タロタロ、陰の者になる
一郎と二郎を怒鳴りつけて下腹に力が入ったのか、わからないが、とうとう、とうとう⋯⋯。
「始まった⋯⋯」
ごっついスカートをたくして下ろした下着に仕込んだ苔サニタリー。そこには、見たくなかった印が。
はぁ。と、でっかい溜息を吐く。
運が良いことに、私は生理痛はさほど重くない。
これが重いと、痛み止めの薬がない世界で毎月苛まれるなんて、地獄でしかないだろう。
と、毎月青い顔をして『薬がまだ効かない⋯⋯』と、痛そうにしている友人を思い出す。
「あの二人が仕事に向かった後で良かった⋯⋯」
さて、もぎ取った沐浴権。早速準備をせねば。
あの兄弟が帰ってくる前に沐浴を済ませないといけない。
陽の光が良く当たる場所で、且つ人に見られない場所⋯⋯。
「中庭しかないでしょ」
重たい盥を手で押して転がしながら、中庭に向かう。
瓶も重たいから桶に汲んで往復。
「⋯⋯なんで生理中に身体動かしてるのよ」
出来れば休みたい。だって⋯⋯
「うう⋯⋯」
身体から漏れるこの違和感。あー⋯⋯、気持ち悪い。
「苔ナプキン⋯⋯ちゃんと仕事してよね」
吸い取ってくれているかしら⋯⋯、不安でしか無い。
なんとか盥に水を移して、しばし休憩。
いつもなら長椅子にドカリと身体を預けて楽な姿勢をとるというのに⋯⋯身体が横たえられない。
(漏れたくない⋯⋯!!)
土足厳禁の床に座って休憩。下は板を張っただけの床。
木材のひんやりとした感触が肌に触れる。
(はあ、この国の人は一体どうやって対処してるんだろ⋯⋯)
共同井戸で洗濯の準備をしている最中に出会った、あのレスラー体型のおばちゃん達に聞いても、ナプキンも無さそうな文明。
度肝を抜かされる対処法を教えられても、対応出来るか分からない。
「はぁ、」
長椅子に顔を突っ伏して、目を瞑った。
◇◇◇
太陽に照らされた水を時間を置いて何度かかき混ぜる。
「うーん、そろそろかしら?」
だいぶん温まった気がする。
「まぁ、こんなもんかな」
身体を磨くための布。
泡の出る葉っぱ数枚。
盥の水を汲む器。
濡れた身体を拭くための吸水性がイマイチな布。
替えの下着。
替えの苔サニタリー。
「よし、忘れ物はないわね」
外。中庭。私、全裸。
(誰にも見られませんように⋯⋯)
素早く!だが、徹底的に!抜かりの無いように用事を済ます!
「はい、終了!」
兄弟が戻る前に、手早く着替える!
もう一人で服も着れるようになったのだ!えへん!
「重!」
木製の盥に入った水は、ひっくり返すことが出来なかった。
「どっちか戻ってきたらひっくり返してもらおう」
灰汁で下着の洗濯を済ませて、苔ナプキンは⋯⋯洗って再生は無理かな。中に潜む雑菌、増えても怖いし。
乾いたら暖炉に焚べることにする。
暖炉の部屋で下着を干してたら、二郎が帰ってきた。
「二郎、中庭にある盥をひっくり返してほしいんだけど。あと、私、体調不良になったから、今日薪割り出来ないの。ごめんなさい」
「良いけど⋯⋯」
首元に二郎が片手を伸ばしてきた。
(⋯⋯え?)
締められる!?
穀潰しになったから!?
驚きで硬直してたら、ヒタリ、と手の甲を押し当てられ
「熱は⋯⋯高くねぇな。⋯⋯なぁ、タロタロ。体調不良ってどこが悪ぃんだよ」
聞かれたが、言えるわけがない。
黙っていたら、二郎は溜息を吐いて部屋から出ていった。
⋯⋯なんとも罪悪感。
しかし、言えるわけがないのだ。
(恥ずかしいし⋯⋯)
しばらくすると、一郎も帰宅してきた。
「なぜ、床に座っている?椅子があるのだから、椅子に座りなさい」
ママの苦言。
「今日は椅子じゃなくて、床に座りたい気分なの!!」
「⋯⋯⋯⋯」
反抗期の娘を見るような目で、一郎も部屋から出ていった。
夕食の時間。
「タロタロ⋯⋯、椅子に座りなさい」
ママの苦言。
「私、今日は立ち食いしたい気分なの」
「タチグイ⋯⋯なんだ、それは」
「立った状態で食べるのよ」
「立った⋯⋯駄目だ。タロタロ、座りなさい。座って食べなさい。ほら、いつものお祈りして」
睨み合いの私と一郎を呆れたように見る、二郎。
「体調不良で奇行ばっか走ってんな、兄貴放っとけよ。早く食おうぜ」
睨み合う私たちをよそに二郎は、食前お祈りを始めた。
「タロタロが座るまで、私は食べない」
頑なな一郎。
「仕方ないわね」
根負けした私は、椅子に座ることにした。
お祈りを終えた二郎が、椅子に座る私を見てギョ、っとしたような顔をする。
「⋯⋯なんか、お前背が高くなってねぇか?どんな座り方してんだよ」
(⋯⋯正座してんだよ)
椅子の上で私は、正座をしていた。
(だって、座ったら逆噴射するかもでしょ〜!!苔ナプキンから!!!)
座った圧で、大惨事だけは避けたかった。
吸い取りの事だけを考えた苔サニタリー。
しかし、その後を全く考えてなかった⋯⋯!!
なんとか、空間を私は手に入れたいのだ!
それには、正座! これっきゃない!!
