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ヴァーツラフの弁明

「ディディ、じゃなくて、ヴァーツラフね」


 朦朧とする意識の中で、呼び慣れた名を口にしてから、その男の本名を呼び直した。

 

 口調をヴラディーミル風にしたヴァーツラフがディアナを背後から羽交締めにして喉元に短刀を当てていた。


「聖杖の確認から戻ったら王宮内がずいぶん騒がしい。なにごとかと思ったら、私の兵が閉じ込められているようだね。

てっきりフィリプ・ペトラーチェクの仕業かと思ったが、その様子を見るにやったのはあんたか、ディアナ?」


「そうよ」


 ヴァーツラフはまだイヴァンのことに気づいていないようだ。

 

 喉元に当たる刃物の冷たさに意識が集中してしまう。

 でも、ディアナは、自白剤を飲まされても本当のことを言わなかったフィリプ・ペトラーチェクの妻なのだ。


 なんとしてもイヴァンのことを悟られないように、この男をここに留め置こう。


「ねえ、放してくれない?苦しいし、ハラハラするのだけれど」


 咳き込みながら懇願するとヴァーツラフは、ふっと笑ってディアナを解放する。

 その場に倒れ込んで咳をするディアナをヴァーツラフは冷たく見下ろしていた。


「何が目的だ?あんたの望み通り、夫には会えただろう」


 心底不思議そうなヴァーツラフをディアナは睨みつけた。


「その夫と、市庁舎から出ようとしたのよ。王太子殿下と合流するために」


「なるほどな。フィリプ・ペトラーチェクの指示か。

それで、その夫はどこにいる?」


「言わないわ。だってあなた、私の夫に自白剤なんか飲ませて…。

どうしてフィリプ様の居場所をあなたなんかに教えると思うの」


 フィリプの青白い顔が思いおこされる。

 ディアナはなんとか立ち上がりヴァーツラフに近寄った。


「どうして、私があなたに協力しなきゃいけないの。

私の大切な家族をみんな奪ったあなたに…!」


 ヴァーツラフは首を傾げて肩をすくめた。


「人は神の御心に従うべきだろう。だからだ」


 なぜそんな自明のことをわざわざ聞くのかわからないと言いたげなヴァーツラフの様子に、ディアナは歯噛みする。


「意味がわからない、なぜあなたに協力することが神様の御心に従うことになるの」


 話しながら、どうしても立っていられずにへたり込みそうになる。壁に指を立ててなんとか体勢を維持していた。


「預言者ヨダジュは、私の先祖の血筋に生まれた。この血筋が神の遣いとして正統なのは明白だろう。

その血筋の者が王となるのが神の御心だ。それを成し遂げようとする私に、協力することは神の御心に適うことになる。


さあ、もういいだろう。私はあんたの夫を探しに行く。

情報を引き出さないといけない」


 そう言って踵を返そうとするヴァーツラフ。


 ディアナはその足にしがみついた。


「…っ!何をする…!?放せ!!」


 ヴァーツラフがディアナを振り払おうと足を動かす。

 革靴がディアナの手や腕や顔を蹴った。


「いや!」


 舌打ちをするヴァーツラフの手が懐に伸びるのをディアナは見た。


 昼間、ディアナがヴァーツラフに近づいて吹っ飛ばされたとき、彼は確か時計のようなものを持っていた。


 もしかしたら、あれは何かマジックツールで、また吹っ飛ばされるかもしれない。


 ディアナはヴァーツラフの着ている上着の裾を片手でグッと掴んで、腕の動きを制限する。


 はずみでヴァーツラフの懐から何かが落ちた音と、それが少し離れたところまで滑っていく音がした。


 視界がくらくらと回る。


 ヴァーツラフがまた舌打ちをした。


「まさかあんたにこれほど邪魔されるとは」


 忌々しげな声。


 ディアナは、上着を掴んでいられなくなって、またヴァーツラフの足にしがみつく形で足止めをした。


「あなた、私の家族を殺したんでしょ。

それも、それも神様の御心だって言うの?」


 ぜひゅーぜひゅーという自分の呼吸音がうるさかった。

 ヴァーツラフが、ため息を吐くのが聞こえる。


「ああ。

あんたの両親と、グスタフ。悪人ではなかったが、神の計画の妨げになる存在だった。だから排除した。

ルドルフと、ヴラディーミルは、神の計画を遂行する、礎となった。

それだけのことだ」


