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綿摘と波瑠の二人を呆然と見送ってから帰宅するまでの間、鳴海は表情を隠すように俯いて歩き口を開くことはなかった。
本当は帰りに行き付けのスーパーで買い足したい物があったのだが、ろくに前も見ないでふらふら歩く鳴海が道路にはみ出したりしないか気になり諦めるしかなかった。
「……わたしたちが噂になってたなんて、アンタ知ってたの?」
「いいや。俺が知るはずないだろ」
なんとか無事に帰宅し、呆けたまま玄関で靴を脱いで足を引きずりながら部屋の中程まで進んだ鳴海がおもむろに口を開いた。
やっと顔を上げてあらわになった表情は、キツく眉根を絞り寄せて俺を見据えている。
綿摘の話した口ぶりから、噂の渦中は鳴海自身が所属している陽キャグループ内での出来事だろう。お前ら陽キャが交わす実のない話に一切興味のない俺が知っているはずがない。
「だったら誰が噂なんて……」
「前に俺とお前が教室で話してたのを見た誰かが面白がって噂したら勝手に尾ひれが付いていったってところじゃないか?」
「アンタのせいよ! アンタが教室で話しかけてくるから変な噂されたのよ!」
「またその話を蒸し返すのか? 前にも言ったが俺から話しかけてねえだろ?」
俺からの正答にあっさりと言葉に詰まった鳴海は忌々しそうに唇を噛む。
苛立ちを隠そうともせずに腕組みして、こちらを睨み付けてくる姿を視界の端に捉えながら、俺はエコバッグから買って帰った食材を取り出して冷蔵庫に収める。
「やっぱりアンタのせいよ! アンタがスーパーの特売なんかに付き合わせるから!」
おそらく苛立ちの矛先をぶつけるきっかけを探していたのだろう。エコバッグから本日の戦利品を取り出したところ、途端に息を吹き返して声を荒げた。
その反射的な口実は完全な言いがかりでしかなかった。
鳴海の子供っぽくてわがままな性格など、初対面の時から嫌というほど目の当たりにして理解しているはずだった。
頭できちんと理解しているのだから、いつものように軽い調子で聞き流せば良かった。
それなのに俺は、少しだけカチンときてしまった。
「いや待てよ、それはおかしいだろ。必要な買い物だけ済ませてさっさと帰ってれば綿摘に会うこともなかっただろ?」
これは果たして大人げない理詰めだろうか。
たらればで言い返してしまったが事実は事実だ。
買い物だけ済ませて帰宅していれば絶対に起こり得なかった事態なのだ。予定になかったスイーツショップに立ち寄ったからこそ綿摘と遭遇してしまったのだ。
「なによそれ? 元はといえばアンタがつまんない嘘吐いたせいでしょ!? それなのにわたしの方が悪いって言うの!?」
俺からの返答を開戦のゴングか何かと思い込んでいるのか、待ってましたと言わんばかりに火を吹く勢いで猛然と反論を並べ立ててくる。
「どっちが悪いって話じゃないだろ。特売の肉の説明をしなかったのは俺が悪かったが、代わりにお前のお願いを聞いてスイーツショップに行ったんだからお互い様だろ?」
「うっさい! このわたしとカップルの真似事が出来たのよ? フリとはいえハグまでしといて、それでお互い様ですって? バカ言わないでっ!!」
「傲慢にも程があるだろ……。カップルの真似事はパフェが食いたかったお前にとって必要だっただけだし、演じたくて演じたカップルじゃねえのはまさしくお互い様じぇねえか」
「わたしとカップルを演じられるだなんて、学校中の男子が争って名乗りを上げるくらいの役得なのよ! なのに、なんなのその態度? アンタの興味は特売品にしか向いてないの!?」
「あのな、当たり前だがみんながみんなお前に興味を持ってるわけじゃないんだぞ?」
前々から自信家だとは思っていたが、まさかここまでとは。
なるべく憐れみが表情に出ないように気を遣いながら諭すようにやんわりと言って聞かせる。
「うっさいうっさい! わかってるわよそんなこと!」
「本当かよ……? 売り言葉に買い言葉で返してるようにしか聞こえねえよ」
「あっ、わかったわ。波瑠ちん、波瑠ちんでしょう!」
「今度はなんだよ? いきなり話を飛ばすな……」
たいして優勢にも立てなかった攻めの手札が尽きてしまったからなのか、脈絡もなく今度は波瑠の名前を出してけしかけてくる。
「そうよ、波瑠ちんよ。……まさか波瑠ちんが抜け駆けするなんて思わなかったわ」
俺への暴言では溜飲が下がらなかったからか今度は波瑠へと難癖の的を切り替えたようだ。
「いや、違うと思うぞ? いったん冷静になれよ……」
「なにが違うっていうのよ?」
「波瑠は抜け駆けなんてしてねえよ。見りゃわかるだろ……」
「ほんっとに否定ばっかりしてなんなの!? なにもかも全部見透かしたみたいな顔してアンタになにがわかるっていうのよ偉そうにっ!!」
「偉そうもなにも、交流会の買い出しに綿摘が誘ったって言ってただろ? それに否定しているんじゃなくて、お前が間違ったことを言ってるから訂正してるだけだ」
どれだけ理路整然と取り合ったところで気は済まないのだろう。せめて鳴海のペースに飲まれないように淡々と事実だけを口にする。
「なんで波瑠ちんの肩ばっかり持つのよ!? わたしのことは否定ばかりするくせに!」
床を踏み抜きそうな勢いで正しく文字通りに地団駄を踏む。
そうやっている姿だけは小さな子供にしか見えないのに、実際は分別のあるべき年齢なのだから手に負えない。
「だから否定してるつもりはねえって――」
「はーん、さてはアンタ、波瑠ちんのこと好きなのね? そうなんでしょ! 鼻の下伸ばしてデレデレしながらよく話したりしてるものね!!」
俺の言葉尻を遮って、わざわざ棘のある言い回しで片眉を持ち上げてみせる。
起死回生の煽り文句を叩き付けたつもりなのだろう。
しかし残念ながら、その挑発は俺には通用しない。
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