【3話】死の商談
2話目で100いきました、皆さん有難うございます。
ある日。
沙織のもとへ、町に潜伏している使用人から連絡が届いた。
「お嬢様、少々気になる話がございます」
報告に来た執事が、慎重な口調で言う。
「何かあったの?」
「最近、町に新しい商人が来たそうです」
沙織は顔を上げた。
「商人?」
「はい。これまで、この町では見たことのない珍しい商品を扱っているとのことです」
「……珍しい商品ね」
沙織は、椅子に座ったまま考える。
「その商人……いつから町にいるの?」
「三日前だそうです」
「三日前……」
沙織の目が細くなる。
「その商人について、もう少し詳しく調べて」
「かしこまりました」
「どこから来たのか。何を売っているのか。そして――」
沙織は、ゆっくりと笑った。
「頭の上に、どんな文字が浮かんでいるのか」
「……はい?」
執事が怪訝そうな顔をする。
「何でもないわ」
沙織は立ち上がった。
――もしかしたら。
――ようやく、一人目が見つかったのかもしれない。
――数日後。
沙織は、町へ向かっていた。
目的は、最近やって来たという商人の露店。
屋敷の使用人から、珍しい商品を扱っていると報告を受けたからだ。
「お嬢様、本当にご自身で行かれるのですか?」
執事が心配そうに尋ねる。
「ええ。人から聞くだけでは分からないこともあるでしょう?」
沙織は馬車の窓から町を眺める。
しばらくすると、人だかりができている場所が見えてきた。
「あそこね」
馬車を降りた沙織は、人混みの中へ入っていく。
すると――
「いらっしゃい! 珍しい商品を取り揃えてますよ!」
威勢のいい声が聞こえてきた。
露店には、町では見たことのない品物が並んでいる。
沙織は足を止めた。
「……なるほど」
商品を一つ手に取る。
けれど――
小さな金属製の道具。
見間違えるはずがない。
――ライター。
沙織は、それを手の中で眺める。
そして、わざと首をかしげた。
「これは何ですか?」
商人は商品を指差す。
「火をつける道具ですよ」
「火を?」
「はい。ここをこうすると――」
商人がライターを手に取り、着火する。
小さな炎が現れた。
「まあ……」
沙織は驚いたふりをした。
「こんな小さな物で火がつくんですね」
「便利でしょう?」
「ええ。とても便利そうです」
沙織は微笑む。
商人の頭上に、文字が浮かんだ。
【未開】
「なるほど……」
沙織は、ほくそ笑んだ。
そして、手の中のライターを眺めながら言う。
「これは随分便利なライ――」
沙織は、そこで言葉を止めた。
「……」
商人の表情が、一瞬だけ強張った。
沙織は何でもないように首をかしげる。
「いえ。何でもありませんわ」
商人は黙り込んだ。
沙織は、商人の頭上を見る。
そこには、新しい文字が浮かんでいた。
【焦り】
「……ふふっ」
沙織は小さく笑った。
――やっぱり。
「この道具……なんという名前なのかしら?」
商人の顔が引きつる。
「……これは、火をつける道具です」
「そう」
沙織はライターを置いた。
「では、そういうことにしておきましょう」
商人は何も言わなかった。
その頭上には、まだ【焦り】の文字が浮かんでいる。
沙織は、その文字を眺めながら笑みを深くした。
――一人目みーつけた。
屋敷に戻った沙織は、すぐに執事を呼んだ。
「執事」
「はい、お嬢様」
「今日、町で見た商人を屋敷に呼んでちょうだい」
「あの商人を、ですか?」
「ええ」
沙織は、椅子に腰掛けながら微笑んだ。
「それから、あの火をつける道具……あれを買いたいと伝えて」
「あの小さな道具ですか?」
「そうよ」
沙織は少し考える。
「言い値で買う、と伝えてちょうだい」
執事が目を丸くした。
「言い値で、ですか?」
「ええ。いくらでも構わない、と」
「かしこまりました」
執事が頭を下げる。
沙織は、その背中を見送りながら笑みを浮かべた。
――あの商人なら、きっと食いついてくる。
何しろ、あの道具をこの時代の人間に売っているのだ。
そして何より――
あのとき、私が「ライ……」と言いかけた瞬間の反応。
沙織は思い出し、くすりと笑った。
その晩。
屋敷の門を、商人が訪ねてきた。
「お嬢様、町の商人が参りました」
執事から報告を受け、沙織は応接室へ向かった。
そこには、昼間の商人が座っていた。
「本日はお呼びいただき、ありがとうございます」
商人が頭を下げる。
沙織も丁寧に微笑んだ。
「こちらこそ、来ていただいてありがとうございます」
沙織は向かいの席に腰を下ろす。
「さっそくですが、商談を始めましょうか」
「はい。あの商品をお買い上げいただけると伺っております」
商人の頭上には、【警戒】の文字が浮かんでいた。
沙織はそれを見て、心の中で笑う。
――警戒しているわね。
それでも表情には出さない。
「ええ。昼間に見せていただいた、あの火をつける道具です」
「ライ……」
商人が言いかけた瞬間、沙織は微笑んだ。
「何か?」
「……いえ」
商人は言葉を濁した。
沙織は机の上に手を置く。
「では、まず値段をお聞かせください」
「それが……」
商人は少し考える。
「かなり珍しい品ですので、それなりのお値段になります」
沙織は微笑みながら答えた。
「構いませんわ。先ほども伝えた通り、言い値で買いましょう」
商人の頭上に、また文字が浮かぶ。
【驚き】
そして――
【欲】
沙織は、その二つの文字を見て、静かに笑った。
「では、お金を持ってまいりますので、少々お待ちください」
沙織は立ち上がった。
「こちらの部屋でお待ちいただけますか?」
「はい、もちろんです」
商人は素直に頷いた。
執事に案内され、商人が通されたのは別室だった。
そこは、テーブルと椅子が一組置かれているだけの小さな部屋。
窓もなく、飾りもない。
「こちらでお待ちください」
「分かりました」
執事が部屋を出ていく。
扉が閉まった。
商人は部屋を見回した。
「……ずいぶん狭い部屋だな」
そして、椅子に腰を下ろす。
しばらくすると――
カチャリ。
扉の外から、鍵のかかる音がした。
「……え?」
商人が立ち上がる。
扉へ近づき、取っ手を握る。
しかし、開かない。
「おい……」
そのとき――
「お待たせしました」
扉の外から声がした。
そこには、沙織が立っていた。
手には金貨の入った袋。
沙織はにっこりと微笑んだ。
「さて……商談の続きをしましょうか」
沙織は、商人をじっと見つめた。
そして、突然口を開いた。
「あなたのお仲間は、何人いますか?」
「……は?」
商人が目を丸くする。
「何のことでしょう?」
沙織は微笑んだ。
「とぼけなくても結構ですよ」
「本当に、何のことか分かりません」
商人は困惑した表情を浮かべる。
沙織は、商人の頭上を見た。
【困惑】
――本当に分からない?