「私の家族が何をしたっていうのよ…!」


 ヴァーツラフは、ディアナとの対話をさっさと終わらせる方が楽だと判断したようだ。

 そんな諦めのようなものをディアナは感じとり、精一杯付き合ってもらうことにした。


「まず、そうだな。ヴラディーミル。

あの忌々しい離宮から逃亡した私を教団が保護してくれていた。教団というのは、今私の手足となってくれている彼らだ。

その教団が、計画のために王都内を堂々と歩ける方がいいと私に言った。

そうして、私たちはその準備をした。

新たな市民籍を作るよりは、誰かに成り代わる方が都合が良かった。


そうして準備が整ったとき、ヴラディーミルという少年がいた。

彼はあんたも知っているだろうが天真爛漫な少年で、王都内で甘い菓子かなんかを売っていた教団の罠に引っかかり、人目のつかないところに一人でやってきた。


だから成り代わるのが容易だった。

それが、確か5年前だったか」


 ヴァーツラフは話しながら、足を振ったりしてディアナを振り払おうとし続けていた。

 語り口は淡々としていて、ただ事実を伝えるだけの、申し訳なさや反省など何もなかった。


 ディアナは、全身の痛みが何によるものなのかもう分からなかった。


「それから、ヴラディーミルになって生活を始めた。事前の調査もあって、それほど苦労はなかった。


教団とは秘密裏にやりとりを続けながら、今日この日のための計画を進めていた。

3年が経った頃、教団の幹部と直接会って話をした。計画に重要な進展があったからだ。

それをあんたの母親に見られた。


今日会っていたのは誰なのか、少し怪しげな雰囲気だったけど、大丈夫なのか、だの言われた。言い訳をしたが、完全には誤魔化しきれなかったようで、あんたの母親は私を怪しむようになった。


このままではヴラディーミルとしての生活が不便だ。

そう思ったんであんたの母親を排除することにした。

教団の面々に習った転移魔法を練習しようと思ってね。

工房内から大通りへ転移する魔法だ。それで家の中で過ごしていたあの女は突然大通りに出現して馬車に轢き殺されたってわけだ。

買い物のカゴなんかは駆けつけたときに適当に転がしたが、帽子はすっかり忘れていた。

あんたが帽子がないって騒いだんで、後から処分したんだ」


 母がいつも出掛ける際に被っていた帽子が事故現場で見つからなかったのは、突然大通りへの転移してしまったから。


 考えたこともなかった。

 

 母がヴラディーミルとそんなやりとりをしていたなんて知らなかった。

 自分がなんと何も知らずにのほほんと過ごしていたのか、ディアナは叫び出したいような思いに駆られる。

 

 でも、聖気に魅了されかけている体では、叫ぶような力は出ず、ヴァーツラフの足を掴むだけで精一杯だった。


「それから教団は固体の聖気を作っていた。

あんたが知っているかは知らんが、固体の聖気というのは人類がこれまで挑んできて成功したことのなかった命題だった。

それに教団は成功した。


そこで、気体の状態と聖気の毒性は変わっていないのかを実験することにした。

あんたが作る料理に毎日少しずつ固体の聖気を混ぜることで、工房の誰かが魅了病を発症しないか観察していたんだよ。

そうしたらあんたも知っての通り、ルドルフが発症した。

医者の診断も魅了病だった。


その後も実験は継続。

気体から個体にすることでより高い密度の聖気を作ることができたし、その性質も変わらないとわかった。

ルドルフにはこの偉業の礎になってもらったんだ」


 飲ませていた薬だけでなく、自分の作る料理に混ぜられていた聖気。


 みんなから好かれていたルドルフの顔が思い浮かべられて、どうにも手から力が抜けてしまった。


 その隙にヴァーツラフはディアナを振り払い、ついでと言わんばかりにディアナの手を踏みつける。


 痛い。

 痛すぎて、全身が焼けるように熱い。


「これくらいで十分だろう?

用があるのはフィリプ・ペトラーチェクだ。

私はもう行く」


 ヴァーツラフはそれ以上ディアナを顧みることなく、歩き始めた。


 まって、と手を伸ばすけれどその指先すら見えない。

 

 いやだ。

 行かせたくない。


 強く思うばかりで、冷たい床の上、ディアナは動けなくなった。

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