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俯けていた顔をゆっくりと持ち上げて綿摘くんとまっすぐに視線を合わせた真潮は、何かの前置きみたいに一つ大きく息を吐いてみせると、
「うるせえ。お前には関係ないだろ。偉そうにしゃしゃり出てくんな」
これでもかと言わんばかりの勢いで肩に置かれた綿摘くんの手を乱雑に払い除け、低く唸る獣じみた声で鋭く睨み付けた。
そんな凄みを利かせた真潮の態度がさすがに目に余ったのだろう、
「――おいお前っ! 調子乗ってんじゃねえぞ!?」
手を払い除けられた綿摘くんを押しやって、おどけて見せたばかりの豊原くんが声を荒げて真潮の胸ぐらに掴みかかった。
覆い被さる勢いで猛然と掴みかかった豊原くんに抵抗した真潮は、勢い付いたまま机もろとも激しい音を立てて床に倒れる。
途端に教室内の女子たちから細い悲鳴がこだまする。
「よせ豊原っ、離すんだっ」
「止めんな、こういうクズ野郎は一発殴らなきゃ自分の立場が理解できねえんだっ!」
揉み合って倒れた真潮は床に組み伏せられ、力任せに馬乗りになって押さえつける豊原くんの身体を綿摘くんが羽交い締めにして辛うじて止めている。
ほんの一瞬、弛緩したように感じた教室内は見る影もないほど騒然となった。
目の前で繰り広げられるとても直視しがたい状況が、とても現実の出来事とは思えなくて貧血で倒れるときみたいに目が眩んでしまう。
「もう、なんなの仁井谷……」
「マジ最悪なんだけど」
「なんでのうのうと学校来れるわけ? 信じらんない」
わたしを取り囲む女子たちが口々に、包み隠す気さえなく非難の言葉を思うがままに吐き出す。
まるで、この世全ての誹謗中傷が真潮ただ一人に注ぎ込まれているみたいで、途方もない絶望感に膝から力が抜けてしまいそうになる。
たったの一日あまりでここまでひどい惨状となってしまうのか。
こんなのは、もはや地獄だ。
けれどこの地獄は、すべて真潮が自らの意思で行った演技の結果なのだ。
ほかならぬ真潮自身が言っていたのだ。
これでわたしとの噂がかき消されて、ママが無事に帰ってきてあの六畳二間を後にすれば元の平穏な生活が取り戻せると。
そうしろと、真潮本人が口にしたのだ。
わたしと真潮の間に噂されるような関係なんてなかったと、それどころかわたしは脅されていた被害者なのだと、わざわざ真潮が自らの意思で演じてわたしにあの部屋から出て行けとはっきり言ったのだ。
甘んじて真潮の意思を受け入れて何が悪いというのだろう。
まさに今、眼前で繰り広げられている目を背けたくなるような現実から、文字通り目を背けて固く閉じていればすべてが勝手に片付いてくれるのだ。
でも、この目を背けたい現実は全部わたしのためなのだ。
わたしの無茶な要求を叶えようとして起こっている、あまりにも残酷すぎる結果なのだ。
――他の誰でもない、わたしが望んでしまったからだ。
「もうやめてっ!」
女子たちの垣根を掻き分けながら押し退けて、わたしは声を張り上げる。
ただひたすら黙って目を背けていれば被害者でいられたのに。
騒然としていた教室内がわたしの悲鳴じみた大声を受けて静まり返り、皆の視線が一斉に注がれる。
そんな視線になど構うことなく、真潮に馬乗りになって組み伏せていた豊原くんの肩を掴んでありったけの力で引き剥がし、目一杯に両手を広げて真潮を背に庇う。
「お願い、もうやめてっ! みんな誤解してるの、全部違うのっ!」
いったいどうしたら見ないふりなんて出来るというのか。
「お、おい、お前なにやって――」
わたし今、いったいどんな顔してるんだろう?
とにかく頬と口元が強張って、ちょっとでも気を抜くと言葉がすぐに喉に引っかかりそうだった。
だから、後ろで真潮が何か言いかけているけれど待ってなんていられない。
「嘘なの、わたしの弱みを握られてるとか、脅迫とか、ぜんぜん違うのっ! そういう、おかしなことじゃないのっ! とにかく違うのっ!」
自分が口にしている言葉を反芻する余裕なんてあるはずもなく、ちっともまとまりきらずにちぐはぐな単語の羅列を思い付く端から吐き出していく。
「いや、待て、おい――」
「みんなにバレるのが嫌だっただけなの! それを守ろうとしてただけなの!」
「ちょっと本当に待て、お前なに言ってるん――」
背後からしきりに言葉を差し挟もうとしてくる真潮にぐるりと振り返り、
「真潮とわたしは、兄妹になったの。それをみんなに知られたくなかっただけなの。わたしと真潮が付き合ってるとか、全部ぜんぶ、違うの。それを、わたしがバレたくないって言ったから、どうにかしてって無茶なこと言ったから、真潮は守ろうとしただけなのっ!」
ひと思いに捲し立てたわたしの絶叫にクラスメイト全員が一様に言葉を失っていた。
「ば――、えっ、は? はぁ? な、なに言ってんだよお前? ……ち、違う違う、きょ、兄妹って、なに言って、……違う、ぜんぜん違うからな?」
真潮がしきりに瞬きを繰り返しながら唖然とした顔で切れ切れに否定を並べる。
普段ならきっと、そうやって時間を稼ぎつつ次の一手のために考えを巡らせて最適な言葉を導き出すのだろう。
けれど、わたしが全てをぶちまけてしまったせいで、その場凌ぎにもならない否定を繰り返すことしか出来ないでいた。
こうしている今も、頭の中の引き出しを片っ端から引っかき回して次の言葉を探しているに違いない。
「……ね、もう、いいよ。こんなこともう止めてよ――」
「え、っと、その……、お、お前いったい何を言い出してんだっ? と、とにかく違う、ぜんぜん違うからな? なに見てんだ、これは違うからなっ! ふざけんなよっ!?」
わたしを手のひらで遮って、遮ったものの状況を打破する一言さえ思い浮かばないのだろう、真潮は苦し紛れにクラス中から注がれる視線に向かってキレのない悪態を吐く。
唇を摘まむようにしきりに触れながらふらふらと立ち上がり、注がれる視線に耐えきれなくなったのか背を向けるなり教室を飛び出して行ってしまう。
「待ってよ!」
ここまで涼しい顔で演技を続けていたとは思えないほど、見苦しい否定と無様な捨て台詞を残して逃げ出した後ろ姿を追ってわたしも教室を飛び出した。
きっと教室内では混乱が渦巻くのだろう。
だけど後のことなんて知るもんか。
もうすべてぶちまけてやったんだ、いまさらどんな噂が広がろうが構うもんか。
絶対に真潮に追いついてはっきり問い質してやるんだ!
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