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(第18章 愛が消えた暗闇でもがく女)

会社経営をしている人と結婚した晴子が、一番平凡ながらも幸せな家庭を築いていると、友人たちは思っている。美人で大きな会社の社長秘書をし、バイリンガルで才能があり、皆の憧れの的だったのに、あまり風采の上がらない、真面目そうな男を選び、主婦に収まったのは意外なことだった。いつも注目されていた才女だったせいで、「平凡な幸せ」なるものに憧れていたせいかも知れない。だから、大学時代の美女の集まり「女子会」で繰り広げられる、知恵と由美の修羅場のような会話には入っていけなかった。内心『お金があるから浮気なんてするのよ。良かった、甲斐性もないし、見た目も普通の旦那を選んで』と胸をなで下ろしていたのだった。「目立ちたくない。人から嫉妬され、嫌がらせや不当な言葉で傷つけられるのはご免だ」と思っていた。

幼い頃から勉強も良くでき、可愛くて皆から賞賛される反面、嫉妬され、嫌がらせやいじめに遭っていた。だから晴子は、普通に平凡に、笑顔でたくさんの仲間がいる生活を夢見ていた。女子会でのスリリングなやり取りは、ただただ驚くばかりで、自分には無関係だと。異次元の話だと他人事で笑っていられたのだが、その時すでに夫は十五歳年下の愛人とよろしくやっていたとは。

晴子が昔、男前の恋人がいたのを振ったのは、『浮気をするに決まっている』と皆に思われていたからだった。

晴子は、家族を一番大切に思ってくれる、優しくてマイホームパパな男性が理想の相手だった。真面目で誠実な宮坂は小さな会社の経営者だった。風采が上がらない人だったのだが、かえって信頼できる気がして、結婚を申し込まれた数人の中から選んだ。きっと浮気などしないで、家庭を守ってくれると。平凡でも幸せな理想的な生活ができるものだと思っていた。

周囲はこの選択に難色を示し、母は猛反対した。親戚縁者も、驚きとともに落胆したものだった。父だけは「嫌なら、いつでも帰って来たらいいから」と言って、娘の選択を応援してくれた。

家柄から言うと随分落差があったので、両家は不釣り合いだと思っていたに違いない。それでも結婚してからの晴子は慎ましく、実家からの仕送りもすべて貯蓄して、貧乏暮らしを楽しんでいるかのようだった。化粧もしない。洋服も買わない。涙ぐましい努力で二人の子供を育て、少ない家計をパートに出て補っていた。あれほど美しかった容姿も、生活苦のためか貧相になり、独身時代の輝きは失せてしまっていた。

二人の子供に恵まれたので、周囲はセックスレス夫婦だとは思っていないだろう。貧乏で、愛情が感じられない生活に、欲求不満な日々。それでも、この時、夫の浮気だけはないと、知恵の旦那の話を他人事のように聞いていたのだが、まさかその数年後、夫の裏切りに地獄を見ることになるなんて、考えてもいなかった。

「浮気をしない男はいない」と言われるが、女は絶対的な愛を求めて誤算してしまう。「お金持ちで男前なら、必ず浮気するに違いない」とか、「モテない男なら心配しないで済む」とか。しかし、人生は思った通りにはならない。綺麗な奥さんがいる男がモテるのはなぜだろう? 奥さんに勝ったつもりで浮気していた女も、離婚した途端、浮気男に興味がなくなるのはどうしてなんだろう? 「きっと、あんなに素敵な女性を射止めるだけの魅力があるに違いない」と頭が誤解し、好きになるらしい。だから、妻に棄てられた男を改めて見ると、ただのハゲ男だったりして、ぞっとしたりする。

そもそも男女の仲は、大いなる思い違いなのだとも言えるだろう。蝶よ花よと育てられた晴子の美しい羽も花びらも、貧乏という鋏で無残にも刈り取られてしまった。結婚という牢獄。美しい蝶を捕まえた男の不遜。自分の遺伝子を宿した者は、征服した奴隷のように見えるのかも知れない。

真面目だと思っていたのだが、単なる淡白なのだと、結婚して初めて分かった。婚前交渉をしても、「仕事とセックスは家庭に持ち込まない」などと、もっともらしく言う男性をよく見かけるように。結婚した途端、愛の営みまでも省エネしようとする。性格の不一致で離婚するとよく聞くが、実は性の不一致の場合が多いと言われている。

