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ともすれば先ほど俺が机を叩き付けた音よりも盛大に響き渡っていた。
完全に振り抜ききった渾身の一撃を身構えることも出来ずにまともに食らい、バランスを崩しながらも膝に力を込めて辛うじて持ち堪えた。
正直、片膝を付きそうなくらい脳が揺れて耳の奥がビリビリ疼いて痺れていた。
「……最低。ほんっと、最低」
怒りと呆れと軽蔑をない交ぜにした鳴海の呟きが泥のように俺の鼓膜へと流れ込んでくる。
「ええ? ちょっとどういうことなの? 幸帆ちゃんもしかして、……なにか弱みでも握られて脅迫されているの?」
俺に押し退けられてからずっと一部始終をすぐ側で目の当たりにしていた波瑠が、俯いたまま怒りに肩を震わせる鳴海を守るように抱き竦める。
「えっ、なに……?」
「仁井谷が鳴海さんのこと呼び捨てにして……」
「どういうこと? キョウハクって、どういう意味……?」
その脅迫などという、あまりに場違いすぎる不穏当な単語の響きが教室内を駆け抜け、ここまで呆気にとられて静まり返っていたクラスメイトたちがざわつき始めた。
「ちょっと何ごとー? えっと……、幸帆、脅迫されてるってつまり、脅されてるってことでしょ? なにそれ、どゆこと……?」
磯浦円が鳴海に近寄りながら、波瑠が口にした物々しい言葉をわざわざ強調して繰り返す。
おかげでやっと理解の追い付いてきたクラスメイトたちのざわつきに拍車がかかった。
「……え、痴話げんか、じゃない、よね?」
「仁井谷が鳴海さんの弱みに付け込んで脅迫してたって……?」
「よく二人でいたのも脅してたってことなの……?」
もはや歯止めなど一切きかない勢いであらゆる憶測が飛び交いはじめた。
これならば、クラスの女子の弱みにつけ込んで脅していたクズ中のクズという噂が轟くのは時間の問題だろう。
あまりにも狙った通り、いや想定以上の流れとなったことに他ならぬ俺自身が一番驚きを隠せなかった。
鳴海はお願いを叶えてと言った。時間を戻してなかったことにして、と。
当たり前だが、時間を戻すことなんて出来ないし、なにもかもなかったことにして元に戻すことだって出来るわけがない。
けれど、どんなに面白おかしい噂であろうと、それ以上の衝撃で上書きしてやることは出来る。
となればあとは簡単だ。より衝撃的で燃え上がりやすい噂の火種を用意すればいい。
本来まるで無関係なのに自分は正義だと信じ込み、間違っていないことを免罪符に叩きやすい悪者を集団で吊し上げる。
そんな、集団心理から生まれる過剰に歪んだ正義感の炎におあつらえ向きな油を注いでやったのだ。
「……おいマジかよ仁井谷? お前、やっていいことと悪いことがあるだろ?」
「大丈夫、鳴海さん? こいつマジで最低だな……」
磯浦円に続けとばかりに豊原と玉野が歩み出て鳴海と俺の間に身体を割り込ませてくる。
こいつらだったら鳴海へのポイント稼ぎを兼ねて、誰よりも率先して正義感を振りかざしてくる。
これも事前に予想していた通りの動きだ。
豊原と玉野の二人と睨み合って教室内の喧騒がピークに達しようとした頃、狙い澄ましたようにホームルームの開始を告げる予鈴が鳴りはじめた。時間ぴったりだ。
最後の仕上げに俺は、忌々しそうに表情を歪めて鳴海を一瞥しながら自分の席に戻った。
さあ、これで俺にしか出来ない解決策は全て完了だ。
これだけのお膳立てをしてやったんだ、あとは放っておいてもクラス中の興味が何やら被害者らしい鳴海を慰めることと、悪者である俺を攻撃することに傾倒していくだろう。
俺と鳴海がこっそり付き合っているだなんて噂が、実際どれくらい広まっていたのかは確かめようがない。
ただどれだけ広まっていようと、そんな薄っぺらい事実無根な噂なんて完璧に吹き飛ばす衝撃だったろう。
なにしろ脅迫だ。
大仰な態度で自分の席にどかりと座り、しくしくと鈍く痛む頬をそっとさする。
事の発端となったスイーツショップで鳴海が寄せてきた頬の柔らかさを不意に思い出してしまい、渾身のビンタを食らった今との落差に乾いた笑みが漏れてしまう。
ただの演技でしかなかった土曜日の出来事を、懐かしささえ感じながら思い返している自分の未練がましさにほとほと愛想が尽きて、さらに嘲った笑みが漏れる。
質量を感じるほど背中に突き刺さるクラス中からの蔑みの視線のせいなのか単純に引っ叩かれたせいなのか、何かを訴えるように熱をもった頬はいつまでも脈打ち続けた。
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