【4話】パシリの代償
今回も沙織の狂気が炸裂します。
沙織は、いつものように食卓についていた。
ふと、目の前に見慣れないパンが置かれていることに気づく。
「……これは何?」
「パンでございます」
「それは見れば分かるわ」
沙織はパンを手に取った。
丸く膨らんだパン。表面には、こんがりとした焼き色がついている。
「このパン、初めて見るわね」
「はい。最近、町に引っ越してきたパン屋から仕入れたものだそうです」
「最近、引っ越してきたパン屋……」
沙織はパンを見つめる。
そして、少しだけ興味を持ったようにパンを割った。
その瞬間――
中から、黄色くなめらかなクリームが、とろりと流れ出した。
「……!」
沙織は目を見開く。
「何か入っているの?」
一口、口に運ぶ。
ふわりとしたパンの中から、甘く濃厚なクリームがとろける。
「……美味しい」
思わず、もう一口。
そして沙織は、ぽつりと呟いた。
「……クリームパン」
その名前が、頭に浮かんだ。
――この世界で、こんなものを作れる人間がいる。
沙織はゆっくりと顔を上げた。
「このパン屋、どこにあるの?」
「町の商店街でございます」
「商店街……」
沙織はクリームパンを見つめる。
「そう。では、食事が終わったら行ってみましょう」
給仕が驚いた顔をする。
「お嬢様、ご自身でですか?」
「ええ」
沙織は微笑んだ。
「ちょっと気になることがあるの」
最後に指先に残ったクリームを、沙織はじっと見つめる。
そして――
にやりと笑うと、その指を舐めた。
――昼過ぎ。
沙織は馬車を降り、町の商店街へとやって来た。
昼食を終えた人々が行き交い、商店街は賑わっている。
「……パン屋は、どこかしら?」
周囲を見回すと、少し先に見慣れない看板が目に入った。
――パン屋。
沙織は足を止める。
「あれね」
店先には、焼きたてのパンが並べられている。
甘い香りが通りまで漂っていた。
沙織は店の扉を開ける。
カラン、カラン。
小さな鐘の音が店内に響いた。
「いらっしゃいませ!」
明るい声が聞こえる。
沙織は店内を見回した。
女性店主は若い女性だった。
沙織は店内に並んだパンを眺めながら、微笑んだ。
「こんにちは。お昼にこちらのパンをいただいたの」
「まあ、ありがとうございます」
「とても美味しかったので、また買いに来ました」
そう言って、沙織は店内を見回した。
「特に、あのクリームの入ったパンが美味しかったわ」
女性店主の顔が、ぱっと明るくなる。
「クリームパンですね!」
沙織は、その反応をじっと見つめた。
「クリームパンと言うのですね」
沙織はそう言うと、にやりと笑った。
「はい。こちらでは、そう呼んでおります」
「そう……」
沙織は店内に並ぶパンを眺めた。
そして、何気ない口調で尋ねる。
「それなら――」
沙織は女性店主を見る。
「焼きそばパンもあるのかしら?」
女性店主の笑顔が、一瞬だけ止まった。
「……焼きそば、パン?」
沙織は、その反応を見逃さなかった。
「ええ。知らないの?」
女性店主の頭上に――
【動揺】
沙織は、口元をわずかに上げた。
「まあ、いいわ」
沙織は何事もなかったように微笑んだ。
「ここにあるクリームパン、全部くださいな」
「ぜ、全部ですか?」
「ええ。それと――」
沙織は店内を見回し、次々とパンを指差していく。
「あれと、これと……それもいただくわ」
女性店主は目を丸くする。
「こんなに、ですか?」
「ええ。どれも美味しそうですもの」
気がつけば、店先には大量のパンが積み上げられていた。
沙織はそれを眺めると、ふと首をかしげる。
「……これ、私一人では持てないわね」
「でしたら、お運びしますが……」
「お願いするわ。後で屋敷まで届けてちょうだい」
「はい、かしこまりました」
沙織は微笑みながら店を出る。
しかし――
店を出た瞬間、その笑顔が消えた。
「……さて」
沙織は振り返り、パン屋の看板を見つめる。
「あなたは、いったい何者なのかしら?」
――夕方。
屋敷の門を、パン屋の女性が訪ねてきた。
「お嬢様、先ほどのパン屋の方がお見えになりました」
「そう。通してちょうだい」
「かしこまりました」
しばらくすると、女性店主が大量のパンを抱えて現れた。
「ご注文の品、お届けに参りました」
「まあ、ありがとうございます」
沙織はパンを確認すると、ふと女性店主を見る。
「せっかくですもの。少し中でお話ししません?」
「えっ……私が屋敷の中へ?」
女性店主が戸惑ったように尋ねる。
「ええ。パンもこんなに届けていただいたことですし」
沙織はにっこりと笑った。
「お茶くらい、ご馳走しますわ」
女性店主は少し迷ったあと、頭を下げた。
「……では、お言葉に甘えて」
沙織は女性店主の頭上を見た。
そこには――
【警戒】
の文字が浮かんでいた。
沙織は笑みを深くした。
――応接室。
沙織と女性店主は向かい合って座っていた。
テーブルの上には、紅茶と、先ほど届けられたクリームパンが並んでいる。
「どうぞ。遠慮なさらずに」
「ありがとうございます」
