第13話
美咲の家の牧場は鉄のまち、の異名を持つ室蘭でも、数少ない牧場という事もあって、土日や行楽シーズンには観光客でごった返していた。
その人が溢れる様子を葛木率いる撮影クルーはフィルムに収めていた。
「いいわ、これはいいわ。どさんこイケメン女子高生を目指す指野美咲、高校二年生は親の牧場を手伝う優しい娘。う~ん、ドラマちっく。堪らないわ。」
一人で一方的に心を弾ませる葛木に、美咲は辟易していた。
葛木の指示でこれまで手伝ったことのないレストランのウェイトレスをしている美咲を部長は必死に撮影していた。
「あの、これってやらせじゃないですか?」
「何を言ってるの、演出よ、演出」
鼻息を荒くしてそう言い切る葛木は、美咲の父親のいる牛舎へと向かおうとした。
「あっちょっと。どこに行くんですか、先輩」
「あなたのお父さんを撮影するのよ。」
「もうちょっと私を撮って下さいよ」
「牧場でのあなたはもう撮りつくしたの。ささ、お父様に突撃よ。いくわよ、麦」
葛木は正に猪突猛進という言葉がしっくりくる女性であった。
思い立ったら即行動。
そのフットワークの軽さに笹野や他の部員達もてんてこまいである。
美咲達をおいて撮影クルー達と牛舎に乗り込んできた葛木に、猛は目を丸くした。
「初めまして、室蘭西高校三年、映画研究会の部長をしています。葛木吹雪と申します。本日は指野美咲さんのお父様の取材に来ました」
「ああ、ご丁寧にどうも」
「カメラを回しても大丈夫ですか」
「ええ、企業秘密に関わる物は無いのでかまいませんよ」
猛の同意を得た葛木は、さっそく働く猛の撮影をクルー達に始めさせた。
「娘さんが北海道一番の女子高生をめざしていることについてはどのようにお考えですか?」
「正直芸能界に入るのはあまり歓迎してないんですけどね。でもこれまで自分の意思を主張したことのない娘が初めて自分の意思で行動を起こしたんです。親としては不安ですが見守ってあげようと思ってますよ」
「正直娘さんは一番になれると思いますか」
「ウチの娘は親の思い込みかも知れませんが、気立てが良くて素直な優しい娘です。その優しさと博愛精神が多くの人に伝われば、きっと北海道一位になれますよ」
「そうですか、お忙しい中お時間を頂きありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ。良い映画を撮って下さいね。」
「勿論です。娘さんの晴れ舞台をこのカメラにバッチリ収めてみせますよ」
そう言って胸を叩く葛木は、全身に自信が漲っていた。一体その自信はどこから湧いてくるのかは定かではないが、葛木の前向きな性格は美咲にも大きな影響を与えつつあった。
私も葛木先輩のように自分の欲望に忠実に生きられたら人生はどんなに楽しいだろう。そんな事を考えながら、美咲はレストランでの接客業に忙殺されていた。
そんな中、狩川が美咲の様子を伺いに彼女の牧場にやって来ていた。新聞部の取材もかねての事であったが、一番の目的は牧場を楽しむことであった。
さっそく彼女は広い牧場のどこかにいる美咲を探し始めた。きっと親のお手伝いをしているだろうと推測できたので、あえて連絡はしなかった。
観光客で賑わう牧場を練り歩く狩川は、人々の姿を写真に収めていった。途中で葛木と合流し、美咲がレストランで働いていることを知った彼女は小腹も空いていたのでそちらに向かうことにした。
店内に入ると慌しく接客業に没頭している美咲の姿が視界に入った。
「いらっしゃいませー・・・って、亜美奈」
「よ、美咲ち。来ちゃった」
「来ちゃった、じゃないよ。今私凄く忙しいの、話してる時間無いから後にしてね」
「了解、私は只のお客様になります」
「ではカウンター席へどうぞ」
美咲は無愛想にそう言うと、カウンター席を指差した。狩川は美咲に言われるまま、素直にそれに応じた。
