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「ま、待って! 違うの! これは本当に違うの! ま、間違えて列に並んで、本当に仕方なくカップルのフリして――」

「そうなんだ? けど鳴海(なるみ)さんと仁井谷(にいや)くんの噂、ちょっと前から耳にしてたからさ」

 鳴海が慌てふためきながら捲し立てる弁明を遮った綿摘(わたつみ)がさらりと紡いだ言葉に耳を疑った。


 俺と鳴海の噂とはなんだ?


 俺が鳴海の勘違いから一方的にフラれてしまった、いま思い出しても腹立たしい噂くらいしか身に覚えがない。


 それ以前に俺は、学校で面白可笑しく広がる噂になんて興味がないため、どれだけ頭を捻ったところで導き出せるはずがなかった。


「えっ、……う、噂ってなに?」

 鳴海にも身に覚えがないのだろう、問い掛ける声はか細く震えていた。


 怖じ気付いている気配がじりじりと伝わってきて俺まで固唾を飲んで身構えてしまう。


「鳴海さんが仁井谷くんの告白を断ってフッたのはカモフラージュで、じつはこっそり二人は付き合ってるんじゃないかって」

 綿摘の口にした内容を耳にした途端、身構えていた全身から力が抜けた。


 いかにも恋愛脳の暇人が面白がって噂しそうな内容で呆れながらも安堵してしまった。


 俺と鳴海の噂と切り出されたときに浮かんだ憂慮は、俺たち二人が親の再婚で兄妹になったことがバレてしまったのかと思ったからだ。


 じつにくだらなく子供じみた噂に心の中でほっと胸をなで下ろしたのだが、鳴海にとってはそうはいかないようだった。


 パクパクと唇を動かして口の中で反芻しているのか、愕然と立ち尽くす姿は冤罪で不当な判決を受けた被告人みたいだった。


 それもそうだろう。俺とこっそり付き合っているだなんて陰で噂されていた事実を、よりにもよって想いを寄せている綿摘の口から聞かされたのだから。


「なに、それ……」

「誰が言い始めたんだったかな……? これまで全く接点のなかった鳴海さんと仁井谷くんが、告白を断った後から急に仲良さそうに話をしてる姿を見るようになったとか」


 確かに、それまではお互いに接点などない赤の他人だったのだ。


 それが今や親の再婚で兄妹となって狭い六畳二間で一緒に生活しているのだ。


 それにしたって仲良さそうにしていたかは甚だ疑問だった。教室で話をした時にはすぐ側に波瑠(はる)がいて、いがみ合う俺たちの仲裁に入っていたくらいだ。


「仲良さそうって、誰が……」

「他には、ここ最近、鳴海さんが放課後すぐ帰ってしまうってみんな言ってて、ちょうど仁井谷くんの告白を断った頃とタイミングが合うよねって。もしかして、二人でこっそり放課後デートとかしてるのかも、なんて言ってたね」


 鳴海の自宅が差し押さえられ否応なくうちに転がり込んで変わってしまった生活のせいで、眉唾物でしかなかった噂に信憑性を持たせる結果となっていた。


「放課後デート、って、そんな……」

「ああ、ごめんごめん。僕もたまたま聞きかじっただけの噂だからさ、信じてはいなかったんだけど。でも、本当に安心してよ、絶対に誰にも話したりしないから。約束するよ」


 それは約束なんかじゃない。


 これまでは信じていなかったが、たった今、真実を目にしたと宣言されたのだ。


 放課後デートではなく休日デートをしていたと誤解の上塗りが完了したのだ。


「ち、ちがうの……」

 鳴海は声を詰まらせながらも懸命に掠れた声を絞り出して否定する。


 当然だ。なにしろ綿摘が口していることは全て事実ではないのだから。


 だが、まるで見当違いな方向ににょきにょき枝葉を広げた噂を否定するために、付き合っているわけではなく兄妹になったから一緒に生活しているだけだと、本当のことを説明することも出来ない。


 鳴海にとってそのどちらであろうと綿摘にだけは知られたくないことなのだから。


(みなと)さんも、絶対に秘密ってことで良いよね?」

「え、あ、……うん」

 いきなり綿摘に同意を求められた波瑠が狼狽えながら頷いたのを見届け、

「それじゃあ湊さん、いつまでも二人の邪魔しても悪いし残りの買い物を済ませよう」

「あ、……うん」

 俺と鳴海に小さく手を振り、綿摘は急かすように波瑠の背中を押して雑貨店へと歩いて行ってしまった。


 呆然と二人の後ろ姿を見つめる鳴海の手の中で、事の発端となってしまったカップル限定パフェのクリームが溶けて流れ落ちていた。







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