ様子でそう切り出す少女に、藤堂は優しく接した。
「大丈夫よ、天上寺さん。まだ最後の手段がある。」
「最後の手段? 何ですか? それは」
「一般公募。一番厳しい道のりだけど、一位になれば最終選考に行ける。プリクラ選抜で二位になったあなたなら絶対に一位になれると思うわ。」
「そうですかね」
「そうよ。大丈夫よ天上寺さん、自信を持って。負けたまま終わるなんて悔しいでしょう」
藤堂は言葉巧みに天上寺と呼ばれた少女の心を慰めた。
「そうですね。藤堂さんの言うとおりです。私、死ぬ気で頑張ります。絶対に一般公募から最終選考に行きます!」
可愛らしい顔に似合わず凛凛しい瞳を燃やす少女に、藤堂は少し怯えながらも、彼女の意思を素直に尊重した。
「いいわよ、天上寺さん。その調子。大丈夫。この私があなたを一般公募一位にしてみせるから。そして最終選考で私と良い勝負をしましょう」
「はい、藤堂さん」
少女は藤堂に言う事に一切反発せず、素直で忠実だった。それが藤堂にとってはとてもやりやすく、嬉しい事だった。
この女はまだまだ使える。
藤堂の中の悪魔がそう囁いていた。
それから数日の日が経って、葛木率いる映画研究会は、指野美咲がどさんこイケメン女子高生になるまでのドキュメンタリー映画の撮影を本格的に始めた。
葛木に呼ばれ映画研究会にやって来た美咲は企画書を読んで苦悶の表情を浮かべた。
「あなたが何故どさんこイケメン女子高生を目指すのか、強い動機が必要なのよね。ただ周りに流されるままに北海道を背負ってもつまらないじゃない。」
「そうですね」
葛木とテーブルに向かい合って座る美咲は内心落ち着かない状態だった。
確かにここまでは流されるままプリクラ選抜に選ばれてしまったような気がする。
でも心の奥底では北海道一位になれば大志が自分の気持ちを受け入れてくれるのではないか、と思っていた。
指野美咲は愛の為に北海道で一番の女子高生を目指すことにしたのである。
しかしそんな事を葛木に話せる訳もなく、美咲は企画書を読みながらモジモジしていた。
「ところで話は変わるけど、あなた今好きな人とかいるの」
葛木の何気ない一言は美咲のハートを撃ちぬいた。
「すっ好きな人。います、アルマロカリス様です」
「何言ってるの。あなたの奇妙な信仰は当日口にだしたらお終いよ。大会では封印してね」
「そっそんな」
美咲は葛木の言葉に動揺し、心の中は困惑状態に陥った。そんな美咲の心中を知らない葛木は、ポンと机を叩き、
「そうよ、恋よ。恋に生きるのが女よ。美咲ちちゃん。あなたのドキュメンタリー映画に恋愛要素を入れましょう」
「恋愛要素っ」
葛木の思いつきの一言に美咲は動転し、甲高い声を上げてしまった。
「相手はそうね。あなたと同居してる今井君なんかいいんじゃない。あなた達二人の恋愛を絡めながら映画を撮っていきましょう。」
「そっそんな・・・」
「あら、彼じゃあ不満なの。イケメンじゃない。相手役には丁度いいわよ。早速だけど彼に連絡してくれる?」
「そっそれはちょっと」
美咲が困り果てていた丁度その時、大志と狩川が映画研究会の部室に入ってきた。
「どうですか、部長。映画の企画は順調ですか」
「あら狩川さん、丁度良いところに来たわね。しかも後ろには待ち人が。これは神の啓示よ」
「なんのことです」
狩川の言葉を無視して一方的に盛り上がる葛木に、一同は面食らった。
「おい美咲、部長さんと何話してたんだ」
「え。それは、えと」
突然の展開にしどろもどろになる美咲を尻目に葛木は大志を指差し、
「あなた、私の映画に出なさいっ」
「は?」
葛木の唐突な出演依頼に流石の大志も少し驚いた様子だったが、直ぐに事情を察知し、
「そいつは俺が必要になったってことですね」
「その通りよ。乙女は北海道一の女子高生を目指す。それは愛の為に。というシナリオを用意するの。その相手役にあなたが適任というわけ」
「大志君、面白そうじゃん、出てみなよ。新聞部も応援するから」
狩川に背中を押され、大志は快く映画の出演を承諾した。
「ちょっと大志、勝手に出演するなんて言わないでよ。」
美咲は抗議したが、葛木は立ち上がって大志の肩に手を回すと、大志に耳打ちした。それを聞いた大志はニンマリとして美咲に視線を移した。
「そうか、美咲。お前、俺が相手役をやることがそんなに嬉し恥ずかし状態ってわけか。心配するな。一つ屋根の下で暮らすもの同士、恋が芽生えてもおかしくねえ。だが俺はちょろくないからな。そう簡単には落ちないぞ。美咲もわかっているはずだ」