狩川の席にメニュー表を置いたタイミングで、大志が店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
「よお、やってるな」
「あっ大志。やってるな、じゃないわよ。今とてつもなく忙しいの。冷やかしなら止めて頂戴。」
「冷やかしじゃねえよ、心配で見に来たんだ」
大志はそういうと、美咲のウエイトレス姿を下から舐めるような目線で見上げた。水玉の上下に短いスカートからはスマートで色っぽい足が伸びている。
「もう何よ、その目線。いやらしいわね」
「あはは、いや、なかなか似合ってるなと思ってさ」
「お客じゃないなら帰ってくれる? 今とっても忙しいの」
「じゃあお客さんになるわ、ソフトクリーム一つ」
「はい、カウンター席へどうぞ」
美咲はぶっきらぼうに大志をカウンター席に誘導した。
「おい、もっと愛想良くしろよ」
「あなたにはこれで充分でしょ」
「ったくもう」
今井はふてくされた調子でカウンター席に座った。
すると今度はカメラクルーを従えた葛木達が店内に戻ってきた。美咲は飽き飽きした表情で葛木達を迎え入れた。
「撮影に来たわよ」
「今忙しいんですけど」
「気にしないで、あなたの邪魔をするつもりはないから」
「はあ」
「日本一カッコいい女子高生は親の家業の手伝いをする優しい娘。そういう絵が欲しい訳、おわかり?」
「はあ」
「台詞はいらないわ。いつも通りの接客でかまわないわよ」
いつも通りと言われても、ここで接客をするのは美咲にとっては今日が初めてなのである。もちろん普段から接客の様子を見て覚えてはいるが、はっきり言えば室内を上手く立ち回れる自信は無い。
美咲はカメラが回る中、接客に奔走した。六番テーブルに実家の牛の肉を使った自家製ハンバーグ定食を運び、八番テーブルに店での評判の良い自家製ソフトクリームを三つ運んだ。更に三番テーブルにはジンギスカンの準備をする。
初めての接客の割には美咲は持ち前のバイタリティでそつなくこなしていた。
「ああ、いいわ。素敵よ、素敵だわ、指野さん。これは実に良い絵が撮れたわよ。もう、最高」
一方的に興奮し、鼻息を荒くする葛木達撮影クルーを横目で見ながら、美咲は絶え間なくやってくるお客さんに忙殺された。
それから暫くの時間が経過して店内が落ち着きを保ち始めた頃、一人のお客さんがやってきた。
「いらっしゃいま」
店内に入ってきたお客様に挨拶をしようとした美咲の口が止まった。
店にやってきた相手は美咲の母親の照子だったのである。
「美咲、元気だった?」
優しい笑みを浮かべてそう尋ねる照子に、美咲は思わずトレイを落としてしまった。
「なんでここに来たの」
「あなた達の顔が見たくって」
「馬鹿なこと言わないで、私を捨てたくせに!!」
美咲は腹の底から大声を出した。店内は騒然とした空気に包まれた。店内にいた狩川と大志は美咲の方に視線を向ける。
その様子を撮影していた葛木は、
「撮影を止めなさいっ」
とカメラを回していた笹野達撮影クルーを一喝した。
「こんなシーンを撮るのは無粋よ」
クルー達にそう促し、撮影は中断となった。
「そんな大声出さないで。落ち着いて話しましょう」
「あなたなんかと話すことは何もないわ。帰ってよ。帰って!」
これまで誰にも見せたことがないような怒りの形相で美咲は照子に近づいていき、そして母親の左肩を右手で強く押した。その力強さに、照子は思わず尻餅を付いてしまった。
「早く帰って、早くっ」
倒れこむ照子を見下ろしながら、美咲は言った。
「美咲、何してるんだ」
「どうしちゃったの、美咲ち」
大志と狩川が自分の席から立ち上がり、美咲の傍に駆け寄ってきた。
「どうもこうもしないわよ。私を捨てた毒親がここにやって来ただけっ」
「毒親??」
大志は美咲の母の方に視線を向けた。照子は年齢を感じさせないような美しさを持った女性だった。
「ほほう」
「美咲、ごめんなさい。どうしてもあなたの顔が見たくなって」
