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なんてことだ。
まったく理解が追いつかない。
豊原と玉野がここぞとばかりに正義感を振りかざして俺にちょっかいを出してくることは予想していた。
鳴海の前で俺を断罪することで良いアピールに繋がると小賢しく考えるに違いないと想定していて、案の定これ見よがしに肩を怒らせて絡んできた。
綿摘が親身に接してきたのは少し予想外ではあった。
だがそれも、どうせ遠回しな波瑠へのアプローチを兼ねての行動だろう。
人伝に「やっぱり綿摘くんは頼りになる」みたいに広まる影響力を知っているのだ。そんな魂胆が透けて見えるようで我慢ならなかった。
しかし、そんなことはすべて捨て置いて構わないことだ。
なにより一番、俺の予想をありえない方向で裏切ってきたのは、まさかの鳴海だった。
今朝アパートを出る前にきちんと言ってやったのになんてことをしてくれたんだ。
俺と鳴海のありもしない噂を消し去り、すべてが誤解だったと全員に思い込ませる完璧な作戦だったのだ。
それなのに丸ごと全部台無しにしやがった。そのうえ鳴海自身が最も嫌がっていた、俺と兄妹になった秘密を自ら暴露する始末。
あまりに突拍子もない鳴海の暴走に理解が追い付かず、追い付かないながらも頭をフル回転させて別の打開策を捻り出そうとしたが無理だった。
仕切り直しといえば聞こえは良いが、ひとまず捨て台詞と共に教室を飛び出して時間を稼ぐしかなかった。
だからといって飛び出したことが得策だったとは到底思えず、今この瞬間もどこに向かうでもなく校内の人気のない場所を目指して闇雲に走り続けている。
「待って! ねえ、待ってよっ!」
屋上へと続く階段の踊り場で、背後から響いた声に呼び止められる。
振り返った俺の目に、よほど全力疾走してきたのだろう肩で息をしながら悲愴な面持ちを携えた鳴海の姿が映った。
「なにしてんだよお前……」
「なんで、あんなこと言ったの? あれじゃ、アンタだけが悪者になるじゃない」
あんなこと、要するに鳴海を脅迫していたという演技のことだ。
まったくもって愚問だ。
「あのな、黙っていたがそういう作戦だったんだ。お前、演技なんて出来ないだろ? だからわざとお前を怒らせて、俺たちが付き合ってるなんて噂そのものを上書きしてやるシナリオだったんだ。案の定うまくいってただろ? なのに、せっかくうまくいきかけてたのに、お前こそ自分が何を口走ったかわかってんのか……?」
「知ってる。昨日、非常階段で真潮と波瑠ちんが話してるの、聞いちゃったから」
「あそこにいたのかよ? あんなカビ臭えところ誰も来ねえと思ったのに……」
息を切らせながら答えた鳴海の言葉に顔を覆いたくなった。
波瑠がしつこく話がしたいってLINEを送りつけてくるから仕方なく居場所を教えて密会したせいで、一番聞かれてはいけない鳴海に聞かれてしまうだなんて。迂闊だった。
今だってそうだが、よりにもよって俺のことを真潮、真潮と何度も下の名前で呼びやがって。
俺がたった一回、幸帆と呼んだ時には渾身のビンタをかましてきたくせに。
まあ、あれは怒らせるためにわざと呼んだのだから、あのビンタは最適解だったんだが。
「こっそり隠れて、聞いた。けど……、わかっ、んない、わかんないよ!」
「……落ち着いて息を整えろ。いいか? 波瑠との話を聞いてたならなおさらだ。今朝も言ったが、黙ってさえいればお前は被害者としてみんなから庇護対象になれたんだ。そのうえ明日にはお母さんが帰ってくるんだから、後はアパートから出て行ってしまえば元通りの日常が待っているって寸法だったんだぞ? 全部うまい具合に転がっていたのに、なんで自分で秘密を暴露して俺の作戦を無駄にしてんだよ?」
「わかんないっ!」
語尾に被さるくらいの即答で返される。
形の良い眉を歪めて沈痛な面持ちを浮かべてはいるが、ろくに考えもせず空返事しているように見えてしまう。
「だからな? 落ち着いて聞け。つまりだな、お前のお願いを――」
「そんなお願いしてないっ!」
「いや、しただろ? なにもかもなかったことにして元に戻してって――」
「だからって真潮があんな目に遭ってもいいなんて言ってないっ!!」
いちいち言葉尻を遮られ、紡ぐべき次の言葉に詰まってしまう。
あんな目に遭ってもいいなんて言っていないからなんだというのだ。
どのみち全部を選ぶことなんて出来ないのだ。あちらを立てればこちらが立たなくなるのは世の常だ。
それを理解した上で俺は、鳴海を立てることにしたのだ。
その結果、自分が泥沼にはまり込んで抜け出せなくなることも、取り返しが付かなくなることもわかったうえで。
恩着せがましくなるから黙っているが、それだけの覚悟を持ってお願いを叶えようとしたのだ。
「……とにかく、今すぐ教室に戻ってさっき叫んだことを全部否定しろ。……そうだ、思い付いたぞ。さっきの庇ったりしたのも全部、俺にそう言えって命令されて従うしかなかったってことにしよう。それがいい、いやそれしかない」
場当たり的ではあったがなかなか冴えた思い付きに興奮を覚えてしまう。
それなのに聞いているのかいないのか、鳴海はぎゅっと目を閉じてぶんぶん首を横に振る。
「ちゃんと聞け。いいか、まだ間に合う。いや、間に合わせる。……そうだな、少ししてから俺が戻って、……そうだ、もう一回お前を脅すみたいに何か文句言うから、昨日みたいにまたビンタしろ」
付け焼き刃な作戦とも呼べない思い付きを切れ切れに伝えるが、具体的に口にすればするほど、ぼろぼろと音を立ててメッキが剥がれ落ちるようだった。
しかも鳴海は説明を聞いているのか、首がもげそうなほどの勢いでぶんぶん横に振り続けている。
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