それまで付き合った男性は、仕事ができるほど好色な人が多かった。その誘いをしなやかに躱して付き合っていた。一度寝たら、興味がなくなる男が多いということを直感で感じていたから。もちろん、遊びや本命がいるにもかかわらず、つまみ食いしたいだけの男もいる。だから、肉体関係を持ったら負けだと思っていた。特に女性は、男性経験など少ないに越したことはないと信じ込まされていたからだ。

男性は女性関係が多くても独身なら、むしろ勲章のように憧れられたりするが、女は男性経験が豊富だと敬遠される。結婚したら、なおさら女の浮気が疎まれる。セックスは、神が愛を甘受するために、子供という愛の結晶を産むために与えた最高のプレゼントなのに。どうして女だけ、自由に楽しむことを、愛を交わすことを汚いものだと教え込まれたのか。互いの体を慈しみ、悦楽と快感で紡ぎ合った日々こそが青春そのもの。かけがえのない愛の日々だったはずなのに。

結婚すれば、当たり前のように子供を産むことを強制され、できなければ人工授精や過酷な不妊治療をしなければならない。子供を作るための結婚。家族を作り、子供を育てるための生活。そこには想像した愛の生活などない。女の悦びなど問題視されることなく、子供が生まれたら女としては見てもらえず、家政婦か母親として人生を捧げなければならない。

家族のため、子供のため、身を粉にして働き、ふと気づくと女としての魅力は失せ、生まれて来た使命や夢や好きなこと、すべてを犠牲にして生きている。

夫に愛がある時は、十分なお金や物をくれるが、愛情が他の女に移った途端、残酷な仕打ちが待っている。結婚という法的なルールがあっても、たとえ裁判で勝訴したとしても、得られるものなど何もない。結婚しても地獄。しなくても地獄。そんな愛憎劇が、まさか自分にも降りかかって来ようとは、晴子には予想だにしていなかった。

晴子が望んだのは、ささやかな幸せ。平凡で、家族で一年に一回くらい旅行できたり、毎日一緒に食卓を囲んで一日の出来事を話したりする程度の、小さな願望しかなかった。子供たちの成長を主人と一緒に喜び、助け合い、互いを慈しみ合うような家庭を夢見ていただけなのに。

晴子の両親は一代で富を得ただけあって、人一倍働いていた。三百六十五日、盆も正月もなく、二十四時間、いつ寝ているのかも分からないくらい働いていた。なので、一度も家族旅行をしたことがない。誕生日も忘れられ、食事も子供だけで食べることが多かった。友人たちの家族は、母親がいつも家にいてくれる。父親も毎日、食事の時には一緒だというのが羨ましいと、いつも思っていた。晴子の才能を生かすための教育は、お金に糸目をつけず与えてくれたが、寂しかった。

結婚したら、家族みんなの誕生日はお祝いしてあげて、毎日おいしい料理を作って、みんなで食べたかった。土日やゴールデンウィークには家族でどこかに遊びに行ったり、一緒に布団で眠れるだけでも幸せだと思っていた。たくさんの男性から求婚されたし、結婚後も男性からのアプローチはあった。しかし、貞淑な妻であることを美徳だと思っていた晴子は、主人は絶対に裏切らない、他の男性には目もくれないと信じていた。潔癖な晴子に、知恵や由美のあけすけな言葉は刺激が強すぎた。

しかし、成熟した体の渇きは、世に言う更年期障害のような症状で晴子を悩ませていた。女同士で集まって、まだ色っぽい話ができている頃は、女も性欲があり、他の男性とのアバンチュールや、離婚後のラブロマンスもあるかも知れない。しかし、女も五十歳を超えると生理もなくなり、女としてのリベンジは望めない。容貌も落ち、男性からも相手にされない。若い時は女が売り手市場だと思っていたが、実は男がその気にならなければ、恋は成就されないと気付く。

女は気に入らない男とでも寝ることができるが、男はその気にならなければできない。嘘のつけない体だから。美しさや色気や愛に敏感な動物なのだ。そして、若くて綺麗な、あるいは自分好みの女性には、めっきり弱い。内面や能力重視の女とは、根本的に価値観が違う。モラルも社会的なルールも、欲求には勝てない。おあずけを食らった犬のように、ご主人様が見ていなければ、つい食べてしまう。そして、すまなそうな顔をしてみせるが、あまり懲りてはいない。だから、ついまたやってしまう。煙草も酒も、博打も女も。

どんなに高い教育を受けていても、モラルを躾けられていても、ついやってしまう。「男はみんなそういうものだ」と、よく知恵や由美が言っていたけれど、主人だけは違うと信じていた。永遠の愛を信じたかった。一生一緒に、助け合いながら生きていきたかった。



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