表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/24

(第19章 夫の浮気で迫られる選択)

晴子は、もう何年も抱かれていない。30代半ばで出家したようなものだと諦めていた。女から誘うわけにはいかないし、その気にならない主人はきっと不能者だと思って気を使っていた。なのに不倫が発覚して、直接愛人にそういう関係になったいきさつを聞いて驚いた。浮気しているのではないかと、実は何年も前から疑っていた。周囲からも、そんな情報が入って来る。主人に浮気を問いただしても「絶対に浮気などしていない」と逆ギレまでして嘘をつく。しかし、主人が東京に出張した時、愛人と一緒でホテルも同じ部屋だということが発覚したのだ。「東京に行って部屋に乗り込もうか」とも思ったが、子供もいるので、修羅場を演じるのも恥ずかしいと思い留まり、帰宅した時に詰め寄って、吐かせることができた。嘘つきの夫が時間が経つと、また愛人と口裏を合わせてシラを切るかと思ったので、次の日に奇襲攻撃。会社に行って、3人で話をする機会を得ることができたのだった。

『愛人が、どういうつもりで主人と付き合っているのか?直接確かめたかった。「互いに好きなら、離婚したってかまわない。とうに夫婦関係は終わっているのだから。子供の養育費や皆の生活費さえくれれば、裏切った主人と、これから家族ごっこなんてできない」』と思っていた。

しかし、15歳も年下の安川忍は、想像していた女性とは全然違っていた。そもそも、忍が主人を選んだのは、付き合っていた彼氏に捨てられ、挙句に結婚式に呼ばれたことに同情してくれたからだと言う。結婚式の二次会で「結婚しても関係は続けよう」と元カレに耳元で囁かれ傷ついた忍に、優しくしてくれたのが主人だった。主人の仕事のクライアントの担当責任者だった彼女は、仕事帰りに毎日のように主人の会社に訪れるようになった。仕事の打ち合わせと称し、飲みに行っては元カレのことや仕事の不満を訴え、優しく聞いてくれる主人と仲良くなった。取材にかっこつけて不倫旅行でも会社にバレてしまったのか、忍は前の会社を辞め、主人の会社で社員待遇に。引っ越しの手伝いからハワイ旅行の手配など、面倒なことは何でもしてくれる主人に、ある時、彼女の方からホテルに誘い関係したのだと語った。

そんな事実を聞いている間、主人は一言も発さなかった。それはそれは生々しい告白だった。「できたの?」と驚きとともに晴子は聞いていた。「できましたよ」と平気で言う。むしろ誇らしげに安川忍は答えた。夫婦関係がないと知っている勝ち誇ったような笑みに、晴子の自尊心はズタズタになっていた。「だったら、あなたにあげる。その方が皆幸せでしょう?」と、自分でもビックリするくらい冷静な声で言っていた。

しかし、「いえ、結婚なんて考えてないし、いりません」と言う。「心理学の勉強をしているから知っているのだけれど、人間ってストレスがたまると無性にセックスしたくなるんですって。仕事や別れた彼氏のことで、むしゃくしゃしていたし、私に気があると分かっていたから寝ただけ。そろそろ潮時だと思っていたから、ちょうどいいわ。私は、これから自分で事業をして女社長として活躍して、もっといい人と結婚するんだから。こんな人とどうにかしようなんて思っていなかった。だいたい奥さんが人格者でないから、こんなことになったのよ」とまくし立てた。

家に呼んでご飯をご馳走したり、体が悪いというので整体の先生を紹介したりと、色々お世話をしたのに、こんな上から目線で人格をどうのこうのと言われるのは、さすがに傷ついた。いつもそうだ。人に親切にすると、最初は喜ばれるが、そのうちそれが当たり前になって増長する。軒下貸して家を盗まれるというのは、こういうことを言うのだろうか。

