第6話
室蘭西校の校庭を歩く大志に、女生徒達から黄色い歓声が飛んだ。少し遅れて歩く美咲には年下の学年の男子生徒達や女生徒から注目の声が届いた。
「誰だよ、あの綺麗な人」
「知らねえよ」
「ウチの学校の生徒か」
「制服着てるし、そうなんじゃないの」
「誰あの人、イケメン。でも何故スカートはいてるの?」
「カッコいい」
「あの人じゃないの、転校生って。」
「そうかな」
「これは藤堂さん大喜びだね」
「絶対に落としに行くよね」
「いいなあ、それより少し後ろを歩いているあのスラックス姿の女性は誰」
「あの女、もしかして、指野?」
「まさか、彼女が男装をやめて女になるわけ無いじゃん」
「そうだよね、気のせいだよね」
「でも制服が同じだよ」
「あのカバンと奇妙なブローチは、指野のだよ」
「やっぱり指野じゃん」
「うそ、やだ、マジ、信じらんない。藤堂さんに報告しなきゃ。指野が色気づいたって」
美咲の見た目の変化と大志の登場は藤堂の派閥を大いに沸かせた。
その余波は既に自分のクラスで第二グループを作り、その中心人物になっていた狩川の耳にも届いた。
ふむ、美咲ちの奴、どうやらお洒落を始めたみたいだね。
これはチャンスかもしれないぞ。
狩川は怪しく笑い、教室の窓の外から校庭を歩く美咲と大志の姿を見ていた。
彼女も以前から藤堂の横暴ぶりに辟易していた。自分のグループに所属するメンバー達を藤堂から守るのに精一杯で、井上に対する苛めを美咲と共に止めることが出来なかったことも悔やんでいた。
藤堂を追い落とす好機が来たかもしれない。
美咲とあのスカートをはいた奇妙な男性を自分のグループに確保できれば、私の悲願は達成される可能性がある。
曽祖父がフランス人で、隔世遺伝でブロンドの髪をしているボブカット姿の可愛らしい顔をした狩川は、その華やかな容貌と独創的な性格や物言いから学内では藤堂に負けず劣らずの人気ぶりで、既に第二派閥の中心人物の座に収まっていた。
しかし当の狩川は学内派閥をくだらないと思っており、グループに関係なく皆仲良く出来ればいいのに、と日々考えていた。そして何よりも彼女は美咲と更に親睦を深めたかったのである。
「あの、ちょっと恥ずかしいから距離を取ってくれない?」
校庭を歩く美咲は、気恥ずかしそうに大志にそう告げた。
だが当の大志は美咲の言うことを聞かず、いきなり肩を組んできた。
「いいじゃんか、俺達一緒に暮らしてるんだから」
「そういう問題じゃないでしょ、だってあなたスカートはいてるんだもん」
「これは俺の趣味だ」
大志は軽く笑みを見せながら美咲に絡めていた腕を解いた。
その様子を見ていた狩川は狂喜した。
あの二人、ひょっとして付き合ってるの?
何で転校生の男子と美咲ちがそういう関係なわけ?
こいつは直接聞かなきゃいられないね。
美咲とは別のクラスの狩川は席を立ち、LINEで美咲に連絡をした。しかしスマホをカバンの中にしまっていた彼女は、彼女に返信する事はなかった。
「じゃ、俺、教員室に行くから、一旦ここでお別れだな」
校舎に入り下駄箱に着いた二人は離れ離れになる。
「そうね、また放課後ね」
「同じクラスだぞ、直ぐ会えるだろ」
「今なんて言ったの?」
「もう忘れたのか? だから、俺と美咲は同じクラスなんだよ。昨日担任の先生に言われたんだ。2年A組だって。A組はお前のクラスだろ。」
「それはそうだけど」
あまりの出来事に美咲は口を噤んだ。
ただでさえ目立ってるのに、これ以上目立ちたくない。
でも大志の事だから、きっと騒ぎを起こすはず。
美咲は頭を掻きつつ、大志と一旦別れようとした。
丁度その時だった。学校の校庭で生徒達が騒ぎ出したのである。
「何かあったのか?」
「わからない」
「行ってみよう」
二人が駆け足で外に出て生徒の集まっている場所に辿り着くと、多くの生徒達が上を見上げていた。
校舎の屋上の柵を越えて立ち尽くしている井上の姿がそこにはあった。
「井上さんっ」
「行くぞ、美咲」
「え、行くって何?」
「助けに行くんだよ、決まってるだろ」
その言葉を置き去りにするほどの速度で大志は走り、校舎へと駆け込んでいった。美咲も負けずに後を追った。
