私の名は、タロタロ。筋肉増強中
NOGUSO騒動(略して『NOGUSO動』)から翌日、私は大人しく器具を使って木靴の表面を整えていた。
(あ〜、昨日は散々だった。どこの世界に女子高生が出したものを検分するとか言い出す兄弟がいるってのよ)
脳裏に浮かぶ声が最悪な言葉で聞こえてくる。
『なにが原因か分からんからな。出したら声を掛けなさい。虫がいるかどうか、解して確かめねばならん』
昨日の一郎の台詞である。
(パンチ効きすぎだっての)
出そうにないものを無理に捻り出しても出るもんでも無いし、出したところで金髪のキラキラした美形の兄弟二人がそれを解す気まんまんなのである。
(ホラーかよ!)
さすがに白状した。
すると、一郎から
「タロタロ、どんな状況だろうと嘘はいけない。嘘を言い続けると、肝心な時に誰も聞く耳を持たなくなる」
(お、オオカミ少年⋯⋯?)
童話のような諭され方。
そして、翌日。今日。
罰として“木靴を一足、表面を少しでも整え終えるように”と、指示をして二人は仕事へと行ってしまった。
仕方ないので、椅子を外に運び出して、座って謎の器具で木靴の表面のガタガタのナイフの跡を削る。
ちなみに二郎は、嘘だったんだと信じた途端に終始、呆れ顔。
「お前、人を騙すならもう少し分かりやすいものにしろよな。ったく、心配して損した」
と、ぼやいていた。
(いや、こっちもあんなに大事になるとは思わなかったわよ)
便秘キャラまで演じたってのに、と歯ぎしりしながら、木靴を削る。
「なにこれ?靴の中はどうやってこれで削るのよ」
サンドペーパーが欲しいところである。
「分からないとこは、あの兄弟に頼めばいっか」
昨日までなら代わりにやってくれそうな雰囲気だったが。
「はぁ⋯⋯、しっかし昨日は失敗した。素直に薪割っときゃ良かったわ」
今日の二人は、腕組みして監視しそうな雰囲気である。
「はぁ、疲れた⋯⋯。重すぎよこれぇ〜〜」
腕をさすって気付いた。
(なんか、太くない?⋯⋯いや、固くない?)
右腕を左手でペタペタと触って確かめる。
試しに力こぶを作ってみた。
洋服で見えない。
左手で触って確かめる。
ペタ
ペタ
――モリ⋯⋯ッ
「ひっ!」
なんか、丘が出来てる!?
「そういえば、最近、あの小ぶりな斧持っても、重く感じなくなってたわ⋯⋯」
(なんてことなの⋯⋯。着々と劇画調の肉体になってきてるじゃない)
このままでは、夢で見た二郎と筋肉を称え合って笑い合ってた夢が現実化してしまう⋯⋯!
日本に帰ってからのことを想像する。
異世界から帰ってきた私。
覇王の気をまとった私を目にして、まず両親の度肝を抜かす。
そして、職質。
両親の生年月日や本名、日頃の会話や癖。
なんならおじいちゃんがかましてくる昭和ギャグを真似して、二人にもう一度、度肝を抜いてもらいながらも納得させる。
登校日。
ブレザービチビチ。
スカートから覗く脚は、すらり⋯⋯ではなく、競輪選手。
その太ももは、友達のウエストと同サイズ。
そして、私は出席日数が足りずに留年決定。
あれ⋯⋯?教室の机ってこんなに小さかったっけ?
椅子ってこんなにお尻がはみ出てたっけ?
風に吹かれて、髪を流しながら、劇画調の私はもう行くことも会うこともない二人、遠くの異世界に思いを馳せるの⋯⋯。
その後ろから男子達の声がするわ⋯⋯
「マジで筋肉やべぇ」
「なんか顔も変わってね?」
「首太くね?」
クラスのみんなからは、「アイツは学校サボって山に修行に行って筋肉を手に入れてきた」
なんて、噂が立つのよ。
覇王の背中が泣いてるわ⋯⋯。
私服なんて全部ビチビチ、しゃがんだ瞬間に、パン!!て尻の布が裂ける一発芸を身につける。
全ての私服がワイルド仕様へと変わる。
もちろん、もう着る服なんて無いからジャージ、もしくは、スウェット。
友人達と遊びに行ってナンパされる事もなくなり、付いたあだ名が、
『護衛』
『SP』
『用心棒』
と呼ばれる未来を想像しながら、木靴を一定の速度と向きで削っていたら、二郎が帰ってきたのか頭上から声を掛けられた。
「お、ちゃんとやってんじゃねぇか⋯⋯って、おい、なんで涙流してんだよ」
劇画調の自分の未来に涙したなんて言えるはずもなく。
「おかえりなさい⋯⋯」
と、木靴を削るのを再開すると、二郎から顎を持ち上げられた。なにすんのよ。
「ちょ⋯⋯」
「削りカスが目に入ったんじゃねぇか?ちょっと見せてみろ」
洗ってない手で目蓋、かっ開かれる。
「うーん⋯⋯」
どんどん近付いてくる二郎の顔。
二郎の金髪の前髪が、私の顔にかかった。
(いや、手、手洗って⋯⋯)
汚れてなくても帰ってきたら手は洗う!
これ絶対!
手洗い励行!!
しかし、二郎はそんな私の心の声なんて聞こえやしない。
「おい、ちょっと、目動かしてみろ。痛ぇとこないか?」
なんて、呑気に聞いてくる。
「⋯⋯ない」
あるわけ無いじゃん、と思いつつも眼球を動かして、答えた。
私の返事を聞いた二郎は、
「じゃあ、涙と共に流れたんだな。運が良かったな。今日は目こするなよ。危ねぇからな」
と、言って手を離して、ぱっと身体から距離を置いた。
「⋯⋯二郎。私、筋肉がついちゃって⋯⋯ねぇ、私の身体ごっつくなってない?」
「なんだよ、ごっつくって?」
「ゴツゴツ岩みたいになってないか、って事よ⋯⋯」
「ああん?」
すると、二郎はまたしても洗ってない手で私の肩やら腕やら背中をペタペタ触りだした。
「なってねぇ。ほそほそ」
「でも、これ見てよ!」
二の腕を曲げて、モリっとした筋肉を見せつけた。
「ここ!触って!盛り上がってるから!」
二郎は私の言葉に、二の腕の力こぶを触る。
「前はこんなのなかったのぉ〜。なだらかだったのにぃ」
私の悲痛な叫び。二郎、聞いちゃいねぇ。
ニッコリ笑って、私にこう言った。
「タロタロが頑張ってる証拠じゃねぇか。筋肉は働いた者への褒美だぞ」
(ほ、褒美⋯⋯!?)
「さ、次は薪割りだ!ちゃちゃっと終わらそうぜ!」
そう言うと、二郎は私の背中をポンポン、と叩くのだった。
手、洗ってよ。