それでも晴子は平静を装いながら、大人の対応をしていた。

忍は淡々と話を聞いてくれる晴子の様子に安心したようで、言いたい放題。

「だいたい一夫一妻がおかしいのよ。どうして私ばかりがこんな目に遭うのよ」などと逆ギレする。「主人は、こんなヒステリックな女が好きなのか?」と驚いた。怒るのも馬鹿らしくなった。

わめき散らし、気が済んだのか、お腹が空いたというので夕食までご馳走する羽目になった。食事中も、「蛸のタウリンが切れやすい私に、食べるよう母が言うのよ」と言って、たこぶつをオーダーしていた。主人は一言も発せず、お勘定だけ払っていた。いつも、こうやって忍と食事をして、払わされていたに違いない。奢られるのも当たり前のような感じだった。晴子と食事に行くと、主人は絶対に払わない。多分、忍と付き合い始めた頃から、そうなった気がする。生活費も入れなくなった。会社の業績が悪いのかと思っていたが、接待と称し、2人で新地で豪遊し温泉宿に泊まったり、仕事と称し海外旅行に行っていたのだから、家族に渡すお金なんて残っていなかったのだろう。

晴子は彼女の一言一言を反芻し、なぜ怒らなかったのか、罵倒しなかったのか、いや、あの時殺していたら、その後の長い時間、苦しまなくてよかったのでは、と何度も何度も後悔した。そして、物分かりのいい良妻を演じ、腹の底にドス黒いしこりを溜めたまま苦しみ、涙した。

「あんなレベルの女と気が合っているのだから、主人に前立腺ガンや膝を痛めるなどの罰が当たるのも当然だ。証拠を突きつけて追い込み、白状させたのだから、改心して別れるなら、今回のことは飲み込み許すべきだろう。子供たちのためにも我慢するしかない」と思って、平和的な解決をしたのが良くなかった。ここから地獄の苦しみの日々が始まるなんて、想像もしなかった。何しろ2人は、悪いことをしたとは思っていなかったのだから。

その時は、いつの間にか主人の会社の真ん中のデスクに陣取り、まるで社長のように事務所に居座る彼女を追い払ったつもりだったし、次の日にも退散すると約束したのに、それから1年以上もそこに居座っていた。晴子が抜き打ちで会社に訪れると、必死で逃げていた。汚い彼女のデスクには書類が山積みされ、引き出しの中には汗の異臭を湛えた運動靴や服が無造作に押し込んであった。どこにもいなくなる様子は感じられなかった晴子は、彼女の私物をゴミ箱に捨てた。

目についたソファカバーに手をかけた時、主人が怒った。「だって、こんなキラキラした趣味の悪いカバー、彼女の趣味でしょう?事務所には不適当。気味が悪い」と言ってやった。「でも、お金を出したのは僕だ」と言って、どこかにしまい込んだ。まるで、彼女との思い出を慈しむがごとく。一緒にインテリアショップで、夫婦のように寄り添い選んでいる姿が目に浮かぶ。彼の大嫌いなタイプのカバーなのに、彼女の趣味だから仕方ないとデレデレして買っている姿が見えるようだ。あのソファーの上で2人は、どれだけ愛を紡いでいたのだろうか。吐き気がしてきた。

経理の子が言っていたけれど、忍の月給は27万円だったようだ。主人は家族には生活費を5万円しかくれなかったのに。

あの時、神妙にしていた主人も、2人で何を画策しているのか分からない。携帯には彼女からの電話着信やメールが相変わらず沢山来ている。バレてからも嘘をついて密かに会ったり、食事に行ったり。心が離れてしまった男は、社会的な制裁がなかったら安心して約束を守らないのか。バレても、たかが知れてると高をくくったのか。何か月たっても別れない2人に、法的な手段を取ろうと弁護士にも相談した。夫と別れたら、彼女に300万円から700万円の損害賠償を請求することができる。離婚しなければ、せいぜい10万円から30万円しか請求できないと、弁護士は言った。もちろん成功報酬は、彼女からその金額が振り込まれなくても払わなければならない。

