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 三十分くらい待っただろうか、あと数組で店内に入れるところまで近付いたところでポップなデザインの案内板が目に付いた。


「え、なによこれ……」

 鳴海(なるみ)も気が付いていなかったようで、そこに記載された内容によると俺たちが並んでいた列は通常の購入列ではなく、限定テイクアウトパフェをカップル割引で購入するための列だった。


 表情を曇らせ眉間に皺を寄せて憎々しく案内を睨み付ける姿は、ファンシーな店先にはとても似付かわしくない険しさを湛えていた。


 そんなことを冗談めかして口にしようものなら無言のままグーで殴られそうな気配を漂わせている。


『限定フルーツパフェがカップル割引でなんと半額に!』


 案内にはポップな丸い文字でそんな謳い文句が踊っていた。


 元がコースランチみたいな価格なので半額とはなかなか思い切ったサービスだと思えた。しかも限定だ。長い列に並んででも買いたくなるのも頷ける。しかし案内の続きに、


『カップル割引の適用ルールは、二人で頬を寄せ合ってパフェを溶かしちゃう熱いハグでラブラブアピール!』

 とハートマークたっぷりに記されていた。パフェ溶かしちゃダメだろ。


 それはともかく、頬を寄せ合い熱いハグ、だと? この飢えた世紀末覇者と……?


 さらにここまで並んでやっと気が付いたが、すぐ隣に通常販売用のカウンターに並ぶ列があった。

 ただし、そちら側の列もカップル割引の列と大差ない混みようで、改めて並び直すとさらに倍の時間は待つ覚悟をしないといけないだろう。


 並び直す時間的猶予はなくはなかったが、俺の手には先ほど済ませたばかりの特売品の鶏肉が入ったエコバッグがあった。


 スーパー備え付けの簡易的な保冷用の氷を入れているとはいえ、すでに三十分近く並んでいる。

 これからさらに同じだけの時間をかけて並び直すのは食材の鮮度を落としてしまってさすがによろしくない。


「……どうする? 並び直すのはさすがに食材がヤバいからまたの機会にするか?」

 素直に思ったままを伝えたところキッと鋭く睨み付けられてしまった。この期に及んで食材の心配を優先してしまい、さらなる怒りを買ってしまったのだろうか。


 無言で俺を鋭く睨み付けたまま、頭の上から足の爪先まで値踏みするように視線を這わせ、

「いいえ。ここまで来て背に腹は代えられないわ。……やってやるわよカップル割引!」

 まさに苦渋の決断と言わんばかりに表情を歪めて言ってのけた。


 比喩でも何でもなく、カップルの彼氏役として事足りるかどうか値踏みされていたらしい。


「はーい、次のチャレンジどうぞー」

 間延びした店員の声に促され重い足取りでレジに進み出る。


 本来ラブラブアピールのはずなのにチャレンジって言っちゃってるけどそこは良いのだろうか……?


「いい? わたしから寄せるからアンタは動かないで! 絶対によ!?」

 俺の耳元に鳴海の囁きが届けられる。ファンシーな店内に似付かわしくない恫喝だが。


「はーい、それではラブラブアピールお願いしまーす」

 レジに立つ店員から促されるが、表情は笑顔を形作っているわりに『忙しいんだから早くしろよ』と死んだ魚みたいな目で急かされているみたいで殺伐としていた。


 カップルでもないのにこんなところまでのこのこやって来てしまったことに萎縮してしまう。


 完全に物怖じしてしまった俺を余所に、覚悟を決めた鳴海はするりと首に腕を回して来たかと思うと、ぐいっと身体を寄せてほんのちょっぴりだけ頬をくっ付けてくる。


 ほんのわずかにだけ触れた頬から伝わってくる思いがけない熱っぽさは、熱中症にでもなっているのかと心配になってしまうほどだった。


「ほらほらもっとぎゅーっと頬を寄せてくださーい」

 レジの店員がいかにも慣れた口調で合いの手じみた要求を真顔で突き付けてくる。


 こういうサービスは形式だけでさらっと流して終了じゃねえのかよ? そこを適当に流したところで店員の時給に変化なんてないはずだろう?


 などと完全にいらぬお世話を思い浮かべていた俺は、

「――いぃっッ!?」

 あまりに突然、雷に打たれたような激痛に全身を硬直させてしまう。


 あろうことか、店員からは死角になっている俺の背中を、鳴海がねじ切る勢いでぎゅむっと抓っていた。


「今だけ息止めて。出来るなら心臓も止めて」

 ひそめられた小声で、ほとんど骨伝導のようにそんな無理難題が届けられる。


 わたしだって我慢してるんだから! とでも言いたいのだろう、俺の背中を引きちぎりそうな強さでますます抓ってくる。


 言っていることが無茶苦茶なら、やっていることまで無茶苦茶だ。屈辱感を紛らわせるためだろうが、どうして俺の方が痛みを堪えないといけないんだよ?


「ほらほら彼氏さーん、もっと笑顔でお願いしまーす」

「もっと頬をぴったりくっ付けてくださーい」

「彼女さーん、腰が引けてますよー」

 興が乗ってきたのか接客マニュアルに従っているのかレジの店員が次々と棒読みで煽ってきた。


 こっちも煽られるごとに、眉間に皺を刻み込んだまま二人でにたーっと笑顔を浮かべ、頬骨がゴリゴリ当たるくらい押しつけ合った。


 腰が引けてると言われた鳴海は、蛇が獲物に巻き付くみたいに片脚を絡ませてきた。


 同時に、屈辱を晴らすように俺の背中を抓る力がどんどん増していく。


 俺はいま、さぞ凶悪な笑顔を浮かべているに違いない。痛み以外の感情が湧かないのだから仕方ない。


「ほらほら彼氏さーん、もっとギューッと抱き締めてくださーい」

 もはや悪ノリとも思える煽りが飛んできたところで我慢の限界となった。


 抓られた背中が限界を迎え、俺は一秒でも早くこの激痛から解放されるために羽交い締めにする勢いでグイッと鳴海をキツく抱き締めてやった。


 ――途端にビクッと身体を強張らせた鳴海の爪が俺の背中から離れた。


 覆い被さる姿勢で頬を押し付けたまま抱き締め合い、狂気じみた笑顔で店員を睨み付ける。


「はーい、オッケーでーす」

 散々煽ってきたわりに最後はため息みたいな返事を寄越して店員がレジを打ち始めた。


 やっと地獄の苦しみから解放され、安堵の息を漏らしながら鳴海から身体を離す。


 余韻に浸るほどの実感はなかったが、折れそうなほどに細く華奢だった身体はやっぱり女の子なんだなと当たり前のことを思ってしまった。







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