「馬鹿言わないで。あんたなんか、親じゃないっ今すぐ帰ってよっ」
「わかったわ、帰る。帰るから、最後にお父さんと話をさせて」
「何言ってるのよ、お父さんには絶対会わせないからっ」
美咲は鬼のような形相で照子を睨みつける。そして大志達が聞いたことも無いような金切り声を上げ続けた。
「美咲、ちょっと落ち着け」
「落ち着けるわけないでしょ。こんな奴、死ねばいいのよ」
美咲の手を掴む大志の腕を振り払って、美咲は照子を指差した。
「美咲ち、たった一人の母親でしょう。話ぐらい聞いてあげようよ」
「あなた達もこの女の味方をするつもりなの? 話を聞く? ふざけたこと言わないで。こんなペテン師の言う事なんか、聞くだけ無駄よ」
「お前はそのペテン師の腹から生まれてきたんだぞ」
大志の言葉を聞いた美咲は、口を歪みがちな真一文字にし、そしてレストランから飛び出していった。
「あっ、美咲ち」
「やれやれ」
大志は困ったような表情を見せ、頭を掻いた。狩川もいつになく真剣な面持ちで虚空を見つめることしかできなかった。
「あなた達、美咲のお友達?」
二人の様子を見た照子が立ち上がって話しかけてきた。
「ええ、そうですけど」
と、狩川が応答する。
「そう、よかった。あの子には友達がいるのね。ちっちゃい頃は友達が出来なくてよく一人で泣いてたわ。でも今は一人じゃないのね。ちょっと安心したわ。」
照子は心の底から安堵の表情を浮かべ、息を吐いた。その表情はモナリザを想起させるほどに美しかった。
「それより、何の用でこちらにいらしたんですか」
近くにいた葛木が歩いてきて照子に接近していった。
「あなたは?」
「失礼。私は葛木吹雪と申します。美咲さんの学校の先輩で、映画研究会の部長をやっているんです。今は彼女がどさんこイケメン女子高生コンテストに応募したので、その過程を密着撮影しているところです」
「まあ、美咲が」
照子は驚いた様子で口に両手をあてた。
「家族の問題に立ち入るのは無作法だと思いますので私からは何も言いませんが、彼女のお父さんなら牛舎にいるはずです。」
「そう、教えてくれてありがとう、葛木さん」
「いえ、どう致しまして」
美咲達の諍いを聞いていた店内の従業員やお客さんは、喧騒の中に身を置いていた。
「一体なんなんだ」
「お母さんが何だかんだって」
「ちょっと怖いな、この店」
「美咲お嬢様、大丈夫でしょうか」
「そんなことより、仕事だ、仕事。お嬢様が抜けた分、接客に頑張ってもらうぞ」
料理長が残されたスタッフに激を飛ばして、レストラン店内は平穏と忙しさを取り戻した。
「じゃあ、私はこれで」
照子は大志達に挨拶すると、美しい笑顔を見せてレストランから去っていった。
「なかなか綺麗な人じゃないか」
「もう、大志ったら。そんなことより美咲が心配だよ」
「狩川はここに残ってろ、俺が探してくる。そんな遠くには行っていないはずだ」
「わかった、気をつけてね」
「おうよ」
大志は狩川の背中をポンと軽く叩くと、レストランを走って出て行った。残された狩川は美咲の代わりに接客業を急遽引き受けることにした。
「私が美咲ちの代わりに接客します。」
「おおありがたい、ぜひ頼むよ」
「どう致しまして」
「母親か・・・」
葛木は切なそうな表情で立ち去っていった者達の出て行ったレストランの入り口を見つめていた。
美咲は馬を放牧している広場の近くの巨木を背にして座り、瞳にはうっすらと涙を浮かべていた。
美咲の下にやってきた大志は、彼女に声をかけず、そっと隣に座った。
「ごめんなさい。嫌なとこ見せちゃったよね」
「気にするな。俺もお前だったら同じ行動を取っていたかもしれないしな」
「そんなことないわよ、大志は冷静だもん」
「親は別だよ。親って奴は時に子供の心を無自覚に苦しめるもんだ。俺にも経験がある」
「どんな経験か聞いてもいい?」
「駄目~」
「もう、意地悪」
美咲はようやく少しだけ笑みを見せた。それを確認した大志は安堵し、彼女の肩に手を回した。
