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 朝から気持ちよく晴れた翌日の土曜日。


 今日出掛ける予定のスーパーは先週とは別の店舗だったが、やや距離があることに変わりはないため手際よく朝食と洗濯を済ませなければならない。


 しかし、そんな懸念は杞憂に終わった。


 出掛けるための準備が滞りなく進んだからだ。先週はあれだけ出掛けることを渋っていた鳴海(なるみ)が、今日にいたっては俄然乗り気だったためだ。


 それもこれも目的がお肉だからだ。


 昨晩、襖越しに「ううーん……、牛ぅ、ぎゅうぅぅ……、ぐふふふ……」と寝言らしき呟きが耳に届いた時には背筋がぞっとした。

 

 そして普段からは考えられないくらい早起きしてテキパキと支度を整え、俺より先に玄関で靴を履いて急かしてくる始末だった。


 ……これはまずいことになった。


 まさか、ここまで乗り気になってしまうとは思わなかった。


 前世でいったいどれだけの業を背負って生まれたら、ここまで肉に執着することになってしまうのかと純粋な恐怖を覚えた。


「ふンふふーん。ほら、なにモタモタしてるのよ? お肉売り切れたりしたらどうするつもりなの? 急ぎなさいよ!」

 瞳を輝かせ調子っぱずれな鼻歌を歌いながら、行き先であるスーパーの位置も知らないくせに先導して急かしてくる。さながら遊園地に向かう小さな子供のようだ。


 先週とは完全に立場が逆になり戦々恐々としながら目的のスーパーにたどり着き、精肉売り場で特売品の鶏肉を手に取った瞬間の鳴海が、

「……ねえ? わかるわよ、わかるわ。いくらわたしでも、そのお肉が牛じゃないってことくらい、はっきりわかるわ」

 瞳孔の開ききった温度をまるで感じさせない冷徹な視線を突き刺してきた。


 脱衣所に蜘蛛が現れて下着姿を見られた時と同等か、それ以上の殺意の波動を身に纏い始めている。こんな波動を撒き散らすのなんて野生の熊か世紀末覇者くらいだ。


 それでも俺は退かず、媚びず、省みずにお目当ての鶏肉をそっとカゴに入れて、

「つ、付き合ってくれたご褒美のお菓子、今日は150円までで……」

 さすがに命には代えられず、首筋に冷や汗を伝わせて世紀末覇者のご機嫌を伺ってみた。


 そんな俺の心情などお構いなしに、鳴海は憮然とした表情のままスマホを取り出して何やら画面に指を這わせ、俺の眼前に突き付けてくる。


「うん? ど、どうした?」

 そこには最近オープンしたばかりらしいスイーツショップのホームページが表示されていた。


「すぐ近く」

「お、おう……、ここからか?」

「行きたいんだけど」

 表情筋が死んでしまったみたいな無表情でホームページをスクロールさせて店舗住所を表示させる。確かにこのスーパーからすぐ近くのようだった。


「いや、だがな……」

 ここからの距離は問題ではなかった。


 俺を尻込みさせたのはホームページに表示された色鮮やかなフルーツ満載パフェに記載されている金額の方だった。


 テイクアウトできるカップサイズなのにちょっぴり小洒落たコースランチみたいな額なのだ。


「お、う……、これは、なかなか……」

「行きたいんだけど」

「いやいや……、ちょっと待て、落ち着け。この金額をよーく見て――」

「行きたいんだけど」

「えっとな、これはさすがに――」

「行きたいんだけど?」

 重い質量さえ感じさせる漆黒の双眸は呪いの人形が愛らしく見えてしまうほどの迫力だった。


「は、はい。行きます……」

 死の淵に立たされた罪人みたいに震えながら頷いて返すことしか出来なかった。


 節約は生き甲斐だったが、さすがに命を賭してまでの覚悟はない。


 俺の返事を聞き終えるなり鳴海はがっちり腕を掴んで離さなくなった。

 次にまた騙すようなことをしたら、今度こそ絶対に許さないと言わんばかりにギリギリと爪を立ててくる。


 世紀末覇者を彷彿とさせる握力で猛烈に痛いのだが、額に脂汗を滲ませて黙って耐えるしかなかった。


 レジで精算を済ませスーパーを出て、向かいの通りを渡って交差点を曲がりまっすぐ進むとすぐにスイーツショップは見つかった。


 多くの若者で賑わっていて列を作っているのが遠巻きにも確認できた。


「ちょっとここで待ってて。逃げたら……、わかってるわよね?」

「はい……」

 ここまで来て逃げたりするはずがない。


 ずっと鳴海に掴まれていた腕が、うっ血しているみたいにジンジン脈打つ痛みのせいで、いまさら逃げるなんて選択肢など浮かばなかった。


 一人で店先に向かって知り合いがいないことを確認した鳴海からLINEが届いた。


 たった一言『来い』と表示された文字にさえ迫力が滲んで見えた。


 こんな時こそ、あのミッヒーだかって不細工なスタンプを使えよ。めちゃ怖いだろ……。


 列の最後尾で合流すると、オープンしたばかりらしい行列に並んでいるカップル率の高さが目に留まった。

 きちんと並ぶため当然ながら俺たちも肩を寄せ合うみたいに隣り合って立つこととなり、周りのなにやら甘い雰囲気に当てられ居心地が悪くなってしまう。


 隣の鳴海はといえば片手でスマホを操作しながら、もう片方の手で改めて俺の腕をがっちり掴んでいた。

 傍目には初々しいカップルが腕を組んでいるように見えるかもしれないが、実際は猛禽類が鋭い鉤爪で獲物を掴んでいる状況なのだ。


 絶対に逃がさないという肉食の本能が握力の強さからじわじわと伝わってくる。






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