一方的に捲くし立てる大志に、美咲は口を閉ざした。
「北海道一の女子高生を目指す少女には愛する人がいて、振り向いてもらいたい一心で、少女は一番を目指す。うーん、いいわ。ドラマよ、ドラマがあるわ。二人とも、気合入れて明日から撮影開始よ」
大志と同様に捲くし立てる葛木に、美咲の心が少しだけ刺々しくなった。
「葛木部長、私は賛成できません。お芝居なんてやったこともないし、しかも彼と恋仲になる設定なんて・・・」
「あらこれはドキュメンタリー風映画よ。あなたが北海道一位の女子高生になるまでのリアルを演出しつつ撮るの。やらせは一切無し。だけど演出は有り。これはあなた自身の思い出を記録するわけ。お分かり?」
「そう言われても・・・」
「まあくっちゃっべっても仕方がないわ。早速なんだけど、あなたの家に行きたいの。家族の皆さんにも出演交渉をしないといけないからね」
葛木のアイデアに、美咲は面食らった。流石にそれだけは勘弁してほしいと懇願したが、夢中状態の葛木の耳には入らなかった。
「それで、あなたのお父さんはどんな仕事をしているの? 会社員?」
「自営業です」
「自営業って?」
「牧場を経営してるんですよ」
狩川が口ごもる美咲の代わりに葛木に話した。
「牧場! いいわ。北海道の大自然で伸び伸びと育った乙女は北海道を背負う女子高生を目指す。これはドラマね、ドラマよ」
一方的に盛り上がっていく葛木に、一同は苦虫を噛み潰した表情で応対した。
「それで、お母様は? やっぱり牧場を手伝っているの?」
美咲にとって、葛木の何気ない問いは地雷を踏み抜くような物だった。
「お母さんは離婚して、今はいません」
「あら、そうなの。じゃあ男手一つで育てられているのね。可愛そうに」
「気にしないで下さい」
「北海道で牧場を経営する父親とその娘の人間ドラマも映像に残しておきたいわ。いいわ、指野さん、私を牧場に案内して」
「えっ、そっそれは困ります。お父さんにも相談しないと」
「私が説得するから大丈夫。貴方にとって損な話しにはしないつもりよ。そうと決まったら善は急げね。早速明日あなたの家に撮影クルーを連れてお邪魔するから、よろしくね」
「はっはあ」
あまりにも強引な要求を突きつけてくる葛木に、美咲は心底困り果てた様子で嘆息した。
「美咲ち、ここまで来たらやるしかないよ、ファイト。新聞部もお邪魔するからさ」
「いいわね、狩川さん、撮影の様子を取材して記事にして頂戴」
「あいあいさー」
狩川は嬉しそうに右手で敬礼のポーズをとった。
「もう亜美奈は! 他人事だと思って、これ以上問題を増やさないで」
美咲はどさんこイケメン女子高生コンテストに応募していることを父親に内緒にしていた。話したところで特に支障は無いのだが、何となく言い辛くてそのままにしていたのである。
しかしプリクラ選抜で一位になった事実を鑑みて、これから北海道選抜を控える状況になったので、さすがに父親に内緒という訳にもいかず、美咲は腹をくくって父親にコンテストに応募していることを話すことにした。
とはいえ一体どうやって言うべきか。歓迎してくれるだろうか、それとも拒絶されるだろうか。
学校の帰り道、大志と一緒に乗っているバスの中で美咲は深刻な面持ちで懊悩していた。
一方大志は美咲達以外乗客のいないバスの最後尾で小難しい哲学書を読みふけり、知識を吸収していた。
「この本、なかなか面白いな」
「あっそう」
「読み終わったら美咲にも貸してやるよ」
「興味ない」
酷くぶっきらぼうに吐き捨てる美咲に、大志は彼女の腹の底が透けて見えたので、なだめることにした。
「なあ美咲。親父さんの事なら大丈夫だよ。俺達親子を快く居候させてくれた懐の深い人だ。きっと美咲のことも受け入れてくれるさ」
「それとこれとは話は別よ。お父さんは芸能界があまり好きじゃないの。テレビだってNHKとスポーツしか観ない人なんだから。」
「そうだっけ? この前俺お前の親父さんと一緒にお笑い番組観たぞ。親父さん笑ってた」
「芸人は好きなのよ」
「だったら都合がいいじゃないか。心配するなって、きっと全て上手くいくよ。」
大志の言葉には人を安堵させる不思議な説得力があった。彼の慰めを聞いた美咲は平静を取り戻し、父親に勇気を出して話してみようという前向きな気持ちになった。




