ふんづまる、タロタロ
肉入りスープも食べて、だらけてゴロゴロしていたせいか、すっかり元気な私!
使用済みの苔サニタリーは、一郎が部屋に持ってきた灰汁で、洗って乾かして、暖炉に焚べた!
「お世話になったわね、二人とも。お陰で体調もすっかり良くなったわ。ありがとう」
お礼を述べると、二郎の手が伸びて、私の頬に触れた。
「ん、顔色も、悪くねぇな」
二郎から顔色チェック受けていたら、一郎の手が伸びて前髪をそっ、と掻き上げられた。
「“隠者の日”の期間は、極端に顔色が青くなったり、白くなったりする者もいるという。タロタロ、無理だけはしないようにな」
(なんだか、二人とも優しいじゃない⋯⋯)
「⋯⋯てか、手、洗った?」
触るのが良いが手洗い励行はちゃんと行われていたのだろうか?
「洗ってるよ、お前、うるせぇもん」
二郎が呆れた表情と声でそう言った。
「なら、よし!よ」
にっこり笑って二人に言う。
笑いあう、兄弟二人の後ろに見てはいけないものを見るまでは⋯⋯。
「ん?んん?」
幻覚か?――気のせいか?⋯⋯いや、だが、あれはどう見ても⋯⋯
「⋯⋯なんか、めっちゃ、木靴増えてない?」
部屋の中、二人の後ろ、木靴の形に削られた物が並べられて、重ねられていた。
「硬くなる前にな、削り出した。タロタロ元気になったのなら、今日から研磨だ。ある程度の量を持っていって外で削るようにな。これが道具だ」
渡されたのは金属の平べったい謎の物体。
ナニコレ?
「⋯⋯て、さっきまで心配していた二人はどこ行っちゃったのよ。てか、早速無理させているじゃない⋯⋯!」
「休み休みで良い」
いや、こんだけ部屋に置かれた木靴!
圧が凄すぎるんだけど!
寝てる間に木靴工房になってんじゃない!!
と、言ってやりたい文句はぐっ、と堪えた。
肉を食べさせてもらったのだ。
ついでに来月も肉が食べたい。
「⋯⋯分かったわ」
二人は仕事に行く前に、私に研磨のやり方を教えてから仕事へと向かった。
「はぁ」
吹かれた風に削りカスが舞う中、朝っぱらから研磨作業。
「休み休みで良いって言ったし、午後は寝よう」
集中、集中――――ねむ。
ぐーたらしていた日々のせいで、休みグセが身についてしまった。
「ま、今日は初日だし⋯⋯。一郎も無理するな、って言ってたし」
言い訳にして、早々に長椅子に横になった。
「ちょっと、休憩したらまた再開しよ」
寝た。
「おい、タロタロ。起きろ、薪割りすっぞ」
薄目を開けると、二郎がこちらを見下ろしていた。
「――えぁ?」
(なんで、二郎がいんの?)
長椅子に横たわった状態で首を巡らし、窓から外を見る。
いつもの二郎が帰ってくるぐらいの空の明るさだった。
「⋯⋯めっちゃ、寝ちゃってるじゃん、私」
独り言のつもりだったが、二郎にしっかり聞かれたようで⋯⋯
「⋯⋯どんだけ寝てんだよ、お前」
呆れた声で二郎が溜息を吐いて、半眼見下ろしてくる。
「えー⋯⋯秘密ぅ」
と、誤魔化したが、
「⋯⋯仕事に行く前と何も変わってねぇから、何もしてねぇことぐらい分かんだけど。元気になったんなら、ちったぁ働けよ」
と、返された。容赦ない。
「仕方ないじゃない!初日なんだし、あたた⋯⋯!」
腹を押さえて、痛がる素振りを見せてやった。
(なーんて、冗談だけど)
「だ、大丈夫か!?タロタロ!」
しゃがみ込みこちらの様子を伺う二郎。
痛がる素振りをしながら焦る二郎を見て、溜飲を下げ、いざ種明かし⋯⋯をしようとしたところに一郎が帰ってきたのか、部屋に入ってきた。
「どうした?」
「あ、兄貴!た、大変だ⋯⋯!タロタロが⋯⋯っ!」
(え?)
声を掛けてきた一郎に、二郎の焦りの声を出す。
その声に反応して、一郎は足早に近付き私の前に膝をついた。
「タロタロがどうした?」
「分かんねぇけど、急に腹が痛ぇって押さえだしてよ」
(ちょっと、)
「それは、大変だ。虫かもしれないし、手遅れかもしれない」
「そんな⋯⋯ッ!」
(ちょっとちょっと、)
双子芸人のツッコミを入れたいが、なんか、そんな雰囲気でもない。
「や、あの、もう大丈夫⋯⋯」
なーんちゃって、をかまそうとタイミングを見計らうが、それをやると二人からとんでもなく怒られそうな予感がする。
(とりあえず、治ったことにしよう)
そう決意して、平気な顔して言ったはずなんだが。
「ひとまず、寝所だ。様子を見よう」
「先日の肉が悪かったのかな⋯⋯。一応、朝イチに行って、その場で捌いでもらったってのによぉ。俺らはなんともねぇのにさぁ⋯⋯。あ、兄貴、俺が運ぶよ」
(は?え?サバ⋯⋯、な、何肉食わせたのよ)
二郎が放った肉の話に集中してたら、二郎から横抱きにされた。
(え、うおああ!?なんで、コイツ、私をお姫様抱っこしてんの!?)
