記憶と今と病室と
実はすこしあらすじを変えました。
ストーリーの内容自体に影響が出るほど変えたわけではないので、ご安心を。
大きなベットが一つと、棚が置いてあって、外側の壁は窓がついている。
その窓には真っ白なカーテンがついていて、少し空いた窓から風が流れ込んでいた。
「あら、窓、空いてるじゃない。閉めないと──」
窓が空いていることに気づいた看護師さんが、窓を閉めようとする。
それを見た私は、慌てて止めた。
「帰りに私が閉めますから、閉めようとしなくて大丈夫ですよ」
「そう? でも、寒くない? 大丈夫?」
看護師さんが心配そうにそう聞いてくるが、それは私にとってどうでも良かった。
「空いている方が、いいんです」
──彼女は、この病室の窓を、いつも開けていたから。
朝でも夜でも、夏でも冬でも。流石に大雨の日は開けていなかったけれど、それでも彼女はほとんど窓を開けていた。
理由を聞いたら、「風が入ってくるからいいんだよ」なんて笑って答えていた。
なんでも、自分は滅多に外に出られないから、風や外の光が入ってくるほうが、心地よいと感じるらしい。
当時の私は、その気持ちを上手く理解できなかったけれど、今は少しだけわかる気がした。
病室の中いっぱいに風が入ってきて、涼しい。
それに、窓の外の景色が、窓枠に邪魔されることなく見えるから、凄く綺麗だ。
彼女はいつだってきれいなものを見つけるのが上手だったから、もしかしたら彼女はこの景色を見つけて窓を開けていたのかもしれない。
私は窓に寄って近づいた。
彼女は、この景色をいつも見ていたのだと思うと、もっとよく見ておきたいと思った。
それを見た看護師さんも、私の少し後ろのあたりまで歩み寄ってくる。
「悪いけれど、流石にそこまで長い時間は居れないから……」
「大丈夫です。少ししたらすぐに帰るつもりですから」
申し訳なさそうに切り出した看護師さんに対し、そう告げる。
そしてその景色を見ながら、私は記憶の中に溺れていく──。
〜〜〜〜〜〜〜
輝く金髪が、小刻みに揺れている。頬が桃色に染まって、その頬には雫が伝っている。
いつも太陽みたいな笑顔を向けて笑う彼女の影は、どこにもない。
彼女は泣きじゃくっている。声は出さない、静かな涙。
私はそれに対して、どうすることもできないから、体が動くことはない。
彼女はそれを、ショックで動けないのだと思っているのだろう。「ごめんね」と小さくこぼす。
たしかにショックはあったけれど、それで動けなくなっているわけじゃないのに。ただ、私が弱いから、何もできないでいるだけなのに、彼女は謝るのだ。
そもそもこれは、彼女が謝ることじゃない。だって彼女は今日まで頑張って生きてきたのだ。
だから、病気が治らないことは、彼女が謝ることじゃない。
「結菜、ちゃん」
やっと絞り出せた声は、聞こえなくなりそうなくらい震えていた。それでも彼女はその声に反応して、私を見た。
青い瞳に雫がめいいっぱい広がっている。そしてそこからボロボロと溢れていく。
呑気にも、綺麗な涙だと思った。濁りのない、宝石みたいな涙。
きっと、心の底から優しい彼女だからこその涙なのだろう。やっぱり場違いだけど、羨ましいとも思った。
「結菜ちゃんは、悪くない。だから、謝らないで」
私の本心を言葉にしてみる。
「でも、でもさぁ、約束、したんだよ?」
私よりも震えた声で、彼女は言う。
約束のことを気にするだなんて、結菜ちゃんはやっぱり優しい。
「約束なんて、いいよ。確かに私は結菜ちゃんに生きて、私の隣りにいてほしいと思ってる。だけど、それができないからって結菜ちゃんが悪いわけじゃない」
きっと、このときほど素直になれたことはなかったと思う。
自分でもびっくりするくらい、心の声をそのまんま言葉にできたんだ。
彼女はその言葉を聞いて、少しだけ驚いたような表情をした。
そしてみるみる、口元を緩める。泣き笑いみたいな、でもそれとは少し違うような、なんと言ったらいいのかわからないけど、口元は笑っていたんだ。
「そう言ってくれてありがとう、春菜。春菜は優しいね」
泣き笑いみたいなその表情を、彼女は完全に笑顔に変えた。
目をぎゅっと閉じて、口角をにっこりとあげて。まだ少しだけ涙が頬を伝っていたけど、それに負けないくらいの笑顔をした。
それこそいつもの彼女の、太陽のような笑顔みたいに。
「私、もう少しだけ頑張るよ。春菜のために、生きてみる。できるだけ長く、生きてみる。だから、春菜」
──それまでは私と友達でいてね。
やっぱり彼女の声は震えていたけれど、不思議と力強さを感じる、そんな声をしていた。
〜〜〜〜〜〜〜
「……るな、春菜ちゃん?」
看護師さんが私を呼ぶ。
短いような、長いような。実際にどのくらいの時間が経ったかはわからないけれど、私はその間、彼女との思い出に浸りきっていたみたいだ。
「ごめんなさい、少し考え事をしていました」
「いいのよ。でもびっくりはしたわ。なんの反応もしないから」
「それは本当にごめんなさい」
そんなふうに看護師さんに返しておきながら、私は「流石にそろそろ帰らなくちゃな」、と小さく呟く。
看護師さんは、それに対して、「そうね」と続いた。
「この時間に貴方みたいな人がうろついていること自体が駄目だからね……」
「そうですね、すぐに帰ります。今回はありがとうございました」
「いえいえ、気にしなくていいのよ」
私達はそんな会話をしながら、病室を出る。
ばいばい、結菜ちゃん。また来るね。