校舎の屋上に到着した二人は井上に話しかけることにした。
「井上さん、馬鹿な真似は辞めて」
「落ち着いて、話し合おうぜ」
二人がそう叫んだときだった。突然後方から、
「カーーーーーットッ」
と甲高い女性の声が辺り一帯に響き渡った。
美咲が声のする方に向くと、貯水塔の上に女性二人が立ち尽くしており、一人はメガホンを、もう一人はハンディカメラを持っていた。
「もう、あなた達二人のせいで台無しじゃないのよ」
唐突な叱責をくらい、美咲達は困惑した。
「一体どういうことだ」
「これはドキュメンタリー映画のワンシーンなのよっ」
「ドキュメンタリー映画?」
「あーんもう、とにかく邪魔だから今すぐどこかに行って頂戴」
女生徒二人は貯水塔から屋上に飛び降りてくると、美咲達に帰るよう促した。
「一体どういうことなんだ。」
「井上さん、今日はもう駄目よ、時間が無い」
「はい、解りました」
井上は柵を登って屋上の方に戻ってきた。
「ああんもう、せっかくの撮影スケジュールが滅茶苦茶よ」
「部長、落ち着いてください。今日の夕方に改めて撮影しましょう」
「一体あんた達は何者なんだ」
大志の問いかけに、部長と呼ばれた女生徒が答えた。
「私は葛木吹雪。映画研究会の部長よ」
「映画研究会だって!?」
「それで撮影を?」
「そう、今は自殺未遂を思い立った女子生徒が一念発起してどさんこイケメン女子高生を目指すっていう話の映画を撮っているところだったの」
「自殺未遂は私のアイデアなんです」
井上が申し訳無さそうに二人に告げた。
葛木の隣でハンディカメラを持っていた女生徒が美咲と大志に事情を説明した。
「そういうことなら入ってきたときに言ってくれよな。全くもって人騒がせだぜ」
大志の言葉を受け、ハンディカメラを持っていた撮影クルーの女生徒が口を開いた。
「先生が来る前にゲリラ撮影を決行しようとしたのよ」
続いて葛木も言葉を放った。
「こんなシーン、学校の許可が降りる訳が無いからね。ところであなた達は?」
「俺は今井大志、今日からこの学校に転校してきた者だ」
「私は指野美咲、二年生です」
二人の自己紹介を受け、ハンディカメラを持っていた女子生徒も名乗った。
「そう、私は笹野麦。映画研究会の者で、三年生よ」
そう言うと、笹野は手を差し出してきたので、美咲はそれに応じた。
笹野は少し厚めの唇とメガネがトレードマークの愛くるしい女性だった。
一方の葛木は麗しく輝く瞳の瞼を一文字にして、不服そうに腕組みし、井上に近づいていった。
「井上さん、今日の撮影は無しよ。また後日にするわ」
「そうですか、わかりました、先輩」
「井上さんも映画研究会に所属してるの?」
美咲の問いかけに、井上は首を横に振った。
「いいえ、私はスカウトされたんです。苛められっ子が北海道一の女子高生を目指すっていうシナリオにキャラが合致してるからって」
「そうだったの」
「とーにーかーく、先生が来る前に撤収するわよ。あなた達、解ったらもう撮影の邪魔・・・」
そう言いかけた葛木は美咲と大志を交互に見て、唸り声を上げた。
「よく見ると、あなた達、美しい顔してるね。どう、私の新作映画にあなた達も出てみない?」
「突然何を言い出すんだ。」
唐突な葛木の提案に、美咲達は困惑した。
「いいじゃない。あなた達を見てインスピレーションが湧いたわ。私の映画に出なさい。これは命令よ」
長い髪を靡かせて、葛木は美咲と大志を指差した。
「俺は御免だね。」
「私も、そんな時間はないので」
「あら、二人とも、どさんこイケメン女子高生コンテストに興味ないの?」
「なんだそれ?」
「北海道から選りすぐりの男装女子を集めてイケメンの女子高生を決めるのよ。なんと今年は私達の学校からも二名推薦で応募出来ることになったの。そこで私達映画研究会はその候補者の過程を撮影しようって考えてる訳」
「ふーん。随分大掛かりな話だな」
「私には縁のない話しですよ」
「そんなことないわよ。さっきも言った通り今年は二名ウチの学校から選ばれるの。新聞部との共同企画だし、あなたみたいな美少女が男装したら、応募すれば必ず選抜されるわ」
