避けたかった出会い
誰だろう。
見覚えがあるような、そんな気はする。でも正直、男子の、しかもこのくらいの年齢で、こんな見た目をした子は見たことがない。
正しくは、あるはずもないのだ。ただでさえ人と関わることが少ない私が、年下の男子と関わる機会なんて。
私が警戒したような目つきをしながら黙っていると、男の子は少しだけ慌てたようにした。
「お姉ちゃん、おこっちゃった? ごめんなさい、本当はぼくから名前をおしえたほうがよかったよね……。でも、お母さんが知らない人に名前はおしえちゃダメって……」
ごめんなさい、なんていいながら、少しバツが悪そうにしている。
なんだかペースが取り乱されてしまいそう。少しだけ苦手かもしれない。
「……そもそも、名前を聞く必要はあるの?」
子供に対してどう接すればいいのかがわからない私は、少しギクシャクしながらもそう聞く。
小さい子にはこういうことがよくあるのかもしれないけれど、本当に私にはわからないから、聞くしかない。
「えっと……だって、友だちになるには、おたがい名前を知ってないとダメじゃない……?」
きょとんとしたようにそう聞く様子は、本気でそんな事を考えているようだった。
だからこそ私は、目を見開いたまま、固まって動けなくなる。
「と、友達……?」
すごく懐かしい響きだな、とも思った。けれど、それよりもこの子はいま「友だちになるには」といったのだ。
それではまるで、自分に対して友達になりたいと言っているように聞こえた。だから、私は本当に驚いた。
かなりすっとんきょうな声を上げていたと思う。
「うん、友だち! だってお姉ちゃん、ここをおさんぽしてたんだもん! ぜったい、ぜーったい仲良くなれると思うんだ!」
笑顔。ものすごく眩しい笑顔で、そう言ってくる。
その眩しさに思わず目を細めながらも、私は更に疑問を重ねる。
「出会ったばかり……っていうか、まともに話してないけど……?」
「あ! たしかに! まだお話してないね! じゃあじゃあ、今からいっぱいお話しよーよ!」
ダメだ、話が通じない。通じないと言うより、なんというか、ちょっとズレている気がする。
これは出会いたくなかったタイプだ。いいや、そもそも人と関わるのを完全に断つつもりでいたのだから、話しかけられた時点で無視するのが正解だった。
慣れないことをするからこうなるんだと、心のなかで自分を叱る。
「ねぇねぇ、お話しよー? だってお姉ちゃん、お花とかが好きなんでしょ?」
トテトテと近づいてきて、私の服の袖を掴んでそう聞いてくる。
不覚にも、少し可愛いと思ってしまった。まずい、このままじゃ相手のペースにのまれる。
「わ、私は時間がないからちょっと──」
なんとか言い訳を付けて逃げ出そうとして、思わず口を噤む。
男の子が、私の「時間がないから」という言葉に大きく反応して、瞳がませ、不安定に揺らしていた。
「お姉ちゃんも、そんなふうに、ぼくからはなれようとするんだ……」
男の子が、ぽつりとそう呟く。それは消えてしまいそうな小さな声で、寂しさのようなもので震えていた。それでも聞こえるくらい、はっきりと意思を持って放たれた言葉だった。
「あ、えっと……その」
「めいわくかけちゃって、ごめんなさい」
私がなんと言えばいいか分からなくて言い淀んで、それからやっとの思いで絞り出した声を聞くよりも早く、男の子は私の服からぱっと手を離した。
顔がしっかりと見えないくらい俯いている。そのまま、男の子は振り返ってどこかへ走っていた。
しばらくぽかんとして動けなかった。
──いまのは私が悪いのだろうか。悪かったとしたら、なにが悪かったのだろう。
追いかけるべき? いやでも、もう関わることのない他人だ。気にしても意味がない。そう、意味なんて、なくて……。
……。
男の子がいなくなった道を、静かに眺める。それは、あの男の子の瞳のように、寂しさを纏っていた。もしかしたら、そう見えるだけなのかもしれないけれど。
落ち着かない。とにかく落ち着かない。何だろう、なんと言えばいいのだろう。とにかく、追いかけなくちゃいけない気がする。
そんな事を考えながら、すでに私の足は、男の子を追いかけるべく走り出していた。
まだそんな遠くに入ってないはず。歩いてたし、大丈夫、追いつくっ……!
早めに走り出したのが功を期して、私はすぐに男の子に追いついた。
「まっ、待って……!」
そう声をかけると、男の子が振り返る。驚いたように目を丸くして、私を見ていた。
私は追いついたことに安堵感を覚えて、男の子の隣で息を整える。
「お姉ちゃん、なんでっ……」
そう聞いた男の子の声は、少し上ずっていて、本当に驚いたのが伝わってくる。
それはそうか、逃げ出そうとか考えてた人が自分を追いかけてきたのだから。私でも驚く。それ以上に逃げそうだけど。
「なんか、放っておけなかったから」
正直、こんなことやりたくない。人と関わりたくはない。
でも、結菜ちゃんを思い出したせいかな。放っておけなかったから。
「少しだけ、話をしようっ……?」
自分が話を持ちかけるなんてこと、何年ぶりだろうか──。
そんなことを思いながら、男の子のまあるい瞳をじっと見つめた。