「きゃ、ちょっと大志」
「いいから、今はこうしてようぜ」
大志の強引な行動に、美咲の心は大きくときめいた。そして美咲はゆっくりと右側頭部を大志の肩に置いた。
暫くの間、二人は沈黙していた。周囲には馬の走る蹄の音と風の音が舞い散っていた。お客さんは少数で、美咲達の行動を見る者はいなかった。
しかし、そこに葛木達撮影クルーが現れ、美咲達を撮影し始めた。
「いいわよいいわよお二人さん。これはドラマよ、ドラマだわ。ああんもう、胸がキュンキュンしてきたーーー」
一方的に興奮する葛木を見つけた大志は、それでも手を回すのを止めなかった。むしろ逆に強く回した。
ところが美咲が葛木達撮影クルーに気が付いて、起き上がって身なりを整え始めた。
「ああんもう指野さん、もっとイチャイチャしなさい」
「一体何撮ってるんですか」
「少しづつ盛り上がっていく二人の恋の行方よ。正に恋愛リアリティーショーね」
「何がリアリティーショーですか、全くもう」
美咲は葛木達撮影クルーに大いに抗議したが、その様子を巨木に座っていた大志は笑いながら眺めていた。
一方、牛舎にいた猛の下に、照子がやってきた。彼女が視界に入った途端、猛の作業の手が止まった。
「照子・・・」
「ひさしぶりね、あなた」
「一体どういう風の吹き回しだ、突然帰ってくるなんて」
「帰ってきたわけじゃない。あなた達の顔が見たくなっただけ」
「そうか、それならいいが、美咲が怒るだろうから早く帰ってくれないか」
「美咲にならもう会った。あなたの言うとおり怒られたわ。歓迎されなかった。当然よね、あの子を捨てたも同然だもの。でも許斐にはまだ会っていない。あの子の顔も見たいわ」
「一体どうして牧場なんかに来たんだ」
「あなたにどうしても話しておきたいことがあって」
「話したいこと」
「あたし、あれから腎不全になって人工透析を受けることになったの。そうしたら、腎臓にガンが見つかって・・・」
「ガンだって!?」
猛は驚きの声を上げて、作業を中断して京子の傍に駆け寄った。
「本当なのか、お前」
「本当よ。あなたはかつて私が愛した人だから話した。でもガンになったことは美咲達には言わないで。」
「そんな、嘘だろ。照子・・・」
猛は酷くショックを受けた表情でその場に倒れこみそうになる自分を必死に律した。
「あと、何年生きられるんだ」
「約5年、生きられれば上出来みたい」
「まだ、少し時間はあるな」
「手術をすれば、もっと長く生きられる可能性もある。だから、私は手術にかけるつもりなの。その決心をつけるために今日ここに来たのよ」
「そうか、そうだったのか」
猛は納得したように何度もうなづいた。
「あなたには、本当に酷い事をしたわね。ごめんなさいなんて言葉じゃ言い表せないぐらいだけど、本当にごめんなさい。美咲と許斐を本当は引き取りたかったけど、裁判所の命令じゃしょうがないものね。」
「ああ、そうだな。お前があの二人を引き取るべきだった。俺も決して良い父親というわけでは無いからな」
「あら、あなたは立派な父親よ。働きながら、子育ても抜かりなくやっているじゃない」
「美咲のおかげだよ。あの子がよく手伝ってくれるから上手く行ってるんだ。あの娘は、お前に似て冷静だし、器量がいい。」
「そうね、あの子は器量は良いわね。でもちょっと短気ね。私が来たら、歓迎されなかったわ」
「美咲は何て言った」
「何も。一方的に拒絶されて、話も出来なかった。まあしょうがないわね、忙しそうだったし。あの子は私を恨んでいるから」
「そんなことはないよ。心の奥底ではお前を気にかけてるはずさ」
「そうかしら」
「そうだよ」
猛は照子の両肩を掴んだ。そして瞳にうっすらと涙を浮かべて、
「やっぱりお前は美人だな。お前と一度でも結婚出来て、俺は幸せ者だよ」
「猛、ありがとう」
「今日はもう遅いから、家に泊まっていけ。美咲達は俺が説得するから」
「わかったわ」