「それなら私より、藤堂さんの方がいいんじゃないですか」
美咲は自分の趣味を曝け出さない様に気をつかった。
「あの女は駄目。性格が悪すぎる。井上さんを苛めているし、顔が良いだけの女よ。インスピレーションも湧かせないしね。やっぱり北海道一の女子高生には心もカッコいい人がなるべきでしょ。あなたはそうは思わない?」
「まっまあそう言われるとそうかもしれませんけど」
「ここで話してても、らちがあかないわ。今日の放課後、よかったら映画研究会の部室に来て。詳しい話はそこでしましょう。行くわよ、麦」
実に一方的に捲くし立てて、葛木は屋上を後にしていった。
「まるで嵐のような人だな」
流石の大志も葛木の圧力に若干引き気味であった。
一方の美咲は二年生に進級してから自分に自信が持てなくなり、どさんこイケメン女子高生など夢のまた夢だと思っていた。
「二人とも、騒がせてしまって御免なさい」
井上が謝罪してきたので、二人はそれを受け入れた。
「葛木さんは強引だから、断りきれなくて」
「苛められるわ、無理やり映画に出演されるわ、あんたも災難だな」
「そうですね。でも、私は楽しいです。少し自分に自信が持てました」
そう言って笑う井上は、いかにも年頃の娘らしい愛らしさが感じられた。そんな彼女に、美咲は勇気を出して言葉を搾り出した。
「ねえ井上さん。あなた野球好きなの?」
「はい、大好きです」
「私もよ、気が合うわね」
「そうですね」
「ところでアノマロカリスをどう思う?」
「アノマロカリス? 何ですか、それは?」
「カンブリア紀にいた古生物よ。凄くカッコいいんだから」
「はっはぁ、そうなんですか・・・」
そこから先の話をしようとしたとき、美咲は勇気が出ずに、つい口ごもってしまった。どうやら井上さんはアノマロカリスを知らないらしい。そんな二人のもどかしい様子を見ていた大志が、
「お前ら友達になっちまえば」
と堂々と言ってのけたのである。
「ちょっと、大志」
「友達?」
井上は首を傾げたが、直ぐに瞳を輝かせ、
「はい、私はいいですよ。ぜひ仲良くしてください、指野さん」
と美咲を見つめてきた。そんな彼女に照れつつも、美咲は井上の言葉を受け入れることにした。
「よろしくね、井上さん」
教室へと続く道は、普通の生徒にとってはただの道だが、藤堂に目を付けられている美咲にとっては彼女に出くわさない様に慎重に歩いていかなければいけない険しい道のりだった。
お願いだから、藤堂に会いませんように。
美咲はそう強く祈りながら校舎を歩き始めた。
学内の生徒達の美咲を見る目はこれまで以上の羨望が溢れていた。
美咲は自分への視線に緊張しつつも、どこか心地よさを感じていた。
廊下を歩いている美咲の気分はさながらランウェイを歩くトップモデルだった。
誰もが自分を一瞥するこの状況に美咲が慣れ始めた頃、一人の生徒に声を掛けられた。
「指野さん」
美咲は立ち止まり、振り返って女生徒の姿を見た。彼女は隣のクラスの生徒で、顔は知っているが名前までは覚えていない存在だった。
一体私に何の用だろう。
「髪型変えたんだね、凄い似合ってるよ」
開口一番に自分を褒め称える彼女に、美咲は悪い気分はしなかった。
しかし誰かも分からない女生徒なので、気持ちを張り詰めて相対することにした。
「ありがとう。ところで私に何か用ですか」
「うん。朝校庭で一緒に歩いていた男の人、指野さんの彼氏なのかなって思って」
彼氏。
その言葉の響きに美咲は動揺した。そんな風に大志を意識したことが無かったので、初めてそう言われて美咲は心拍数が大きく上がった。
その影響は発する言葉にも露骨に現れた。
「彼氏、とか、じゃない、です」
どもり気味にそう言い返すのが今の美咲にとっては精一杯だった。
「そうなんだ。でもなんで一緒に登校してきたの」
矢継ぎ早に質問をしてくる女生徒に、美咲は軽く不信感を覚え、名前を尋ねることにした。
「そんなことより、貴方、名前は?」
「あ、ごめん。あたしは日向早苗。狩川さんのグループの人間よ」
狩川って、亜美奈の事?
