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 なんなのよアイツ、なにを言うつもりだったの?


 いいえ、そもそも何のつもりだったの?


 すぐに頭に血が上って怒りに我を忘れてしまうのは自分の悪い癖だと自覚していた。


 それなのに、いきなり秘密をバラすなんて凄んできた真潮(ましお)のことをほとんど条件反射で引っ叩いていた。自分の手首が折れて砕けそうなほどの勢いで。


 あとはもう、押し流されるみたいに事態が急展開していった。


 いつからそこにいたのか、波瑠(はる)ちんが発した脅迫だなんて大袈裟な単語を、(まどか)がわざわざ念を押すみたいに繰り返したせいで見る間に一人歩きしていった。


 一人歩きなんてのはただの喩えでもはや全力疾走くらいの早さだった。


 ホームルーム前の出来事だったのに一限目が終わる頃にはグループLINEで学年中に共有されて駆け巡っていた。それくらい真潮の取った行動は、あまりに狂人じみていて常軌を逸していた。


 ――鳴海(なるみ)幸帆(ゆきほ)を弱みで脅迫して恋人のフリをさせていた仁井谷(にいや)真潮。


 そんな安っぽい週刊誌の見出しみたいな肩書きが出来上がるのに時間など必要なかった。


 図らずも勘違いとはいえわたしが真潮のことを一方的にフッていたことが、あまりに異質な噂の信憑性を高める結果とさえなっていた。


 鳴海幸帆にフラれた腹いせに経緯は不明だが何らかの弱みを握った仁井谷真潮は、バラされたくなければ恋人になれと脅迫していたらしい。


 瞬く間に広がったその噂の隅から隅まで、むしろ最初からそうなるための布石が緻密に配置されていたみたいに誰一人として疑うことはなかった。


 わたしにフラれた時にも無謀な告白に踏み切った陰キャとして一躍時の人となっていたが、それさえも今回の噂を広める地ならしだったと思える結果となった。


 けれど、そんなことはどうでもいい。


 いま重要なのは、何のつもりか知らないが秘密をバラそうとしたことだ。


 わたしたちが兄妹になってしまったこと。一緒に生活する羽目になったこと。どれのことかはわからないけれど、わたしの秘密をバラそうとしたその事実だけは絶対に許せない。


 ふつふつと湧き上がっていつまでも治まらない怒りで悶々としていたわたしとは対照的に、同じ教室内の真潮は涼しい顔をして自分の席でいつも通りにスマホを凝視していた。


 クラス中から一定の距離を取られて警戒されている異様な雰囲気に気が付いていないわけがないはずなのに、その後ろ姿だけは拍子抜けするくらい普段通り過ぎてむしろ異彩を放って見えた。


 クラスの女子たちから過剰なくらい真潮との接触を庇われながら過ごしているうちに、気が付けば午前中の授業は終わり昼休憩になった。


 今朝は真潮を徹底的に無視して出掛けてしまい、お弁当がないため購買か学食にするしかない。

 どちらも普段ほとんど使わないせいで勝手がわからず物怖じしてしまう。


 気分を変えようとトイレで念入りに手を洗い、鏡の中の自分を渋い表情で見つめてどうしようかと考えながら廊下に出たところ、早足に通り過ぎていく波瑠ちんの後ろ姿を見つけた。


 ずっと頭の片隅に引っかかっていたのだけど、そもそも今朝の現場であるわたしたちの教室にどうして隣のクラスの波瑠ちんがいたのだろうか。


 あんなに仲良さそうに接していた真潮に対して、『脅迫』などと言いだしたことも聞けずじまいだった。


 ちょうど昼休憩だし波瑠ちんを誘って学食で話を聞いてみよう。

 愚痴を聞いてくれてお昼を付き合ってくれる相手なら誰でも良かったのだが、せっかくなのでどこかに向かって廊下を歩く波瑠ちんを追うことにした。


 迷いのない足取りで歩く波瑠ちんはどんどん人気のない方へと向かい、やがて校舎裏へと回り込んで外壁に面した普段は使われていない非常階段を昇っていった。


 非常時以外に生徒が近寄ることのないこんな場所に何の用だろうと忍び足で階段を昇ってみると、昇りきった踊り場から話し声が聞こえてきた。


「もう、こんなところに隠れて……、何してるのよ仁井(にい)さん……」

「教室じゃ落ち着いて弁当も食えないからな」

 波瑠ちんの呆れたような声に続いて聞こえてきたのは、聞き間違えるはずもない真潮の声だった。


 慌てて壁に背中を付けてとっさに身を隠してしまい、そんなつもりはなかったのに立ち聞きする恰好となってしまった。


「落ち着いて食べられなくなるようなことするからでしょ……」

「それで、鳴海には弁当届けてくれたか?」

「教室に行ったらもう幸帆ちゃんいなかったから机の中に入れておいたわ」

「うーん……、まあ仕方ねえな。怒りにまかせて弁当箱ごと捨てたりしなきゃいいが」

「さすがにそこまでは……、たぶん……」

 声だけでも語尾を濁して返答に困っている波瑠ちんの顔が想像できた。


 けれど、そんなこと以上に二人が交わしている会話の意味がわからなかった。


 わたしが受け取らなかったお弁当を波瑠ちんが席まで届けてくれたらしい。ダサい柄のハンカチに包まれたお弁当を思い浮かべる。


 いったいどうして?


 今朝の一件で脅迫してるとまで言ってのけた真潮からわたしのお弁当を受け取って届けてくれたの? 


 いったいいつの間に?


 いいえそもそも、どうしてあんなことがあったのに二人は普通に接しているのよ……?


 完全に虚を突かれてまるで状況が掴めないまま、わたしは身を固くして二人の会話に耳をそばだてる。


「ねえ、仁井さん。口止めされたけど、私やっぱり幸帆ちゃんにきちんと説明したいわ」

「しなくていい。いや、するな。鳴海は知らないままの方が都合が良いんだ」

「……じゃあ全部じゃなくて部分的にでも」

「部分的に掻い摘まんで説明する方が難しいだろ。それに、俺と鳴海が親の再婚で兄妹になったってことを波瑠に喋っちまったって部分でまたビンタが飛んできそうだ」

「それは結果的に話が繋がっただけで……、まさか再婚相手が幸帆ちゃんのお母さんとは思わなかったけれど、それだって昨日の仁井さんからのLINEで知ったんだから……」

 冗談めかしてビンタなんて口にした真潮に取り合うことなく、波瑠ちんは淀みのない淡々とした口調を続けた。


 どうやら真潮は波瑠ちんに秘密を話したらしい。


 もっと怒りが湧き上がるかと思ったけれど、どうにも二人の交わす会話が腑に落ちず感情がうまく定まらない。






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