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(第9章 キャリアウーマン由美の事情)

三十五歳の女子会の日には、まだ晴子と裕子には自分の夫の浮気に気がついていない時だったので、知恵の話は所詮他人事。「旦那が金持ちだから浮気をするのだろう」とタカをくくっていた。甲斐性もない自分の夫には関係ない話だと、思って呑気に話を聞くことができたのだが。まさか、それから、すぐ自分たちの身にも降り注がれて来るなんて、この時には思いも寄らなかった。

由美だけは、まだ独身貴族。知恵の指摘のとおり、三年前から不倫相手と交際していた。「夫婦仲が悪くて離婚調停中」と言う言葉を信じていたら、奥さんに子供が出来て実家に帰っていることが判明して修羅場に。よくある話だと笑えて来る。由美は若い頃から情熱的な恋愛ばかりをしていた。そもそも二十歳代に同棲生活が七年も続いたのが間違いの始まりだった。周囲の皆が、結婚するものだと思っていたのに、突然の破局。その時すでに三十代。女のモテ期は終わっていた。そこからの恋愛は不倫ばかりで、好きになる相手にはすでに奥さんがいた。お見合いはするが、条件が悪くバツイチとか子供がいるとか、病気の親の面倒を見なければいけないとか。

四十代の初婚で「いいなぁ」と思った相手にはSMの性癖があった。お見合いの席で「子供が出来たら結婚しましょう」と言われたこともある。子供が出来なければ、遊ばれ棄てられる運命なのか?結婚しても三十代半ばの女性は子供が出来ないリスクが高いからだと言われたらしい。「だったら、結婚なんてしなくていい」というのが由美の判断だった。女は子供を産むための道具じゃない。介護や子育てを無料でしてくれる便利な家政婦じゃない。そんな邪推に、すぐ気づいてしまうのは、年齢を重ねたせいなのか?

まだ、何も知らない二十代なら、好きというエネルギーに肩を押されて、結婚に夢を抱けたのだろう。それでも、いつかどんな試練でも耐えることが出来るほど、何の打算もなく愛だけを信じて一緒にいられる相手を夢見ている。「この年まで一人なので、今更焦って貧乏くじを引くことなどない」と思っていた。それからは自由な恋をいくつもしながら、仕事に邁進していた。

仕事は裏切らないと思っていたが、三十五歳過ぎて部署移動があり、やり甲斐の少ない仕事をあてがえられた。営業畑で、人と対面で接客するのが好きだったのに事務職になって体は楽だが生き甲斐を失う。人は認められると嬉しくなる。承認の欲求はセックスよりも大きな悦楽をもたらすという研究結果もある位だ。由美は仕事の成果や役職だけが、自己概念を上げてくれる唯一のことだったと三十五歳になって痛感していた。だから、知恵が羨ましかった。何不自由なく贅沢が出来て、男の子と女の子の二人の子供に恵まれている。だいたい成功している男は愛人の一人や二人はいるものだし、知恵の父親も浮気者で母親も苦労していたらしいが、どこかで父親を愛して尊敬している知恵はむしろ、「モテない真面目な男は嫌いだ」と昔言っていたことがある。だから、理想的な結婚をしているのではないかと誰もが思っていた。旦那の悪口も、どこか自慢が入っているようで聞くに堪えられないことが多い。

「不倫なんて、安売りするもんじゃない」と痛感して後悔している。最近、結婚をちらつかせたら、無料で抱ける都合のいい女になってしまっている自分が嫌で仕方がない。そんな時、女子会で、非難されると、我慢が出来なくなって、本音が出てしまった。友人と争いたくはないのに、つい知恵に嫉妬してキツい事を言ってしまった。生活費をもらっていないのなら、あの一万円だって無理したものだったはずだ。由美は知恵に対する同情というか親近感が初めて生まれた。

そして、面白おかしく旦那の浮気話をする知恵のことが痛々しく気になって仕方なかった。



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