離婚経験者が「慰謝料も養育費も、最初は払うが、そのうち払わなくなる人が多いらしいよ。2人から取り立ててくれる怖い人でも雇わないと、結局訴えるだけ無駄」と教えてくれた。色々調べるたびに、女は結局泣き寝入りして、子供を何としてでも育てていかなければならないのかと思った。

それから、昔勤めていた会社に行って「仕事がないか」と聞いてみた。すると、業界でも主人と愛人の評判が悪く、主人の会社とは「二度と仕事はしたくない」と言われた。「スポンサーの前で、クライアントであるスタッフを顎で使い、ヒステリックにキレて、面目も何もあったもんじゃない」と。「偉そうに言うと、できる女とでも思っているようだ」と。「長い付き合いだから仕事をあげたいけれど、あんな女と仕事を組んでいるなら、オーダーするのは無理だ」と。担当者の男性も出て来て、苦々しくその状況を話してくれた。2人だけの世界に閉じこもり、「スポンサーもクライアントも無能な人ばかりだ」と嘯いていた彼女の姿を思い出した。

そういえば、あの頃から主人は怒りっぽくなって、家でもすぐに子供たちを叱りつけていた。温和だった顔も不機嫌そうに歪み、眉間には深い皺ができていた。どんなに隠そうとも、人が心に思うことは顔色に出てくる。「男は30歳を過ぎたら顔に責任を持て」と言われるのは、こういうことかもしれない。

こんな現実を知った時、主人の会社が傾き、経営状況が悪くなっている事実を初めて知ることになった。これは、慰謝料を請求しても、払えるはずなどないと予感できた。

仕方なく、悩んだ時に救ってくれた占いを勉強し、ビジネス展開しようと考えた。東京に行ったり、仲間を募ってセミナーを実施したり。細木数子がブームになりかかっていた頃だ。動物占いが大ブームになり、本も沢山出版されていた。動物占いを創ったチームの数人が独立し、五行占いをミックスさせてバージョンアップし、出版している時だった。

六星占術や姓名判断、気学や数理法などなど、様々な占いを勉強した。中国では、医者よりも易者の方が地位が高いそうだ。元々、次の皇帝選びの時に必要な学問だったからだ。占いで次の皇帝が生まれる生年月日が計算され、その日に子供が生まれるよう、皇帝は子作りに励まなければならない。そうやって、たくさんの女性を妊娠させ、理想の日に一斉にお腹を切って子供を取り出す。「帝王切開」とは、ここから来ている。そして、同じ日に生まれた子供の中から、一番優秀で血筋が良い男の子が選ばれ、次の皇帝になるそうだ。人生のスタートである生年月日を紐解くだけで、沢山の情報が得られる。経営者も政治家も、有能な占い師に重要なことはアドバイスしてもらっているようだ。

晴子は、頑張っても報われない自分の運命を知り、占いで人生を変える術を模索していた。ちょうど知人が個性学占いをパソコンでシステムをプログラミングしたこともあり、ザウルスを使ってイベントにも出店。結婚情報誌の占いコーナーの執筆もしたり、婚活パーティーや子育てイベントでも占い師として活躍。会社の人事の相談に乗ったり、ジュエリーショップのお客様のデータ収集などなど、様々な試みをして、離婚後の自立を目指し奮闘していた。

しかし、40代で、さらに仕事から離れて久しい主婦には、生活していけるほどの収益は無理だと分かった。しかも、「嫌なことがあったら、いつでも実家に帰って来なさい」と言ってくれていた父はもういない。母に言うと、「出戻りのお姉さんがいると、弟の縁談に差し障るから、離婚しては駄目」と反対される。「女は、離婚したら負け」というのが、母の自論だった。近所の人の目も怖い。田舎は、すぐに噂が広がる。母や弟の生活が脅かされる。そう言って離婚を反対されると、行き場がない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