女性店主はカップを手に取り、紅茶を一口飲んだ。
「……美味しい」
「それはよかったわ」
沙織も紅茶に口をつける。
しばらく二人で他愛のない話をしていると――
女性店主が、ふと目をこすった。
「……なんだか、急に眠く……」
「まあ。お疲れなのかしら?」
「そう……かもしれません……」
女性店主の頭が、ゆっくりと下がっていく。
そして――
ことん。
テーブルに腕をついたまま、眠りに落ちた。
沙織は静かに立ち上がり眠った女性店主を見下ろした。
「……この人を地下室へ」
控えていた使用人が一瞬、戸惑う。
「地下室へ、でございますか?」
「ええ。誰にも見られないように運んでちょうだい」
「かしこまりました」
使用人たちは女性店主を慎重に運び、屋敷の地下室へ向かった。
――しばらくして。
女性店主が目を覚ます。
「……ここは?」
薄暗い部屋。
女性店主が身体を動かそうとする。
しかし――
「……え?」
両手は椅子に固定され、立ち上がることができない。
「誰か……! 誰かいませんか!」
その声に応えるように、地下室の扉がゆっくりと開いた。
沙織が姿を現す。
「お目覚めになったのね」
女性店主の顔から、血の気が引いた。
沙織は微笑みながら椅子に縛られた女性店主の前に立った。
「単刀直入に聞くわ」
沙織は女性店主の目を見つめる。
「あなた、転生者でしょう?」
女性店主は、怯えたように首を横に振った。
「……違います」
沙織は黙ったまま、女性店主の頭上を見る。
そこには――
【嘘】
の文字が浮かんでいた。
沙織の口元が、ゆっくりと上がる。
「そう……」
女性店主が不安そうに沙織を見る。
「私の勘違いだったのね」
そう言いながら、沙織は一歩近づいた。
「では、質問を変えましょう」
沙織は、女性店主を見つめた。
「あなたの名前は?」
「……アンです」
女性は怯えたように答えた。
沙織は、その答えを聞くと頭上を見る。
そこには――
【青木】
と浮かんでいた。
「……青木」
沙織の表情が変わった。
その名前を知っている。
忘れるはずがない。
学校にいた頃、青木はよく沙織にパンを買いに行かせていた。
「沙織、パン買ってきて」
断れば、何をされるか分からなかった。
沙織は何度も、青木のためにパンを買いに行った。
――パシリ。
そんな扱いをされていた。
沙織は目の前の女性を見つめる。
そして――
「アン……ね」
小さく笑った。
「随分と可愛らしい名前になったのね、青木さん」
女性の顔が、みるみる青ざめていく。
沙織は、怯える女性店主に優しく微笑んだ。
「そんなに怖がらなくていいのよ、青木さん」
「……」
「今日はね、あなたが好きなパンを、たくさんご馳走してあげるわ」
女性店主――青木は、意味が分からないという顔で沙織を見つめる。
「……パン?」
「ええ」
沙織は、部屋の隅に積まれたパンへ視線を向けた。
「あなた、昔からパンが好きだったでしょう?」
青木の頭上に、文字が浮かぶ。
【恐怖】
沙織は、その文字を見て微笑んだ。
「さあ、遠慮しないで」
「今日は、好きなだけ食べていいのよ」
沙織はテーブルの上に置かれたパンを一つ手に取った。
パンをちぎり、小さく口へ運ぶ。
「……ほら。美味しいでしょう?」
青木は黙ったまま、沙織を見ている。
沙織はもう一度パンをちぎる。
今度は、さっきより少し大きい。
「どうしたの? 食べないの?」
青木は首を横に振った。
「……いらない」
「そう?」
沙織はパンを口に入れる。
「昔は、私に買ってこさせたでしょう?」
青木の顔が強張る。
沙織はパンを見つめながら、静かに笑った。
沙織はパンをまた手に取った。
ちぎる。
そして、青木の口元へ運ぶ。
青木は顔を背ける。
沙織は構わず、もう一度パンをちぎった。
青木が首を横に振る。
それでも沙織は、淡々とパンを口へ運んでいく。
一つ。
また一つ。
パンは次第に大きくなっていく。
青木は身体をよじり、椅子を激しく揺らす。
頭上には【苦しい】の文字
それでも沙織の手は止まらない。
テーブルの上に積まれていたパンが、少しずつ減っていく。
青木の身体が大きく震える。
手足が椅子を打つ。
やがて、その動きも――
徐々に小さくなっていった。
沙織は動かなくなった青木を見つめた。
その頭上には、まだ――
【苦しい】
の文字が浮かんでいる。
沙織は、ふと首をかしげた。
「……あら?」
そして、にやりと笑う。
「牛乳も買ってきたらよろしかったかしら」
青木は、もう動かない。
頭上の【苦しい】という文字だけが、ゆっくりと薄くなっていく。
そして――
消えた。
沙織は地下室を出ると、何事もなかったように食堂へ戻った。
「さて……今晩の料理は何かしら?」
当初は、連載開始から1ヶ月で累計100PVを目標にしていました。
ところが、思ったより早く累計100PVに到達したため、ここでルールを変更します。
連載開始から1ヶ月で累計1000PV
を新たな目標にします。
果たして、この作品は1ヶ月で1000PVに届くのか。
引き続き、実験も兼ねて更新していきます。