「え!?あの、二郎、薪割り⋯⋯」
「薪割りどころじゃねぇよ、死ぬかもしれねぇんだぞ!」
(いやいやいや、死なんがな)
だって、仮病だし⋯⋯!!
お腹の痛いフリしただけだし!
(ああ⋯⋯っ!ちょっと脅かすはずが、なんでこんな大ごとになったんだか〜!)
あれよあれよ、とベッドに寝かされ、服を脱がされネグリジェ一枚にされた。
「先日の多量の出血はもしや、前兆だったのかもしれない⋯⋯。“隠者の日”だと侮っていたが」
神妙な顔をしてそう、一郎が呟いた。
忘れたい過去――先日、二日目の朝、シーツとネグリジェを経血漏れして汚した事を一郎が蒸し返してきた。
ちなみに、洗ったのはこの兄弟二人である。汚れたパンツは灰汁に付けて渡したが、兄弟のどちらかにパンツまで洗われた。
(なぁんで、今言うかな!?こっちは忘れたいってのに!!)
良く見たら二郎が泣きそうな目でこちらを見ていた。
(ええっ!?)
「ちょ、ちょちょ、二郎!なんで、あんたそんな泣きそうな顔になってんのよ!」
気まずいから、その顔やめろ!!と、言えたら良いが、ちょっと眦が赤く染まり、鼻の頭まで赤くしている二郎を見たら言えなかった。
⋯⋯なんか睫毛、濡れてない?
「だ、って、母さんも死んだんだ⋯⋯。父さんも⋯⋯。“大丈夫”って言って、二人とも⋯⋯」
「ちょ、ちょっと、二郎、やめて。それ以上言わないで。胸が痛い」
「「胸が痛い!?」」
「いや、ごめん。間違えた。どこも痛くない。言葉の綾。比喩表現、ね」
「ああ⋯⋯ッ!」
「兄貴⋯⋯!」
崩れるように額を押さえる一郎。
ふぁさりと、肩までの金髪が揺れた。
悲痛そうな兄を、睫毛を濡らした弟が心配そうに、だが不安そうに肩に手をやった。
(いや、“ああ⋯⋯ッ!”じゃないわよ、なにこれ!?私が“ああ⋯⋯ッ”って言いたいわ!)
言ったら最後、この目の前で悲痛な表情の兄弟二人から、最期の断末魔と勘違いされかねない。
(ど、どうしよう、どうしよう⋯⋯!あ!そ、そうだわ!!)
(今度は完璧に治ったフリをしよう――――!)
気合を入れて⋯⋯、いざ――――!
「あ、アレレ〜?ドッコモ痛クナイゾー」
お腹を両手で押さえた後に、確認するように、腹周りを何度もタッチしては、驚いたふりをする。
「ど、どうした、タロタロ⋯⋯」
固まる二人を無視して、私は続ける。
「ウン、ヤッパリ、ドッコモ痛クナイ〜。フシギダナァ〜?サッキマデ、アンナニ痛カッタノニィ」
「た、タロタロ⋯⋯」
「コレハ⋯⋯ウン、アレダナ。キットタダノ、ウンチダナ。ウンチノイドウスル痛ミダッタンダー。ワー」
私は、この時――
女子高生のプライドを捨てた。
「タロタロ、なにを言ってるんだ。お前は、先日『女の生理はめっちゃお通じ良くなるんだから!トイレ⋯⋯トイレが私を呼んでる!』と、言って中庭に向かって行っていたではないか」
一郎が、先日の私の行動を再現するかのような事を言いだした。
(なんで、こいつ説明が私のモノマネなのよ!?てか、私そんな喋りなの!?)
ショック受けている場合ではない。
「ウン、キットマダ、残ッテタンダナァ。ナァンダ、ビックリシタ。ワタシ、シンジャウカト思ッタ」
私は、便秘女を徹底することだけを考えた。
「ジャア、サッソク中庭ヘイカナキャー。タイヘンタイヘン」
「大変なのは、タロタロの奇行じゃね⋯⋯?大丈夫か?おい、タロタロ⋯⋯」
二郎が声を掛けてきたが、コイツは心配したいのかこき下ろしたいのか、どっちなんだよ。
「人は死ぬ前に奇行に走り出す者もいるという。途中で生き倒れていたら大変だ。連れて行こう」
一郎からの余計な申し出。
「イヤイヤイヤ、ヒトリデイケマスッテェ。一郎サンハ心配性ダナァ。ハハハ」
ベッドから下りると、革の履物を履く。
兄弟二人で片足ずつ紐で縛ってくれた。
「アリガトウ、二人トモ。ジャア、イクネ」
ドアへと向かうポーズのまま、後ろから肩をつかまれた。
「送っていこう」
「エ⋯⋯」
「そうだな、一人じゃ心配だ」
「イヤイヤイヤ、イケマスッテ〜」
「イケマスッテ〜。じゃない、タロタロ。何だその喋りは、一体どうしたというのだ。身体がもうなんともないのなら、その喋り方は、明らかにおかしい」
(なに、モノマネしてんだよ、って、ええ!?今度は、演技のダメ出し!?)
(普通にしてても信用しないし、完璧な演技をこなしても騙されない。一体どうしたら良いのよ⋯⋯)
なんて、考えてる間に兄弟二人から両脇に腕が回され、半ば浮き足状態で中庭に向かって、廊下へと引きずられていることに気付いた。
「エ⋯⋯マ、マッテフタリトモ⋯⋯」
声を掛けたが二人の足は、止まることは無かった。
(つ、詰んだ⋯⋯)
絶望のまま私は、NOGUSOの中庭へと連れられていくのだった。