亜美奈ったら、自分で直接来ないなんて、何考えてるのかしら。彼女のクラスに乗り込んで抗議しにいこうかな。
美咲は狩川の行動に少しだけ不満を感じていた。
「それで、どうして一緒に登校してきたの。あの男の人、指野さんの知り合いなの」
「別に、そんなことを聞きに来たんですか?」
「ああ、うん。そうなんだ。」
「彼は私の家の居候なの。だから今日も一緒に学校に来たの。これで満足?」
美咲は早苗に刺々しい態度で応じた。その様子に早苗も動揺し、苦笑いをするのに精一杯だった。
「そうか、居候なんだ~」
美咲の背後から、大きな声が聞こえた。この声には聞き覚えがある。
狩川亜美奈だ。
美咲は振り返り、彼女を見た。
「羨ましいな、あんなイケメンと居候になれるなんて。」
「ちょっと、亜美奈!! どういうこと? 突然変な人を送り込んできて」
「美咲ちがLINEの返事くれないからだよ~」
「はっ」
美咲はあわててカバンからスマホを取り出し、LINEをチェックした。確かに狩川からのメッセージが大量に来ていた。
「ごめん、亜美奈。私としたことが・・・」
「別にいいって。でも居候でしょ。肩まで組んでたじゃん。美男美女のカップル、お似合いだね、きゃははははっ」
いつものように甲高い声で豪快に笑う狩川に、美咲は少し辟易していた。
「そんなことより驚いたよ、美咲ち凄い綺麗になっちゃって。最初だれだかわからなかったよ」
「本当に? 褒めてくれてありがとう」
「ねえ、そっちの男の人。よかったら私と友達にならない?」
突然の狩川の申し出に、今井は戸惑いの感情を顔に浮かべた。
「友達? 俺とか? まあ別にいいけど」
「駄目よ、亜美奈。下手に男と親しくしたら、藤堂が何してくるかわからないよ」
「関係ないよ。むしろ私、藤堂を追い落としたいんだ。彼が居てくれれば、その切り札になると思うんだ」
藤堂を追い落とす。
中々に物騒な発想だ。
二年生になってから、少し性格に変化が出てきた狩川と、距離を取るべきだろうか? と美咲は少しだけ迷った。
そうこうしている内に始業ベルが鳴り、学校の一日が始まることになった。
「あっいけない。ちょっと後で話があるからね。早苗っち、行くよ」
言いたいことを言いたいだけ言って、狩川と早苗は自らの教室に走っていった。
「一体何なの」
話って何だろう。良くない話のような気がするけど、悪い気分はしないな。
それにしても髪型とメイクを変えるだけでこんなにも自らを取り巻く世界が変わるなんて驚きだ。下級生の男子達の視線は正直心地よかった。
自分が変われば世界が変わる。変えてくれた大志に感謝しなくっちゃね。
2年A組は朝からざわついていた。担任の女性教諭と共にクラスに入ってきた今井大志にクラス中の女子が大小様々に歓声を上げたからである。その多くは男性で容姿端麗にも関わらずスカートをはいていたことにあった。
「今日から2年A組の生徒となる今井大志君です。彼は男子生徒なので、色々と不都合が起こるかもしれませんが、皆さん彼と仲良くしてあげてくださいね。それじゃ、今井君、あなたから自己紹介して」
先生の大川さゆりの言葉に今井はうなづき、一歩前に出ると喋り始めた。
「東京から引っ越してきました、今井大志十六歳です。趣味はジグソーパズル、特技は空手とバスケットボールです。このスカート姿は俺の尊敬する人に近づくための一つの方法です。東京ではバスケ部に所属していました。この学年の男子は俺だけですが、いじめのない健全な学校と聞いているので、皆さんと仲良くしていきたいと思います」
大志の話を聞いた最後列の席に陣取る藤堂の顔が、一瞬醜く歪むのを美咲は見逃さなかった。そして自分の方を向いてきたので、美咲はあわてて視線を逸らした。
「それでは、今井君。あなたは、指野さんの前の席に座りなさい」
よりにもよって美咲の前の席は空席だった。さっそくそこにやってきた大志はウィンクすると席に座った。
「男子の制服がまだ届いていないので、今井君は数日間、前の学校の制服で登校することになっているので、皆さんよろしく」
大川は一通り喋りつくすと、早速一時間目の授業である数学を始めた。
「美咲、俺、教科書ないんだ、見せてくれよ」
「分かった」
大志は後ろ向きに度々教科書を確認し、黒板の板書や大川の言葉をノートに書き留めていった。
一時間目の科目が終わって休み時間になった途端、女子達が大志の席に群がってきた。
「ねーねー今井君、東京から来たの?」
「ああ、そうだよ」
「東京ってどんな感じ」
「うーん、電車が多くて発展してる。この学校に来るのにはバスで一時間だけど、都心じゃまず考えられないね」
「へーそうなんだ」
「ねえねえ指野さんとはどういう関係なの」
「一緒に暮らしてるんだよ、居候さ」
大志の発言に、女生徒達は驚きの声を上げた。
「俺達ラブラブなんだ、なんか文句ある」
大志は後ろの席に座っていた美咲の首に手を回してきた。
「きゃー」
「信じらんない」
「なんで指野さんなの」
「そういえば指野さん、昨日までとはイメージ変わったよね」
「うん、凄い綺麗になった。やっぱり彼氏の影響?」
「彼氏じゃないです。勘違いしないで下さい」
美咲は必死に否定したが、大志と美咲は付き合っているという情報が事実として受け取られ、学年中に波及していった。
信じられない。
大志の奴、何考えてるの?
