姉弟
「るい?」
「うん! るい、るいっていうの! 」
あの小道に移動し直してから、元気に喋る男の子は、自分のことをるいと名乗った。
『るい』の『い』は『生』とかくとわかるだけで、『る』の漢字は難しくてわからないんだそう。だからまだ名前はひらがなで書いてるんだって笑顔で言っていた。
ヨクワカラナイ。
「お姉ちゃんがお話しようっていってくれてうれしかった! お姉ちゃんはやさしいね」
なんだかずっとニコニコしているのだが。
そんなに嬉しかったのだろうか。
「そ、そう……?」
「うん、やさしいよ! ぼくのお友だちでも、そんなことを言ってくれる人、中々いないんだぁ……」
少し寂しそうに目を伏せながらも、すぐに笑顔に戻る。
「それよりね、それよりねっ? お姉ちゃんの名前が知りたいの! お姉ちゃん、なんていうの?」
そういえば、結局名前を教えてなかったな。
そんなことを思って、うーんと悩む。あまり名前を言うのは気乗りしないのだが……まあ、いいだろう。一応、デメリットがあるわけではない。
「春菜」
「はるな? ……はるなお姉ちゃん?」
そう聞き返してくるるいに対して、頷いてみせる。
「はるなお姉ちゃん! よろしくね」
ただでさえニコニコとしていたるいの表情が、さらにぱあっと輝いた気がする。
眩しい。最近の子は本当にこんな感じなのだろうか。
あまりの眩しさに目を細めている私に対して、るいは元気に言う。
「はるなお姉ちゃんは、どうしてここにいるの? いつもここを散歩してたの?」
純粋な瞳を向けながら、首をコテンとかしげて私に聞いてくる。
なんだろう。今まで感じたことない何かを感じている気がする。胸がぎゅっと締め付けられるようななにか。
「別にここにいつもきてるわけじゃないんだけど……たまたま立ち寄ったわけじゃないから」
「はじめてここにきたの? はるなお姉ちゃんは、見る目があるんだねぇ」
ふふふ、と自慢げに笑う、るい。本当によく笑うなこの子。
「しぜんがいっぱいですごいでしょ? ぼくね、ずっとむかしからここにきてるけど、いつも思うんだ。きれいな場所だなぁって!」
その表情は今までよりもさらに明るく、目はキラキラと輝いている。
どこまで明るくなるんだろう、と思ったけれど、今はどちらかというと楽しそうだと感じる。
なんだか、少し違うのだ。ただただ明るく笑うのと、楽しそうに笑うのでは。
「それでね、それでねっ──」
その楽しそうな顔のまま、話を続けるるいをぼんやりと見る。
なんだか、ものすごく既視感がある。どこで見たんだっけ。
楽しそうに笑顔を浮かべて、たくさん話して。
こちらのことを気にしながらも、自分の話をいっぱい広げていく。
まさに、人と関わるのが上手っていう感じの、こんな性格をする人物。
ついさっき、思い出していたような──。
「って、はるなお姉ちゃんてば。きいてる?」
その言葉を聞いて、意識が一気に現実に戻る。
ハッとして、慌ててるいをみた。
「ごめん、ちょっと考え事」
「ええーっ、ほんとにきいてなかったの? ……しょうがないなぁ、もういっかいおしえてあげる」
呆れたような表情を見せたのも一瞬、少しだけ嬉しそうに笑う。
「しょうがない」とかいいつつ、話すのが楽しくて、また話せるのが嬉しいのだろう。
……やっぱりこんなかんじの人見たことあるなぁ……。
「ここはね、こんなかんじのしぜんがすきっていう人たちがつくってくれたばしょなんだって! ねえねもね、ここがだいすきだったんだって。ぼくもここがすきだから、こうやってあそびにくるの!」
作られた場所。それは初耳だ。
じゃあ、数年前からこういう場所を作って、守り続けてきた人がいるのか。
そう考えると、少し興味深いものがある。
……のだが、私が一番気になったのはそこではない。
「ねえね、って、もしかして、本当の血が繋がった姉がいるの?」
「うん、そうだよ? ……今はじじょうがあって、会えないんだけどね」
少しだけ声のトーンを落としながらそういうるいは、明るい笑顔を柔らかいほほ笑みへと変える。
「ねえねがすきだったもの、ぼくもだいすきになれるんだ。ねえねには、『ありがとう』の気持ちしかないな」
……ねえね、ねえねか。
金髪、青目、透き通るような白い肌に、根っから明るい性格の持ち主。
こういう自然に溢れた場所が大好きで……。
……。
まさか、という言葉が頭の中を支配する。
どくどくと心臓が高鳴っている。耳で音がなっているんじゃないかっていうくらいうるさい。
「ね、ねえ……るい……」
掠れた声で、るいに声をかける。
指先までもがかすかに震え、これ以上ないくらいの緊張が私を襲っている。
一瞬だけ、でも一瞬でも視界が霞むくらいには、私は気が動転していた。
「その、お姉さんの名前って、なんなの……?」
もしも、私の予想があっているなら。
予想が、あってしまっていたら。
そのときは、もしかしたら、堪えてきたものが堪えられなくなるんじゃないかと、そう思う。
るいが、少し驚いたような表情をしながら、私を見ている。
その唇が、ゆっくりと動き出した。
「ねえねの名前はね──」




