第2話
そんな五月の平日。ゴールデンウィーク明けに学内でとある情報が飛び込んできた。
それは今度学校に男子生徒の転校生が入ってくるらしいという物だった。もしそれが事実ならば、指野の学年では貴重な男子生徒となる。
女子達は早くもその男子生徒の風貌の予想に熱を上げていたが、美咲はさして興味を持たず、図書室で漫画を読み、一人妄想の世界に浸っていた。
男子高校生って、あの校庭を歩いていた男の人のことかしら?
でも、どうせ男子生徒が来ても、今の私には関係ない。
そう指野は達観し、辛い学校生活を耐え抜く決意をより強固な物にした。
「今度転校してくる男子生徒ってイケメンだといいね」
「やだ、イケメンだったらどうしよう。」
「きっと争奪戦になるよ。うちらの学年って男子いないから」
何の変哲のない女生徒達の会話が美咲の心を掻き毟った。自分には関係ないと思い込みつつも、心のどこかでは新しい転校生に興味を持っている自分がいたのである。
新しい転校生か。
一体どんな人なんだろう。
学校帰りのバスの中で、美咲は外の風景を見ながら物思いにふけっていった。
彼女の自宅から高校まではバスで一時間かかる。美咲はその時間を学業や読書、音楽鑑賞と自分の知を磨く時間にあてていた。
東京の大学に行こう。そして生まれ変わろう。美咲はそんなことを思いながら辛い高校生活を過ごしていた。
二年生になり、盟友と離れたことで孤立しがちになっていた指野美咲とは対照的に、藤堂麗華は優雅な学校生活を過ごしていた。
彼女と美咲はまさに陰と陽、太陽と月のような関係性である。
美咲と同様に長く黒い髪を持ち、それをなびかせる藤堂は学年でもトップと呼ばれる美貌を持ち、多くの女生徒から羨望の眼差しを浴びていた。
彼女の父親は鉄のまち室蘭の中でも抜群の業績を誇る企業の社長を務めており、経済的に豊かな家庭で育った。
両親も仲がよく、美貌を持った藤堂を自慢の娘として育てていた。
しかし当の本人は生まれつき心の中に闇があり、それが思春期を迎えた今、暴走著しい状態になっていた。
彼女は学校内でもっとも巨大で力のあるカーストを築き、そのボスとして君臨することで自分の自尊心を満たしていた。
自分に歯向かう者は誰であっても許さない。教師にはゴマをすり、気に入らない同級生達には鞭を振るうその姿は、まさに暴君の名に相応しい物であった。
そんな藤堂の行動に楯突いた美咲は、益々浮いた存在になっていった。
藤堂と同じクラスという不運も重なって、美咲は藤堂を恐れる他のグループ達の女生徒達にも無視されるようになっていった。
存在を否定され、美咲は藤堂一派の女性陣にすれ違いざまに肩をぶつけられたりもした。
「いった~い。一体何するの? 信じられないっ最低っ」
しかし美咲は言葉には出しても反抗はせず、藤堂にやり返すこともやめた。
そして美咲と藤堂は険悪な関係のまま日常を過ごしていた。
ある日、井上は藤堂に画鋲の大量に入った靴を履くように言われた。目の前には画鋲の入った井上の上履きが置いてあり、藤堂は
「それを履いたら友達になってあげる」
と笑顔で言ってきた。
「こんなの、履けるわけありません」
と井上が口答えしたため、藤堂は怒り、他の女生徒達に井上を掴ませ、無理やり画鋲入りの靴を履かせるように促した。そして、彼女の趣味を罵倒することにした。
サッカーをこよなく愛する藤堂は、野球好きの井上に意地悪い言葉をぶつけたのである。
「野球なんて所詮玉と棒のぶつけ合いじゃない、猥褻よ。時代はサッカーなの。あなたは時代遅れよ、品が無いわね」
これに対し、井上は即反発した。
「玉じゃなくて硬球です。棒じゃなくてバットです。野球は高度な戦略と頭脳戦が要求される知的なスポーツです。どこが猥褻なんですか。そんな浅はかな考え方をする藤堂さんこそ品が無いですよ」
これには藤堂も怒髪天状態となり、
「まあ、あなた、この私に対して、なんて、なんて生意気な口を利くの? 人の言う事を尽く否定して、許せないわ。やりなさい」
と周囲の仲間達をけしかけた。
こうして井上は無理やり画鋲の入った靴を履かされることになった。
激痛が走る足の裏に、井上は大粒の涙を流して抵抗した。その振り上げた足が藤堂の顎に当たり、事態はより悪い方に進んだ。
「痛い!よくも私の顔を蹴ったわね。もう許さない。死んで、今すぐ。」
「死ねるわけありませんっ」