ひょっとして私を守るために。
だとしたら嬉しいけど、でも私はそんなに簡単にあなたの物にはならないわよ。
美咲の中で色んな感情が渦巻いていたとき、藤堂麗華が自分達の方にやってきた。
「あ、藤堂さん」
「貴方達、指野と何話してるの」
「ごめんなさい、つい」
「つい、じゃないでしょ」
藤堂は声に怒気を強めて他の生徒を叱責した。そして、
「不純異性交遊は禁止ですよ、今井君」
と大志の机に片手を置いて話しかけた。
「ん? 俺と美咲が付き合っていて、キミになんかデメリットでもあるわけ?」
「そういう問題じゃない。健全じゃないって言ってるの。ここは元々女子高なんだから、その慣例に習ってもらわないと困るって言ってるの」
「慣例って何さ」
「恋愛の禁止」
「そんなの生徒手帳には書いて無いぞ」
「慣習よ」
「そんなこと言われても、俺と美咲は付き合ってるんだし、というかそもそもあなたは誰だ? やたら偉そうに」
「私の名前は藤堂麗華。この学校のPTA会長の娘よ」
「それってわざわざ強調するとこ?」
「うるさいわね。あなた、男のくせに生意気よ」
「そんなこと言って、お前俺のこと好きなんだろ」
「なっ」
大志の自由奔放すぎる発言に、流石の藤堂もきりきりまいだった。
「そうね、私とあなたが付き合えば、真の美男美女のカップルが成立するわね。」
しかし直に藤堂は不敵に笑い、大志を見つめる。
「美男はいるけど、美女ってどこにいるの? 美咲のこと?」
「あら、目の前にいるじゃない。この私という存在が」
「は? 何言ってんだお前。髪型でごまかしてるだけで、よく見りゃ大して可愛くないじゃねえか」
「なっ」
大志は声の音量を大きめにそう叫んだため、周りの生徒達はクスクスと笑い出した。言われた当人の藤堂は絶句し、体を小刻みに震わせている。
ああ、いけない。大変なことになった。
美咲は大志に藤堂に謝るよう進言したが、彼は言うことを聞かず、藤堂に更に追い討ちを掛けた。
「俺から言わせれば美咲の方がずっと美人だよ。俺と一緒に歩きたいんだったら、まず髪型で必死に輪郭を隠しているのをなんとかしろよな。それともいっそ整形でもするかい、プッシー」
自らのコンプレックスを指摘された藤堂はこれまでに感じたことの無い悲しみに浸り、無言でその場を立ち去り、自分の席に座った。
「負けた」
「麗華様が負けた」
「あのイケメン、毒舌過ぎ、面白すぎ」
教室に居た他の生徒達は、大志の発言を高く評価した。ずっと言いたくても言えなかったことを言ってくれ、なおかつ藤堂を懲らしめてくれた彼を白馬の王子様に例えて白馬の今井様と呼ぶ者まで現れた。
この事件をきっかけに藤堂グループは亀裂が走り、彼女は求心力を失っていった。みんな内心では藤堂の、その暴君の名を欲しいままにする暴れぶりに辟易としていたのである。
嫌々ながら藤堂のグループにいた女生徒達は皆、二先生のときから新しく出来た狩川のグループに流れていくことになった。
ただ、美咲はそんな藤堂麗華を未だに恐れていた。
あれだけ面前で面子を潰されて黙っているような女ではない。そのうち強烈なしっぺ返しをしてくるに決まっている。そのとき大志がどういう行動を取るのか、注意深く見守らなくては。美咲は不安の種が一つ増えた。