沙織は少し考えた。
もしかすると、この男は一人で転生したわけではないのかもしれない。
それとも――
「……なるほど」
沙織は、静かに笑った。
「では、質問を変えましょう」
商人が身構える。
「あなたは、この世界の人間ですか?」
商人の頭上に、文字が浮かんだ。
【恐怖】
沙織の笑みが、さらに深くなった。
――答えは、もう聞く必要もなかった。
沙織は、さらに質問を続けた。
「では、別の質問をします」
商人は黙ったまま、沙織を見つめている。
「あなたが通っていた学校に――」
沙織は、商人の目をまっすぐ見た。
「沙織という生徒がいたのを覚えていますか?」
「……」
商人の表情が固まった。
「何を……言っているんですか?」
沙織は答えない。
商人の頭上に浮かんでいた文字が、変化する。
【驚愕】
そして――
【動揺】
沙織は、それを見て微笑んだ。
「なるほど……」
商人は椅子から立ち上がった。
「……知らない」
沙織は、静かに商人を見つめた。
「知っているはずですよ」
「……何を?」
「学校の帰りに、車に轢かれて死亡した沙織という生徒のことです」
商人の顔から、血の気が引いた。
「……」
沙織は淡々と続ける。
「学校では、きっと話題になったでしょうに」
商人の頭上に文字が浮かぶ。
【動揺】
【恐怖】
そして――
【理解】
商人は、震える声で呟いた。
「……まさか」
沙織は微笑んだ。
「ようやく分かりました?」
商人は沙織を見つめたまま、動けなくなった。
沙織は椅子に腰掛ける。
「では、改めて聞きましょう」
沙織は目の前の商人を見据えた。
「あなたは、誰?」
商人は、しばらく黙っていた。
やがて、その頭上に文字が浮かんだ。
【田中】
沙織は、その文字を見て微笑んだ。
「ああ……田中くんね」
「……!」
田中の顔が強張る。
「私がいじめられていたとき、あなたもグループに混じって笑っていましたね」
「……違う」
田中は小さく首を振った。
「俺は……」
頭上に浮かぶ文字が変わる。
【言い訳】
沙織は、それを見て薄く笑った。
「まだ何も聞いていませんよ?」
田中は言葉を失った。
「あなたが何を言おうとしているのか、私には分かりますけどね」
沙織は、机の上に置かれたライターへ視線を落とした。
「まさか、こんなところで再会するとは思いませんでした」
そして、ゆっくり顔を上げる。
「田中くん」
「……」
「今度は、あなたの番ですわよ。」
沙織は、何かを思い出したように呟いた。
「ああ、そうだ」
「ライターのお代金を、まだ支払っていませんでしたね」
「……え?」
沙織は扉へ向かって声をかける。
「お代を」
すると、扉の上に開けられた小さな穴から、金貨が一枚落ちてきた。
チャリン。
続いて、もう一枚。
チャリン。
田中は不思議そうに金貨を見つめる。
「……何をしているんです?」
しかし、金貨は止まらない。
チャリン。
チャリン。
次々と穴から金貨が流れ込んでくる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
田中が立ち上がる。
だが、金貨は床に積み上がっていく。
「沙織! これは一体……!」
沙織は部屋の外から、静かに答えた。
「言い値で買う、と言ったでしょう?」
金貨はさらに増えていく。
田中の足元を埋め、膝を越え、腰まで達する。
「やめろ! もう十分だ!」
それでも金貨は止まらない。
田中は必死に扉を叩く。
「沙織! 頼む、開けてくれ!」
沙織は扉の向こうで、じっと立っていた。
やがて、部屋の中から聞こえていた声が小さくなっていく。
そして――
静かになった。
沙織は扉の上の小さな穴を見つめる。
「……これで、お支払いは済みましたね」
金貨に埋もれた田中の頭上の【恐怖】の文字は徐々に消えていった。
沙織はライターを手に取る。
「それにしても……」
小さく笑う。
「随分と高いライターでしたわ」
今回は、沙織がクラスメートの一人を見つけるお話でした。
現代の知識を持つ転生者と、過去の世界で再会した沙織。
人の頭上に浮かぶ文字のおかげで、相手の正体を知ることができました。
そして、沙織の復讐はついに始まります。
果たして、ほかのクラスメートたちはどこにいるのでしょうか。
引き続き、この実験作品をお楽しみください。