「いただきます!!」
食べ始める私を前に、二人とも変な顔をしていたが、溜息を吐いて食べ始めた。
食べ終えて、「ごちそうさま!!」と、椅子から降りようとした私は、足の痺れでそのまま椅子から転がり落ちた。
ドッターン!!!
恥ずかしいほどのでっかい音が部屋に響く。
「た、タロタロ!?」
「おい、大丈夫か!?」
「いたたた⋯⋯だ、大丈夫⋯⋯」
差し出された手に掴まろうとして、二人を見ると、何故か神妙な顔して見つめ合う二人。
「なぁ、兄貴⋯⋯」
「⋯⋯ああ」
私を起こさず立ち上がる二人は、部屋の中を歩き始めた。
「な、なにしてんの⋯⋯?」
声を掛けたが、全く無視。なんなの。
「なんか、⋯⋯血の匂い、しねぇか」
「⋯⋯ああ」
「⋯⋯え?」
「しかも、流れて経過したニオイだ」
「⋯⋯ああ、ずいぶん濃い」
「ちょっと⋯⋯」
クンクンクン、鼻を鳴らして部屋中を嗅ぎ回る二人。
嗅ぎ回る二人の足が、どんどんこっちにやって来る⋯⋯
「ちょっと、」
(⋯⋯血、血のにおいってそんなにするもんなの!?)
私も鼻を鳴らすが、分からない。
(てか、草の臭い百二十%の泡出る草で洗ったのに、ニオイするの!?)
消臭完璧と思ったんだが、野生の兄弟二人の前ではそうもいかなかった!!
そんな事を考えてたら、私の前で二人の足が止まった。
「タロタロ⋯⋯。体調不良は、怪我ではないのか?」
「この前、布に付いた血の落とし方、聞いてきたよな?」
「怪我をして、ずっと内緒にしていたのではないのか?」
「怒らねぇから見せてみろ」
(なんで、兄弟で交互に言ってくるのよ)
「⋯⋯見せない。見せたくないし、見せられない」
(経血なんて見せられるわけ無いでしょ!!!!)
「「タロタロ」」
「体調不良だけど!血も流してるけど!見せられません!これは、男性には見せられないものなの!!⋯⋯察してよ!!お母さんもいたでしょ!!教えられてないの!?」
「⋯⋯なんで、母さんが」
困惑した二人だったが、一郎がなにかを思い出したような表情になると⋯⋯
「隠者の日か⋯⋯!」
と、思い当たるような節があるような事を言ったが、
「インジャノヒ?なにそれ?」
それってこの世界の生理なの?
「陰の者のように籠る日のことだ。母さんがそうだった」
言うと、一郎は私を横抱きにした。
(って、ええ!?⋯⋯まさかのお姫様抱っこ!?)
そのまま部屋から出て、目指して着いたのは私の部屋の前。
二郎が扉を開けて、そのままベッドで寝かされたが、漏れる。素早く、横向き。
「すまない。母さんの時にどうしていたのか、分からない。ただ、準備するものは、メイドを見て知っている。ここで休んでおくように」
そう言い残すと、二郎と共に部屋から出ていった。
次に、入ってきた時には
灰汁
ハンカチ程度の布の束
外に干してた片手鍋型おまる
「メイドは、母が籠る日は、これを準備していた。なににどう使用するのか、分からない。タロタロ自身で工夫してくれ。敷布は汚れても構わない。私たちは血を見ることは慣れている。汚れたら声を掛けるように、では」
と、用件だけ言うと、出ていく一郎だった。
翌日の御飯。
なんと夕食に肉が出た。
スープの中、小さいけれど。欠片のような大きさだけど。
「に、にく⋯⋯!?なんで、」
(まだ、木靴五十足も作ってないのに⋯⋯)
「隠者の日は、肉の日でもあったからな。幼い私たちは、母に会えずに寂しかったが、肉が食べられる嬉しい日でもあった。それを思い出しただけだ」
「懐かしいよな。俺も思い出して肉食いたくなっちまってよ。今日は肉の日にしよう!ってな。な、兄貴。昔は、母さんに会えなくて手紙なんて書いて、ドアの隙間に差し入れてたっけ?」
「ああ⋯⋯そうだったな」
「なんで、アンタ達は今、部屋に入ってきてるのよ」
「飯が出来たから持ってきたのと、タロタロが許可したからだろ」
「⋯⋯たしかに」(許可したわ)
スープを掬いながら、味わう。
ふんだんに色んな香草が入ったスープ。
肉は、噛むとなんだか獣臭かった。
「それにしても毎月食べてたんでしょ?お肉。愛がないと出来ないわよ。木靴五十足分なんて。あんた達のお父さん、よっぽどお母さんの事愛してたのね」
私がそう言うと、顔を見合わせる兄弟二人。
「そうだな⋯⋯ああ、父さんは母さんを慈しんでいたよ」
おかげで私は肉が食べれる⋯⋯と、ご両親に感謝しながらスープを口に含んで、思い出す。両親二人の死の原因。
(日本人が作ったお風呂が原因で、大量に発生したボウフラから成長した蚊が媒介した病でご両親がなくなったんだっけ⋯⋯)
あの時、話された二人の説明。
ボウフラも、蚊が流行り病を媒介することも知らない。
私が自分の中で要約して結論づけたものだ。
(日本人が住んでいた家から、虫が大量に発生してそれから村人の間で流行り病。様子を見に行ったご両親が、帰宅して具合を悪くして亡くなったんだっけ⋯⋯)
本人たちは、不運で片付けてる。
穏やかに微笑む二人。
申し訳ない気持ちで、私は肉入りのスープを飲み干すのだった。




