(第13章 年下の男との恋)
けだるい身体にムチ打って、努を家に招き入れ、「ラーメンくらいしかないわよ」と言って、それでも具だくさんの塩ラーメンを手早く作ってやる。塩ラーメンが努の大好物なので、いつも買い置きしている。冷凍庫には、シナチクや焼き豚が入っている。いざという時に、いつでも作れるように。今日は、もやしも、キャベツもネギも野菜室にあった。具だくさんのラーメンは丼からはみ出そうだ。出来上がったラーメンに大喜びで食らいつく努が、やっぱり可愛い。インスタントラーメンごときで、こんなに幸せそうな顔をされると、野良犬でも飼ってあげたくなってしまうではないか。年齢を重ねると打算や条件ばかりが気になって、こんなに自分を必要としてくれる存在さえも、つまらないものに見えてしまう。「努も、きっとそのうち若い女の子に目移りするに違いない」と思っているのも、勝手な由美の思い込みなのに。今、愛してくれている努の若々しい身体も、ギリシャの彫刻みたいな綺麗な顔も。自分にはふさわしくないとの思いさえ封じたら、幸せなのに。
愛し合って疲れて眠ってしまった努の寝顔を見ながら、いつか失うだろう愛の束の間の幸せばかりを貪っている自分に、そっと溜息をついた。明日は土曜日。昼まで惰眠をむさぼって、努とベッドで戯れて、昼からでもバイキングにでも行こうか?努の食欲を満たすには、中華か焼肉の食べ放題がいいだろう。いつまで経っても食べ続ける、あの食欲を見ているだけで、若さが蘇って来る気がするから。
まつ毛が長い。シャンプーか、コロンか何かの良い香りがする。今の若い子は、汗や砂と太陽の香りはしないのだろうか?「今の若い子だって?」と思う自分が、既に若くないオバサンなのだと認めているのに苦笑しながら、まじまじと努の寝顔を見る。前髪が少し長い。美男子だと、しみじみ思う。これが、現実なのかどうか不安になる。つい、悪戯がしたくなる。ニヤリと笑みがこぼれて、そのしなやかな身体に歯を立てる。「痛い」と眠そうな目を開けて逃げようとする。「だって、おいしそうだったんだもの」と甘えてみせた。腕枕して、もう一度由美を抱きしめようとした努に背中を向ける。『せっかく酔って、眠りたかったのに、すっかり酔いも覚めて眠れなくなったじゃない。これは、お仕置きよ』と、心の中で言い訳をして微笑んだ。努の若くて、しなやかな腕に痛々しく残った歯型に、自分の所有物だというサインをしたような満足感がある。しかし、疲れ果てているのか、努は怒らない。またすぐに眠りについている。でも、背中を後ろから抱きしめてくれる。耳元に息がかかって、くすぐったい。努と寝ると若さが蘇ってくる。不倫相手と情事を重ねた後は、何歳も年老いた気がしたのに。『私が20歳の成人式を迎えた時、努は5歳だったのか?幼稚園児だったんだ』と気付くと、急に笑えて来た。そして、今、努は20歳。「親子程は年が離れているわけではない。でも、何歳まで、努は自分を女として見てくれるのだろう?男と女が逆なら良かったのに」と思う。自分が男だったなら、こんな美しくて若い子と結婚すると言ったら、きっと皆から羨ましがられることだろう。あと3年?5年?10年は無理だろう、などと想像を巡らせる。知恵を見ていても3年も続かないのに。一日一日が、奇跡のような日々だと思うと、胸が苦しくなった。6歳年下の彼氏にも、罪悪感を感じている裕子に、この努との恋の話をしたら、驚いて呆れられるに違いない。
結婚適齢期の25歳で、まだ19歳のバンドマンと結婚した裕子は、4歳上の旦那と結婚した知恵や晴子よりも若々しい。子供が出来ないのも要因のひとつかもしれないけれど、相手が年下だと気持ちも若返るのだろう。特に、ファンに囲まれ人気者の彼を射止めたのだから、周囲のファンは皆ライバル。彼の奥さんというだけで、いつも若々しく美しくあらねばならないとのプレッシャーがあるらしい。最近は、コンサートについて行くことは珍しくなったが、結婚当初は、取り巻きから彼を死守するかの如く、いつも同行していた。そのうちファンクラブの女の子とも仲良くなって、彼のバンドのマネージメントをするようになっていたのだが。最近、稼業の手伝いも忙しいらしく、ツアーには同行しているヒマが無くなったようだった。いつも奥さんが目を光らせていたら、人気も落ち込むという危惧もあるのだろう。
大人しそうで、よく気がつき、金持ちだというのに奢らない性格は、仲間内でも人気がある。なので、女子会の連絡係も、幹事も裕子に任せている。しかし、4人では集まるものの、由美と裕子が2人で会うことは無かったような気がする。『裕子は、結婚式もやっていないのでは?新婚旅行にハワイに行っていたようだが。親戚やバンド仲間だけの身内で挙式したのかな?』と記憶をさぐる。もとより、裕子は自分のことはあまり喋らない。女子会でペラペラ自分のことを喋っているのは、知恵と由美ばかりだったからだ。
しかし、この美しい友人達と、たまに会う女子会を、由美は実は楽しみにしていた。最近、あれほど美しかった晴子が、所帯じみてきたことだけが気がかりだったが、子育て中なので、仕方ないのだろう。努のつやつやした肌、若々しい筋肉。まるで、ドラマの主人公になったかのようなベッドの中で、由美はその温かさに、ずっと包まれて眠っていたいと思った。




